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クレマチスの塔(1)(カーテローゼ視点)

第二話から名前だけは出てきた『鮮血の塔』のお話になります。

その塔は壁面が植物の蔓でびっしりと覆われていて、その植物の名をとって『クレマチスの塔』と呼ばれているのだという事を後日になって聞きました。


クレマチスの原種の一つに『鉄線』という名前の物があります。なので、監獄である『クレマチスの塔』を覆うのにとてもふさわしいような、そんな気持ちがしたものです。

鉄線の花の色は白や紫が一般的ですが、その塔に咲く鉄線花は赤い色をしているそうです。今は秋の終わりですから花は咲いていませんでしたが、花が咲く時期には塔の周りが真っ赤になるらしく、この塔の中で不幸な死に方をした人々の血を吸って赤く咲くのだと言われているそうです。その為にこの塔には『鮮血の塔』という別名もあるのだそうです。


その塔に私は突然連れて来られました。


私の名前はカーテローゼと言います。ヒンガリーラント人でアイヒベッカー家の家門の人間です。


連れて来られた時には、なぜこの場所に連れて来られたのか私にはよくわかっていませんでした。わかっていたのは、エレナローゼ様がご自分のイヤリングを隠して、エーレンフロイト家のレベッカ様に盗まれたとお友達の方々と騒いでおられたという事です。でも本当はエレナローゼ様がご自分で隠しておられたのだという事がバレて、王子殿下がエレナローゼ様とお友達と一緒に私をこの塔へ入れるよう命令されました。


塔の中は普通のお屋敷のようでした。窓が小さく薄暗いですが、アイヒベッカー家のお屋敷はもっと薄暗くて気味が悪いです。

お客様がご覧になる場所は綺麗に整えているのですが、それ以外の場所は手が入っておらず、ほこりだらけで蜘蛛の巣がはっています。

床ではネズミが駆け回っていて、さらにそのネズミを狙ったイタチやテンがひそんでおり、館のいたる所から、不気味な足音が聞こえてきます。


三年前に初めてアイヒベッカーのお館に連れて来られた時、侍女長に怖い顔で

「入ってはいけないと言われている場所に、勝手に入り込まないように。もしそれを守れないようだったら命の保証はできません。」

と言われました。


侍女長の視線の先の廊下には綱がはってあって

『天井崩落の可能性あり。立ち入り禁止』

という札が立っていました。


私が入るよう言われた部屋は、私が普段使っている屋根裏部屋の三倍の広さがありました。ベッドがあって、テーブルとイスもあります。木のベッドの上には二枚のブランケットがあります。

でも、そのブランケットを羽織らなくてもよいくらい部屋の中は暖かいのです。その理由は、部屋の壁にパイプがあって、そこから暖かい空気が部屋全体に広がっているからです。つまり、セントラルヒーティングで部屋全体が暖められているのです。なんて贅沢な部屋でしょう!

こんな立派な部屋を私なんかが使って良いのでしょうか?誰かと入れられる部屋を取り違えられているのではないかしら?と不安になりました。


する事がないので、私はベッドに腰掛けました。窓から差し込む光の様子からみて今は夕方でしょうか。

窓にはガラスが入っていて開閉できるようですが、その向こうに鉄格子が入っています。

そのうちに廊下の方で、人の声がしました。廊下に通じるドアには10センチ四方の穴が空いていて、そこにも鉄格子が入っています。そこにはガラスが入っていないので廊下の音がよく聞こえるのです。

