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クレマチスの塔(2)(カーテローゼ視点)

私は、アイヒベッカー侯爵の娘ではありません。妹の娘なのだそうです。

私の母も、カーテローゼという名前だったそうです。

ある時、侯爵と私の母が一緒にいた時、『犯罪者』の集団に二人は囲まれました。


「女を置いていけば、命だけは助けてやる。」

と言われ、侯爵は母を置いて逃げました。

その時にできてしまった子が私なのだそうです。


母は、その事件の後心を病み私を生んですぐに亡くなったそうです。

祖母は、その原因となった『犯罪者』達を憎みました。そして、侯爵の事も憎みました。祖母は、侯爵に「責任をとって、生まれた子供をおまえの実子として籍に入れるように」と言いました。そして、息子である侯爵を死ぬまで許しませんでした。


私は祖母の側で育ちました。祖母は、非常に気難しい人でしたが、私にはそれなりに愛情を注いでくれました。

祖母が死ぬまでは、家庭教師の先生もついて、貴族の一員としてそれなりの教育を与えて頂きました。そして私が10歳の時、亡くなる直前に、侯爵には私を任せられないと言って、私を亡くなった祖父の弟の奥様だったという、メレディアーナ様に預けられました。


夫を亡くしていたメレディアーナ様は、息子のアロイス様と娘のエミリア様と、ご主人が残されたリンゴ園の側で暮らしておられました。



メレディアーナ様のご家族と暮らした一年間が、私にとって一番幸福な時でした。

メレディアーナ様は本当の母親のように、エミリア様は姉のように接してくださいました。大学に行っておられたアロイス様は、大学の近くの下宿で暮らしておられましたが、休みの時には家へ戻って来て私とエミリア様に分け隔てなく優しく接してくださいました。


祖母は私が幼い時から病気で、なので私はいつも息を潜めるように静かにしていなければなりませんでした。

メレディアーナ様の側で暮らしていた時は、エミリア様と一緒に庭を走ったり歌ったり、大声で笑ったりできました。

その時は、そんな幸せな日々がいつまでも続くのだと思っていました。


でも一年後、エミリア様が病気にかかりました。結核という病気でした。

それを知ったアイヒベッカー侯爵夫婦は、私に病気がうつったら困ると言って、無理矢理王都の館に私を連れて来られました。

エミリア様の事が心配でしたし、メレディアーナ様と別れたくはありませんでした。

でも、侯爵様達は私の事を心配してくださっているのだ。と嬉しい気持ちも少しありました。


でも、それは思い違いでした。

アイヒベッカー家は使用人が少ない家で、広大な邸宅なのにまるで人の手が足りていませんでした。私は、家の仕事をする下働きとなる為に連れて来られたのです。


それから毎日、朝早く起きて食事の支度、皿洗い、洗濯、庭の手入れをさせられました。どの仕事も大変でしたが、一番大変だったのはお風呂の支度です。アイヒベッカー家の邸宅は温水道が通っているのですが配管が壊れているのでお湯が出ません。なので、台所で沸かしたお湯をご家族それぞれの寝室の側にあるバスルームに何往復もして運ぶのです。

特にエレナローゼ様は一日に何度もお風呂に入るので大変でした。熱いお湯を運ばないと湯船に入れる頃には冷めてしまうので、いつも熱湯になるまで沸かして桶に入れて運びました。だから、いつも手はやけどだらけでした。ある時「お湯がぬるい!」と言ってエレナローゼ様に靴を投げつけられました。細いヒールが額に当たって、とてもたくさん血が流れたけれど、それでも早くお湯を運んで来いと怒鳴られました。

辛くて、メレディアーナ様のところへ帰りたいと泣いていると、侍女長が来てエミリア様もメレディアーナ様も死んだ、と言われました。残されたアロイス様は侯爵様達の事を恨んでいるから、おまえが戻って来たらきっとおまえを殺してしまうだろう。と言われました。

私はその日、目が溶けそうなほど泣きました。

そして、その日からはもう何も考えない、何も感じないようにして生きていこうと決めました。


『汚らわしい犯罪者の娘』

『おまえが生まれてきたから母親は死んだのだ。おまえは人殺しだ』


と侯爵家の人達にはいつも言われていました。

そんな私が幸せになるなんて許されないのです。私は贖罪の為に苦しまなくてはならない。だから、もう辛いとか悲しいとか、そんな事は考えないと決めました。目の前にある現実が私の人生なのです。



ベッドに腰掛けてぼんやりとしていると、廊下の方からまた音が聞こえて来ました。違う部屋をノックする音がして

「アーレントミュラー公爵と公爵夫人がお越しです。」

という声が聞こえました。


「この愚か者がー!」

男性の大声と共に、誰かが殴られるような音が響いてきました。


「よりにもよって反逆罪だと!更に、悪童共とつるんでエーレンフロイト令嬢を陥れようとするなど。エーレンフロイト令嬢は、兄である国王陛下が特別に目をかけていた少女だ。悪虐な大人達に外国に売られ、苦しんでいた孤児達を救出した王都の英雄だ。更に、海岸沿いの領民を苦しめていた海賊を先頭に立って捕縛した勇敢なる少女だ。そのエーレンフロイト令嬢に害意を向けるなど、そんなにもイーリスが彼女を褒めた事が許せなかったのか⁉︎親友だったルートヴィッヒを騙し、窮地に陥れてまで破滅させたかったのか⁉︎」


「・・・あなたにはわからない。」

「わかっていないのはおまえだ。王族の一員として生まれる事は幸運でも何でもない。常に王に目をつけられないよう、王の座を奪おうとしていると疑われないよう、薄氷を履む如く慎重に生きていかねばならないのに、なぜこのような愚かな真似をした?私が、幼い頃から、どれだけ兄に疑われないよう、目立たぬように生きてきたか。それなのに、おまえは煌びやかな追従にのみ目をくらませおって。破滅するならば一人でしろ!イーリスを巻き込むなっ!」


しばしの沈黙が続き、それから女性の声がしました。

「付き合う相手は慎重に選ぶように言ったはずです。これから考える時間だけはいくらでもあるでしょう。あなたが選んではならない人達を友人として選び、そしてあなた自身が他者から選ばれてはならない人間になってしまった事が残念です。」


「僕は『5』にはなれなかった『4』以下の人間です。『0』と同じなのだから遠慮なく四捨五入して切り捨ててください。」

「今更、他者を巻き込まなくてすむと思っているのか⁉︎」

と男の人が怒った声で言いました。


「産んでくれと僕が頼んだわけじゃない。子供を作ったのはあんた達なんだから、その代償を刈り取っただけだ。欲を我慢できなかったばっかりに破滅するなんて、結局僕はやっぱりあんたの子供なんですよ!」


再び誰かが殴られる音がしました。

私は怖くなって耳を塞ぎました。

『反逆罪』『国王陛下が目をかけていた少女を陥れた』

そんな言葉が、耳の奥でぐるぐると回りました。私は『反逆罪』で捕えられたのですか?王様が怒っていらっしゃるのですか?

恐ろしくて、体がガタガタと震えました。


やがて、廊下に足音が響き遠ざかっていきました。その後はシンと、怖いほどの静寂が塔を包んでいました。

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