クレマチスの塔(4)(カーテローゼ視点)
「だから、カーテローゼさん。お茶会の日何があったか私にも話してくれるかしら。わからない事は言わなくてもいいから、ただ嘘はつかないで。私にも。司法省の役人にも。」
「はい。」
私はあの日の事を、また一から話しました。バルバラさんは「うん、うん。」と相槌を打ちながら、私の拙い話を聞いてくださいました。
「ごめんなさい。うまく話せないです。わけがわからないですよね。こんな話じゃ・・。」
「そんな事ない。カーテローゼさんの話はわかりやすいわよ。急に逮捕されるとね、パニックになって、すごく感情的になって急に叫び出したり、私は悪くないってただ繰り返すだけの人も多いのよ。でも、貴女は落ち着いていてとても聞きやすい話し方をしてくれたわ。貴女は頭のいい人なのね。」
「そんな事ないです。エレナローゼ様の方が頭が良くて、何でも知ってらして。」
「私はエレナローゼさんに会った事がないから彼女の事はよくわからないけれど、貴女の事は今向かい合って話をしているからわかるわ。貴女は賢い人よ。」
「ありがとう・・ございます。」
「貴女が、エーレンフロイト令嬢への陰謀とも反逆とも無関係だという事がよくわかったわ。それを王様にも信じてもらえるよう、一緒に闘いましょう。」
「・・・はい。」
「そうだ。貴女に差し入れを持って来たの。」
そう言ってバルバラさんは足元に置いていた小さなカゴをテーブルの上に置かれました。カゴがある事には気がついていましたが、上に布がかかっていたので、中に何が入っているかは見えませんでした。
「差し入れはね、このサイズのカゴに入るだけ。ってルールが決まっているの。だから少しだけなのだけど。まず、本。ここにいると、する事がなくて時間がなかなか経たないでしょう。だから時間潰しができるように。今、王都でとても話題になっている人気の本なのだそうよ。」
そう言ってバルバラさんは、テーブルの上に本を二冊置かれました。
「それと、干したリンゴ。ドライフルーツだから、すぐ食べなくても傷まないわ。お腹が空いた時に食べてね。このリンゴはアロイス卿のリンゴ園で採れたリンゴなのよ。それと、服。ドレスのまま連れて来られたから楽な服に着替えたいかな、と思って。古着屋で買って来たチュニックなんだけどね。それと下着。これは新品よ。」
「ありがとうございます。」
「貴女達への判決は三日後に出ると決まっているの。」
「・・・。」
「弁護士の接見、つまり貴女に会いに来れるのは、週に二回までと決まっているの。だから二日後にまた会いに来るわ。何か欲しい物や必要な物はない?このカゴに入るサイズの物ならその時持って来られるから。」
「いえ・・。すみません。思いつきません。」
「うん、わかった。じゃあ、また二日後にね。」
そう言ってバルバラさんは、帰って行かれました。
一人になってすぐ、私は本を開いてみました。
本を読めるなんて、アイヒベッカー家に引き取られてから初めてです。本は貴重な財産なので、手を触れようものならきつく叱られてしまったからです。
手にとった本の題名は『お仕事図鑑』というものでした。
そこには、多種多様な『お仕事』がのっていました。
そして、その仕事をするには、どんな知識、経験、資格が必要なのかが書いてありました。
『裁判官』『検察官』と同じページに、『弁護士』ものっていました。
可愛らしい絵もついています。リスの検察官が書類を読み上げ、ウサギの裁判官が話を聞いていて、モモンガの弁護士が皮膜でふんわりと小さなネズミを抱きしめて守っている絵です。
弁護士がどういう仕事なのか、とてもわかりやすく簡単な言葉で書かれていました。でも、弁護士になるのは簡単ではなさそうです。法律の専門大学へ行って、更に国家資格を取らなければいけないみたいです。さっきの女の人はすごい人だったんだな、と思いました。
もう一冊の本は『勇者ブラウン・シュガーの冒険』という題の絵本でした。
ブラウン・シュガーは小さな田舎街に住んでいるニワトリの男の子です。ヒヨコだった頃、親友のホワイト・ミルクと森にベリーを摘みに行って、ヘビに食べられそうになってしまいます。ホワイト・ミルクと抱き合って震えていると『勇者』である、ファルコン将軍が矢のような速さで舞い降りて来て、ヘビをつかんでブラウン・シュガーとホワイト・ミルクを助け出してくれました。それ以来、ブラウン・シュガーはファルコン将軍に憧れて、『勇者』になりたいと思うようになりました。友達はみんな、飛べない鳥のニワトリは『勇者』になんかなれない。と言いますが、ブラウン・シュガーは諦めません。
