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事件の後(2)(ルートヴィッヒ視点)

謁見室に繋がる控えの間は何個もあって、面会を希望する人間の地位や立場に応じて、通される部屋の場所が違う。

僕と母上が通されたのは、王族専用の控室だ。この部屋にいるのは、僕と母上と母上の侍女だけだが、他の部屋には、面会希望の貴族や役人達がたくさんいるだろう。

呼ばれる順番は、父上が決める。身分の高い順でもなければ早い者勝ちでもない。なので、すぐ会えるかもしれないし、最悪会ってもらえない可能性もある。


だとしても。


僕は暗い気持ちになった。忙しいというのはわかる。それでも、妊娠している妃の1人が事件に巻き込まれ、体調を崩したのだ。短い時間でもいい。心配して様子を見に来てくれても良いのに。


「母上。お具合は大丈夫ですか?辛かったらすぐに言ってください。」

「ありがとう。大丈夫よ。ルーイ。」

そうやって、数日間冷え切っていた親子愛をあっためていたところに。扉が開いて、控え室に人が入って来た。

げー、と思った。女官長と王妃、そして王妃の侍女たちが入って来たのだ。


女官長が、ジロリと僕達を睨みつける。王妃がいるので、僕と母上は仕方なく立ち上がって王妃に礼をした。


「王妃様がお越しになられたのですよ。すぐに、陛下に面会できるよう取り計らいなさい。」

と、女官長は僕達を無視して控室付きの侍従に言った。しかし侍従は首を横に振った。

「今、大臣が謁見室で陛下と面会なさっています。なので、今しばらくお待ち下さいますよう。」


「いい気味。」と、内心思った。

我が国では、大臣の地位が高く、その権利は王以外の王族を超えるものである。父上がそう定められたのだ。なので、王妃がどうこう言おうとも、国王と大臣の謁見に割って入る事はできない。

でも、どの大臣が今、中にいるのだろうか?と、思った。

王妃の兄である財政大臣や、財政大臣の子分の司法大臣や典礼大臣だったらめんどくさい事になるかもな、と思う。


しかし、このメンツで、同じ部屋にいるのは正直言って苦痛だった。

身分が下の者が上の者の許可なく話しかける事はできない為、僕達の方から王妃には話しかけられない。そして、王妃は相変わらずうつろな目をしてぼーっとしていた。


王妃はまるで人形のような女だ。深窓の姫君というものはこういうものなのだろうかと、いつも呆れてしまう。

自分が何かを言わなくても、常に周囲の侍女や女官達が先回りして何でもするので、自分の意思というものがまるでないのだ。喉が渇く前に飲み物が出てくる。自分が触らなくてもドアが開く。ティーカップより重い物を持つ事はない。全ての予定は他の人間が決める。彼女は、ただ言うことを聞いてさえいればいい。


今、ここにいるのも、女官長に連れられて来たのだろう。女官長が、僕らより早く国王に会う為に王妃を同行させたのだ。


5分後。王妃と、僕たち親子が同時に父上に呼ばれた。


「側妃如きが王妃様と一緒にですか⁉︎」

と女官長が怒る。

「はい。それが陛下のご指示です。」

と、侍従は言った。

謁見室に入って、「あ!」と思った。謁見室にはまだ大臣がいた。そして、その大臣は『医療大臣』。

コンラート・フォン・シュテルンベルクの父親、シュテルンベルク伯爵だったのだ。そして伯爵と一緒に、エーレンフロイト侯爵夫妻がいたのである。

父上の表情は穏やかだ。3人に罰を下そうという表情ではない。謁見室内の空気に僕は胸を撫で下ろした。

父上は母上を気遣い、侍従に椅子を持って来させて座らせた。僕と王妃は立ったままである。


「女官長の意見はすでに聞いている。他の人間達、王太子の友人、図書館の司書、周囲の警備をしていた騎士たちからも話を聞いた。シュテルンベルク小伯爵や、エーレンフロイト姫君の話も保護者から聞いた。後は、ステファニーとルートヴィッヒの話が聞きたい。話してくれるか。芳花妃、ステファニー。第二王子ルートヴィッヒよ。」