やがてドアが開き、三人の人が入って来ました。


先頭に立っていたのは、30歳くらいの女性です。その後ろに筆記具を持った若い男性と、剣を持った男性騎士がいます。

私は恐ろしくなって、息を飲み込みました。


「こちらへどうぞ。」

と女性がテーブルの横のイスを指差しました。そして二つあるイスの一つに女性が腰掛けました。私は立ち上がってイスに座りました。


「だから、私は何も知らないって言ってるでしょ!」


廊下の外のどこかの部屋から女の人の金切り声が聞こえてきました。イスに座っていた女性がドアの方を振り返り、舌打ちをしました。


「今から私の聞く質問に答えてください。」

と女性は冷たい声で言いました。


「お名前は?」

「カーテローゼです。」

アイヒベッカーを名乗って良いのかわからず、私はそう小さな声で答えました。


それから、今日あった事を順に聞かれました。


昨日の夜、急にエレナローゼ様に明日のお茶会におまえも出るようにと言われて、朝からお風呂に入れられて身を清めさせられた事。

侍女が持って来たドレスを着させられた事。

エレナローゼ様に、部屋を出て行くよう言われたら出て行き、中庭で待機するよう指示された事。

エーレンフロイト令嬢を迎えにやるので、その時はすぐお茶会会場に戻って来るよう言われた事。


を伝えました。


「あの、どうして私はここへ連れて来られたのでしょうか?」

聞くのは恐ろしかったけれど、私は勇気を出して聞いてみました。


「質問はこちらがします。質問された事にだけ答えてください。」

冷たい声でそう言われました。


「ふざけんなよ、おまえ!失礼にもほどがあるぞ!おまえ、どうせ平民だろ。」


廊下の向こうから男性の怒鳴り声が聞こえてきます。私以外にも、部屋で質問をされている人がいるみたいです。


「お姉さんの事を『エレナローゼ様』と呼んでいるのですか?」

と聞かれました。


「・・は、はい。」

「なぜ、お茶会に出席するよう言われたのですか?」

「わかりません。」

「何のために、中庭へ行くよう言われたのですか?」

「・・わかりません。」

「客であるエーレンフロイト姫君が迎えに来るのはおかしいと思わなかったのですか?」

「・・すみません。」


質問されてもうまく答えられません。そんな自分がとても情けなくなりました。


「好きな食べ物は何ですか?」

突然、質問の内容が変わりました。でも、何て言って答えたらいいのかわかりません。私の好きな食べ物・・・。


「メレディアーナ様が焼いてくださったアップルパイです。」

「・・・。」


私は恥ずかしくなりました。いきなり『メレディアーナ様』のお名前を出しても、きっとわけがわからないでしょう。


「好きな季節はいつですか?」

「春です。」

「ご家族の事は好き?」

「・・・。」


言葉につまりました。『家族』とは、そもそも誰のことをさすのでしょう?


「あ・ええと・・。」

「あなたにとってお姉さんはどんな存在?」

「・・尊敬しています。お美しいし・・とても頭が良いらしいし。ア・・アイヒベッカーの方ですから。」

「アイヒベッカー家はどんな家ですか?」

「ヒンガリーラントで、一番優れた家だと聞いてます。みんなから尊敬されているって。」

「エーレンフロイト家の事はどう思う?」

「とるに足らない家だって聞いてます。・・汚らしい犯罪者の家だって。」


『犯罪者』という言葉を口に出す時、胸が痛みました。


「ヒルデブラント家は?」

「・・すみません。知らないです。」


「王家についてどう思いますか?」

「王様は偉い方です。アイヒベッカー家を、とても頼りにしてくれているって聞いています。」

「誰に?」

「・・みんなです。」

「『みんな』って誰?」

「旦那様も奥様も、エレナローゼ様も。」


女性は、私の顔をじっと見つめました。その視線に、とても怖くなりました。


「家族やアイヒベッカー家の使用人以外の人で最近、お話をした人はいる?」

「・・・今日、エーレンフロイト様と話しました。」

「お父さんを『旦那様』と呼んでいるの?」

「・・はい。」

「家庭教師の方は何人いる?」

「今はいません。」

「いつまでいたの?」

「お祖母様が亡くなられるまでです。」

「どうして、お姉さんをお姉様と呼ばないの?」


私が本当の妹ではないからです。


でも、それを言っていいのかわかりません。そんな事を知らない人に話したと知れたら、旦那様やエレナローゼ様になんて言われるか・・。


「ここまでにしましょう!続きはまた聞きに来ます。」

と言って女性は立ち上がられました。三人の方々がドアの外に出ると、外から鍵のかかる大きな音がしました。

その音がとても大きく響きました。

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