そんな、ある日。頭の良いホワイト・ミルクが王都にある大学を受験しに行く事になりました。でも臆病なホワイト・ミルクは王都まで旅をするのが怖いから行きたくない、と言いました。なので、ブラウン・シュガーが一緒について行ってあげる事にしました。
二羽のニワトリは、生まれた街を出て旅を続けます。丘を越えるのも、川にかかった橋を渡るのも若鶏の二羽には冒険です。途中で出会う優しい鳥達との出会いと別れを繰り返し、二羽は王都にたどり着きます。
「ありがとう。ブラウン・シュガー。ブラウン・シュガーは僕の『勇者』様だよ。」
とホワイト・ミルクは言って、野原に咲いていたシロツメクサで花冠を作ってブラウン、シュガーに渡しました。ホワイト・ミルクは首席で大学に合格しました。
首席で合格したホワイト・ミルクは白鳥の王様に褒められてご褒美をもらえる事になります。
ホワイト・ミルクは、ブラウン・シュガーがいてくれなければ王都にたどり着く事はできなかった、と言い、ブラウン・シュガーを騎士団に入れてあげて欲しいと頼みます。王様は、イーグル将軍やノスリ将軍に騎士団で引き受けてくれるか?と頼みますが、飛べない鳥が騎士団に入った前例が無い。と言って断られます。でも、ファルコン将軍が、ブラウン・シュガーはたとえ飛べなくても、勇気と知恵がある鳥だと言って、喜んで自分の団で引き受けたい、と言ってくれます。憧れのファルコン将軍に褒められて、ブラウン・シュガーは感動します。
そして、ブラウン・シュガーとホワイト・ミルクは王都で新しい生活を始める、という所でお話は終わっていました。
感動しました。
決して諦めずに夢を追い続けるブラウン・シュガーと、そのブラウン・シュガーに励まされて夢をつかむホワイト・ミルクがたまらなく可愛らしいです。ヘビは悪者でしたが、出てくる鳥に悪い鳥はおらず、とっても優しい物語です。
願い続ければ、夢はきっと叶う。というお話ですし、もしかしたらこの話は、現実の階級社会を反映しているのかもしれません。羽根が綺麗で声が美しい鳥は貴族、将軍は軍人で、飛べない鳥は平民なのではないでしょうか?
田舎で暮らす平民の若者が、王都で夢を叶えるというサクセスストーリーなのかもしれません。
私は、何度も何度も、その本を読み返しました。
約束通り、バルバラさんは二日後にまた来てくださいました。
私は、本のお礼を言いました。感想を話していると止まらなくなってしまったのですが、うん、うんとうなずきながら、バルバラさんは話を聞いてくださいました。
他にもバルバラさんは、塔での暮らしの事、食事の事、エミリア様やアロイス様との思い出など、いろんな話を聞いてくださいました。
こんなにも優しく、そして真剣に、私の話を聞いてくれる人なんてこの数年誰もいませんでした。私はいつも一人でした。アイヒベッカー家の人達からは嫌われ、使用人からは腫れ物のように扱われていました。
「もしも嫌でなかったら、侯爵夫人にむごい仕方で殺されたという平民の話を聞かせてくれないかな?」
とも聞かれました。私が知っているのは、侯爵夫人が自分で言っていた事だけですが、できる限り思い出して話しました。
今までこの部屋に来た人達は、私が質問をしても何も答えてはくれませんでしたが、バルバラさんは質問に答えてくださいました。
「アロイス様から聞いたという『切り札』とは何なのですか?」
「カーテローゼさんが本当は、エレナローゼさんの妹ではなく従姉妹だという事よ。カーテローゼさんは、カーテローゼさんが悪い事をしたから捕まったのではなくて、エレナローゼさんの罪に連座させられて捕まったの。そして、ヒンガリーラントでは、連座させられるのは三親等内親族という事になっているの。だから、本当は従姉妹で四親等親族のカーテローゼさんが捕まって罪に問われるというのはおかしい事なのよ。」
「そうなんですか⁉︎」
「でも、戸籍の上ではカーテローゼさんはエレナローゼさんの妹なの。だから、本当は従姉妹なのだという事を証明する為に、カーテローゼさんが産まれた時の状況をよく知っている人を探しているの?助産師が生きていてくれたら一番良かったけど、もう亡くなっていたわ。