「お待ちください、陛下!わたくしの伝えた事こそが真実です。他の話を聞いて、耳を汚される必要は・・。」

「女官長。そなたには、発言を許してはおらぬ。私は、事柄に関わった全ての者から等しく話を聞き、全てを詳らかにしたいのだ。話してくれ、ステファニー。」


母上は、何があったか、淡々と話し始めた。恐怖や怒りの気持ちもあるだろうが、それは伝えず、ただ事実のみを話す。話し終えると、今度は父上は僕に話を聞いた。母上が話をしている間、どう話そうか頭の中で推敲していたので、感情的にならず、筋道立てて話しをする事ができた。


「皆の話を聞いてみて、女官長、そなたの話のみが他と全く違うようだな。」

「そのようなわけ、あるはずがありません!わたくしは王太子殿下の側近達から話を聞いたのです。」

「その側近達は、一人一人別部屋に呼んで、他の者と正反対の事を言って嘘をつく者は厳しく処罰すると言ったら、皆そなたが言った事と異なる事を言ったぞ。」

「・・!」

「一番最初に、事実を正直に言った者だけは罰さぬと言ったら、皆積極的に話し出した。」

「し・・しかし、エーレンフロイト姫君は隠し部屋の存在を知っていたのです。ベルが中にあった事が動かぬ証拠ではありませんか!あの娘が‼︎」


そう言うとシュテルンベルク伯爵が、ギロリ!と女官長を睨みつけた。エーレンフロイト侯爵の方がよほど落ち着いている。


「エーレンフロイト姫君が馬車から降りた時間、さらに戻って来た時間はその場にいた近衛騎士が記憶している。図書館へ行くまでの道筋も、複数の騎士が見ている。そして、姫君の入室と同時に人払いされていた司書らも入室し、その時にはもう木箱が置いてあった事を全員が証言している。時間的に姫君が何かをするのは不可能だ。」

「・・・。」

「さらに、周囲にいた騎士たちは『誰』がステファニーと一緒に行動していたのか見ているのだ。王太子自身は記憶していなくても、王太子の姿を見た者の方は、その目撃した場所が意外な場所であるほど忘れぬからな。」


「・・・そ、そうですか。何か齟齬があったようでございますね。わたくしも騙されていたようでございます。」


悔しそうな表情で、女官長が言っているのを見て、よっしゃーっと、心の中で拳を握りしめた。父上は、母上を害そうとした者達の事を徹底的に調べてくれていたのだ。母上を見舞ってくれる時間もないくらい忙しく。

父上は、やはり立派な君主だ。そう思うと、父の事が誇らしかった。


「女官長。そなたは、ろくに調べもしない不確実な情報を、まるで真実であるかのように報告をした。しかも、そなたが中傷したのは、そなたより身分が高い貴族家の姫である、エーレンフロイト令嬢だ。その罪は到底許されるものではない。ゆえに女官長の地位を剥奪し、王宮から追放する。さらに、どのような罰を下すかは追って沙汰をする。下がれ。」


やったー!

と、あやうく踊り出すところだった。何年も前から、僕や母上の事を散々見下し苦しめてきたこの女に、ついに正義の鉄槌が降りたのだ。笑ってはいけない、と思うけれど顔がにやけるのが止まらん。


「そんな!」

と、叫んで『元』女官長は王妃の方を見た。「助けてくれ」と、目で訴えているが、視線の先で、王妃は不思議そうな顔をしている。

「女官長を辞めさせる?そんなの、私、とても困ってしまうわ。女官長がいてくれないと、私何のドレスを着たらいいのかもわからないもの。」

「決定を変える気はない。変えるとしたら、もっと罰を重くする時だけだ。」

「でも、私、困るんですの。」

「・・・。」

「私が困るのに、陛下は意地悪ですわ。ひどいですわ。」

そう言ってメソメソと泣きだす。本当に。女官長と違う意味で話の通じない女だよな!


とにかく、子供っぽく責任感とか思考力が無い!

