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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第五章 毒が咲く庭

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罪と罰(2)

残酷描写があります

理由は、領民の虐殺だった。


ここからはかなり胸の悪い話になる。という事を注記しておく。


アイヒベッカー家の領館の近くに、小さな村があった。そこである家族が仔馬を飼っていた。家族は両親と兄と妹の四人家族だった。

出産の時、母馬が命を落とした事もあり、家族はその仔馬を三人目の子供のように可愛がっていた。


そんなある日、侯爵の息子がその仔馬を見かけた。一目でその仔馬を気に入った侯爵令息は、その馬をよこせ。と言った。しかし、そう言われた飼い主の少年は断った。侯爵令息は馬を力づくで奪おうとしたが、馬は一歩も動かず、前脚を高く上げて侯爵令息に尻餅をつかせた。


侯爵令息は「平民が自分に逆らった」と、母親に泣いて訴えた。

母親は「その馬の事は全てお母様に任せなさい」と言って、その村の村長に宛てて手紙を書いた。


『村に伝わる雨乞いの儀式を行いなさい』と。


その村には、恐ろしい風習があった。日照りが続くと雨を乞うため『生贄』を火刑にし、その灰を川に流すのだ。


確かに、物を燃やすと煙や灰が上昇気流にのって上空に雲を作り雨を降らせる。

だがそれは、大規模な野焼きや山火事があった時の話だ。人体を燃したくらいで雨が降っていたら、火葬場の上空は友引きの日以外毎日雨が降る事になる。


それは根拠のない迷信であり、身の毛のよだつ悪習だった。


しかし、領主夫人に気に入られたい村長、自分を一廉の人物だと思わせたい自己愛の強い薬師、人の不幸が三度のご飯より好きなヒステリー女が三位一体となって、事を最悪な方に向かわせた。


本来『生贄』は、迷い込んで来た旅人や、口減らしされる子供が選ばれる。だが、侯爵夫人が指名したのは、仔馬を飼っていた家族だった。地球の魔女狩りのような、凄まじい負の熱狂の中で悲劇は実行された。


飼い主のいなくなった仔馬は侯爵家に連れて来られた。

しかし、仔馬は誰にも懐かず、無理矢理背にまたがった侯爵令息をふるい落とした。侯爵令息は怒り、矢の的にして仔馬を殺してしまった。


遠い昔の話ではない。たった一年前の出来事だ。


雨乞いの儀式は、村の秘儀だ。しかし、人の口に戸は立たない。

侯爵夫人自身が、自分に逆らったらそういう目に遭うと言って、使用人や領民を脅していた。


その話を伝え聞いていた新侯爵は、自らが権力の座に着くや強権を発動し事件の証拠を集めた。一年も前の、死体無き殺人事件だ。

それでも証拠や証言は集まった。何よりも決定的だったのは、侯爵夫人が村長に宛てて出していた指示書の存在だった。

見つかれば決定的な証拠になる書類であり、必ず燃やすよう侯爵夫人からは指示されていたが、自分だけが罪をなすりつけられる事がないよう、村長は指示書を破棄せずに隠し持っていたのである。


前侯爵と侯爵夫人、それに息子、村長と連絡をとり合った使用人、村長や薬師、村の有力者が幾人も逮捕された。

司法省も前侯爵夫婦に対してはそこまでではなかったが、平民である村人達には、拷問も含む苛烈な取り調べを行い、今までに村で何回『雨乞いの儀式』が行われてきたのか調査した。


そしてその全てが国王に報告された。

前侯爵夫人の罪が許されないのは当然だが、知っていて無視をした前侯爵も同罪とされた。

前侯爵夫婦と村長ら村の有力者や煽動者十人に死刑判決が出た。


「なぜ、私が罪に問われるのだ⁉︎夫婦でもエーレンフロイト侯爵は紅蓮の魔女の罪を逃れたではないか!」

と前侯爵は王に向かって叫び、前侯爵夫人は、新侯爵に


「正義漢ぶっているけど、妹と母親が死んだのは私達のせいだと逆恨みしているだけでしょう!」

と叫んだ。


「その通りだ。私は二人兄妹だった。だからこそ、貴様に殺された家族の恐怖と絶望と無念を無視する事はできない!」


「新しい侯爵様は父親を早くに亡くして、母親と妹と慎ましく暮らしていたそうです。でも、妹さんが結核になってしまって。治療薬は存在しますが、非常に高価です。母親は治療費を貸して欲しいと侯爵家に頼みましたが断られました。『どうして、おまえの娘を助ける為に私がドレスを買うのを我慢しなくてはならないの』と言われたのだそうです。妹の結核は、背骨に発症し地獄の苦しみの中で死亡したそうです。」

とドロテーアは、デリクから聞いた情報を教えてくれた。


背骨に症状が出たという事は『脊椎カリエス』か。俳人正岡子規と同じ病名だ。正岡子規が主役のドラマをテレビで見た事があるが、見ているのも辛いほどの役者さんの演技だった。

思えばコレラやペストは恐ろしい病気だが、発症したら数日で死ぬという点では幸福な病気だ。感染し、発症した後何年も苦しみ続ける病は、絶え間なく続く拷問と同じである。病人も看護する人も本当に辛いだろう。


娘を失った母親は心の病を患った。食が細くなり、寝たり起きたりの生活になり、そしてちょっとした風邪にかかったのが原因で死亡したという。


新侯爵の正義感が、恨みが根底にある物だったとしても、侯爵夫人の罪は到底許されない。

そういう人が『貴婦人』と呼ばれ普通に、サロンで他の貴族達と仲良くしていたというのだから恐ろしい話だ。


惨劇の舞台となった村は封鎖され、家も畑も全て焼かれる事になった。死刑にされる人々の家族は国外に追放され、残った村人も一世帯ごとに別の村に強制移住させられる事になった。コミュニティーが存在し続ける事によって悪習が繰り返されないようにする為だ。人が一人もいなくなった村には、小さな慰霊の碑が建てられたという。


「お姉様に向かって『犯罪者の子孫のくせに』って言っていたけれど、自分だってそうだったんじゃないか!」

とヨーゼフはぷんぷんと怒っている。


エレナローゼとカーテローゼは、ずっと王都で暮らしていたから事件との関わりは全く無い。だが、子供である以上影響は免れなかった。

息子は事件にがっつりと絡んでいるが、幼さを考慮され死刑は免れた。その代わり修道院に入りそこで終生を過ごす事になる。


「アイヒベッカー領の川の下流にはうちの領地があるんだよ。ったく、なんて物を川に流しやがるんだ。魚、もともとそんなに好きじゃなかったけれど、僕もう二度と、あの川で獲れた魚食べられない。」


ジークが吐きそうな顔をしてそう言った。

港町ブルーダーシュタットでは、亡くなった人は火葬にされ海に散骨されるという。理屈の上では上記の事件と同じ事だし、それで魚が食べられない、というのは違うのではと思うが、心の中の理屈ではないところが拒否をするのだろう。正直ジークの気持ちはわかる。きっと魚を見る度に、事件を思い出してしまう。


「侯爵が代替わりをしなかったら、永遠にバレなかったのかな?」

と私はつぶやいた。そしてもし、エレナローゼがルートヴィッヒ王子と結婚し、ルートヴィッヒ王子が王様になったら、アイヒベッカー侯爵夫婦は次の王太子の祖父母になっていたのかもしれないのだ。恐ろしい話だ。


「でも、マルテさんに聞いたのですが、この話は平民の間ではかなり有名な話だったそうです。」

とドロテーアは言った。

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