でも、当時の使用人や、カーテローゼさんのお母さんのお友達とかを何とか探し出して、証明できたらと思っているの。アロイス卿も、一生懸命探してくださっているわ。」
「・・ありがとうございます。クリューガー夫人。」
「良かったら、バリーって呼んでくれない。今は一応独身だしね。カーテローゼさんは、何か愛称とかあるの?」
一瞬、アイヒベッカー家の中庭へと記憶が飛んで行きました。
「・・カリンと呼んでください。」
「わかったわ。カリン。」
あの、お茶会があった日。私はエレナローゼ様に言われて中庭へ行きました。正直ほっとしました。着飾った貴族の方々がいる場所で、しかも王子様までいて、緊張しましたし、居心地が悪くて落ち着きませんでした。もう戻りたくない。誰も迎えに来ないといいな。と思っていました。
でも、私を迎えに来てくださったレベッカ様は、気さくでとても優しい方でした。
「綺麗なコスモスね。癒されるなあ。この家の庭師さんは腕がいいのね。きっと花を大切に思っている人なのね。」
庭の手入れをしていたのは私だったので、そう言ってもらえてとても嬉しかったです。
「本当に素敵なお庭。ああ、会場に戻りたくない。ずーっとここにいたいなあ。」
「エーレンフロイト様も、お茶会が苦手なのですか?」
「ふふ、『様』なんかいらないよ。ベッキーって呼んで。『も』って事は、アイヒベッカー様もお茶会苦手なの?」
「はい。何を話したらいいのかわからなくて。」
「私もよ。本当に仲が良い人とはさ、自然の綺麗な所で寝っ転がってクッキーかじってたりした方がよっぽど楽しいよね。」
「私もそう思います。リンゴの花が咲く木の下とか。」
「リンゴはいいねえ。私は桜が好きなんだよ。大きな花が一個どーん、とあるより、小さな花がいっぱいいっぱいあるのが好き。」
「私もです。小さな花が寄り添っているのが好きなんです。」
「気が合うね。アイヒベッカー様と私。」
「私も『様』はいらないです。カーテローゼとお呼びください。」
「愛称とかあるの?」
「・・・いえ。」
「じゃあ『カリン』さん、って呼んでいい?」
「え?」
「すっごく好きだった本にね。カーテローゼって名前の女の子が出てきてその子の愛称が『カリン』だったの。その本、すっごく好きでさ。暗記できそうなくらい読んだの。ふふ、現実には暗記してないけれど。すごく長い歴史物語というか伝説だから。」
「どんなお話なのですか?」
「宇宙・・じゃなくて、世界を我が手に!って言っている皇帝が世界を征服する話。カリンちゃんは、それに抵抗する抵抗勢力の女の子なの。その話はね、男の人は千差万別いろんな人が出てくるのに、女の人は素敵過ぎる人しか出てこないの。だいたい、主人公が世界征服を目指すのは、大好きなお姉さんが皇帝の愛人にされてしまったからで、それで世界を手に入れようとするのだけど、そのお姉さんがこんな理想の女性現実にはいないよ!ってくらい非の打ち所がない女性でさ。主人公の妻になる女性も、主人公のライバルの恋人もものすごく素敵な女性で、作者は男性なんだけど、女性に夢を見過ぎだろ。女性の現実を知らないのか!って心の中で突っ込みながら読んでたの。でも、お話の最後頃に出て来たカリンちゃんは、可愛いし才能もあるのだけれで、怒ったり拗ねたり生意気な事を言ってみたり、とても人間的な子でね。だから、そう共感できたんだよね。やっと血の通った女の子が出て来たな、って思って。ああ、あの小説もう一度読みたかったなあ。漫画何巻まで今出ているのかなあ。」
レベッカ様は遠い目をしてそう言われました。レベッカ様が言われた言葉にはよくわからない物もありましたが、気持ちはわかりました。この人も二度とは戻れない、遠い空の花の下に戻る事を夢見ているのだ、と思いました。
この方とお友達になれたら。と思いました。
だけどもう、それは叶わぬ夢です。
その次の日、裁判が行われました。
そして、エレナローゼ様と私に終身刑の判決が下りました。
レベッカが懐かしがっていた小説は銀◯英◯伝◯というお話です。
私が大大大好きな小説です。
このお話の登場人物達の名前が、なんとなくドイツ語風なのは私がこの小説が好きだからです。
主要キャラクターと同じ名前は恐れ多くてちょっと使えないのですけど・・・。