ただ「困ったわ。」と言えばいつだって、親とか兄弟とか側近とかが問題を解決してくれる。自分では何もしない。いつだって、そうやって甘やかせれて、保護されて、許される。そんな優しい世界で生きている。

だけど、当然の事ながら、最高権力者である父上は王妃を、甘やかさないし許さない。すると「陛下はひどい」「陛下は冷たい」「陛下は怖い」という事になる。本来は、王妃が国王に気を使い、忠誠を捧げ、身を粉にして支えなくてはならないのに、気を使ってくれない国王をひどい、と言ってすすり泣いているのだ。

ほんと、おまえ何様なんだよ!と腹が立つ。


王妃は子供なのだ。

周囲の人間の誰もが、彼女が人として成長できるよう助けなかった。おそらく、その方が自分達にとって都合が良いと、親や兄弟が思っていたのだろう。

父上も、結婚した当初は歩み寄ろうと努力したらしい。

しかし、今では、ほとんど王妃を無視している。こんな、王妃としては何の役にも立たない女を、王妃の地位に据えているのは、彼女の実家が強大な力を持つ公爵家で、ヒンガリーラントで大きな影響力を持つ大派閥だからだ。そうでなければ、秒で廃妃にされているだろう。

はっきり言って、王妃などより、レベッカ嬢の方がよっぽど大人である。


元女官長も、王妃を頼っても無駄と気がついたようだ。

「・・承知致しました。」

と、悔しそうな顔で言って退出しようとする。

しかし。彼女の実家も王妃派の大派閥だ。派閥の貴族達が声を揃えて文句を言ってくれれば返り咲けるとか思っていやがるのだろう。

憎々しげに、エーレンフロイト侯爵と侯爵夫人を睨み

「図書館通いなどさせて、賢しらな娘に育てては、結婚相手もいなくなりますわよ。あまりでしゃばらせない事ですわね。」

と、嫌味を言いやがった!


自分より身分が上の人間に何言っていやがる。

自分が最大派閥の人間で、エーレンフロイト家は社交界から、ほぼほぼ無視されている家門だからって調子に乗っているのか。

賢いのはいい事じゃないか。王妃のような気の遠くなるような馬鹿より、はるかにマシだ。

だいたいレベッカ嬢は十分可愛いではないかっ!


怒りの為、頭に血が上り思わず言葉が口をついて出てきた。


「心配など無用だ。僕が彼女と結婚する。」


衝撃の気配は、元女官長ではなく、エーレンフロイト侯爵やシュテルンベルク伯爵がいる方向から、より強く伝わってきた。

父上もぽかん、とした顔をしている。

しかし、後悔はない。むしろ、こうなる事が正しい運命なのだ、となぜか確信があった。今日の日に受けた恩に必ず報いたい。そして、今度は僕が彼女を、彼女に向けられる悪意からきっと守ってみせる。


そう決意した。





朝から降っていた雨もあがったようだ。

雲の切れ目から、太陽の光がさし始めている。

その光が、私、レベッカ・フォン・エーレンフロイトの、部屋の机に並べられたハンドベル達に反射して、ベルがキラキラと輝いていた。

このベルは、シュテルンベルク家から私へのプレゼントだ。持っているハンドベルが一つだけでは意味がないと考えて、2オクターブ分のベルを楽器店に発注し、今日私にプレゼントしてくれたのだ。

楽器は高価な物だから申し訳ないと思ったのだけど、シュテルンベルク伯爵はチェス大会で、私の優勝にお金を賭けて、事実上一人勝ちをしたんだって。その御礼と言ってプレゼントされたのだ。


ほんと、コンラートもコンラートのパパさんも良い人だ。コンラートに婚約者がいるのが、本当に残念だよ。あの親子とは、うまくやっていけそうなのになあ。

お父様とお母様は、王様に呼び出されて、今王宮へ行っている。少し心配だけど、でも大丈夫だよね。だって怒られるような事はしていないもの。きっと、大丈夫。

それに、芳花妃様をお助けして、第二王子との婚約フラグはポッキリ折れたはずだ。

もう図書館へ行く必要もないし、毎日楽しく暮らして行こう。伝染病対策も考えなきゃだけど、それはまだ時間に猶予がある。まず考えないと、なのは食生活の改善だ。おいしいものをいっぱい作って、いっぱい食べるぞー。


王宮で、どういう話が話されているのか知らない私は、希望と夢とで、心が目の前のハンドベルくらいキラキラしていた。

私レベッカ・フォン・エーレンフロイト、11歳。

私が殺されるまで。後7年だった。

第一章完結です。

次章から、アカデミー編が始まります。

可愛い女の子もたくさん出てくる予定です。

応援よろしくお願いします。

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