罪と罰(1)
裁判は一週間後に行われ、即日判決が出た。
日本の司法制度では考えられない速さだ。
犯人が現行犯で捕えられ、目撃証言も多数あり、有罪か無罪かを審議する必要がなかったからだ。問題となったのは量刑だけである。
その前にまず、巻き込まれた光輝会のメンバーにも判決が出た。反逆罪及び陰謀罪については彼らは罪に問われなかった。
私に対する陰謀については、自分一人で計画し自分一人しか知らなかったとエレナローゼ自身が証言したそうだ。そうでないという証拠も無かった。
反逆罪についても
「みんなが私こそが王妃に相応しいと言ったのだ。」
とエレナローゼは言ったらしいが、『みんな』は「言ってない!」と全否定したらしい。
これは、「言った」「言ってない」の水掛け論にしかならず、録音録画機器の無い世界において決定的な証拠が無い。
よって結果的に無罪となった。
しかし、無罪になった最大の理由は、『私』が罪に問う必要はない。と言ったからなのだそうだ。
「エーレンフロイト姫君の憐れみ深さに感謝するように!」
と王様は言ったそうだ。
私は裁判を見に行っていないので、お父様やジーク様から後で話を聞いただけなんだけど、なんかそれって『悪役令嬢から、婚約者を略奪した泥棒女』が立つ立ち位置じゃね?
異世界マンガでは必ず最後に『ざまあ』されるキャラクターだ。
だけどさすがに、光輝会のメンバーは全くお咎め無し、って事にはならなかった。
まず、光輝会には解散命令が出た。以後三人以上が集まって、集会を開いてはならない。という事になった。トランプでババ抜きとかできなくなるって事だな。そして、王城への登城禁止命令が出た。
影響力を持っている夫人達が開催するサロンもあるとはいえ、やはり社交の中心となるのは王宮だ。そこに入れないという事は、社交界の中心から弾き出されるという事である。王様の逆鱗に触れた人間と仲良くしようなどという貴族もいるはずがない。
実際すでに、婚約者がいた光輝会員は婚約を破棄されたそうだ。
廃嫡され、親に勘当を言い渡された人もいるという。女の子の中には、あの悪名高いマイフェルベックの修道院にやられる事が決定している子もいるらしい。
私に対して特に当たりの厳しかった三人がどうなったのか、後日ジーク様が教えてくれた。
ダーヴィッドという伯爵家のお坊ちゃまは、勘当され無一文で家から追い出されたそうだ。貴族籍からも除籍されたので、これからは一平民として地道に働いて生きていくしかない。ぜひとも優秀な頭脳を駆使して強く生きていってほしいものである。
数年後には私もそういう人生を歩いているかもしれないので、別に彼には同情はしなかった。
シルヴィオという子爵家のお坊ちゃまは、修道院より規律が厳しいと言われる、遠い外国の学校の寄宿舎に入れられる事になったらしい。いつの日かヒンガリーラントに戻って来る日もあるかもしれないが、何年かは顔を合わさずにすみそうだ。正直反省し改心してくれるまで戻って来て欲しくない。
私が一番悲惨だと思ったのは、伯爵令嬢のアデリナだ。彼女は、ブルーダーシュタットの平民の商人のおじさんの後妻にされる事になった。
別に平民のおじさんと結婚しても、ユスティーナのお姉さんのように幸せに暮らしている人もいる。ただ、この場合のおじさんはなかなかの事故物件だった。若い女の子が大好きなのに、性病にかかっていて、それをマジメに治療しようとしないから全ての娼館から出禁にされたらしい。
囲っていた愛人達にさえ逃走され、困った子供達(全員成人既婚)が、結婚してくれる若い娘を探していたそうだ。
これはいくらなんでも悲惨過ぎる。虐待だし重篤な人権侵害じゃないかと思ったが、でも私に口出しできる事ではない。もしかしたら、シュテルンベルク伯爵夫人になれたかもしれなかったはずなのに、と思うと落差がひど過ぎる。自慢の脳細胞を使って、夫殺しとかしなけりゃいいが。とそれも心配だ。
そして、エレナローゼ嬢とカーテローゼ嬢。二人には終身刑の判決が出た。
「本来なら極刑が妥当な行いだが、そこまでは望まないと、エーレンフロイト家そしてエーレンフロイト侯爵令嬢が助命を申し出た。これからの長い時間、おのれの愚かさとエーレンフロイト侯爵令嬢の憐れみ深さとをよく考えて、贖罪に費やせ。」
カーテローゼ嬢は、姉の悪巧みを全然知らず、ただ
「ここから出て行って中庭へ行け。エーレンフロイト嬢を迎えに行かすから、それまでずっと中庭で待っていろ。」
と指示されていたらしい。
それでも、計画の一端を担ってしまったのは事実だ。そして、姉が重罪を犯せば妹は連座させられるのだ。
コルネの父親のレントも、兄の犯した罪に連座させられた。もし私が、泥棒ではない事を証明できなかったら、ヨーゼフも罪を負ったはずである。それが、ヒンガリーラントの貴族社会なのだ。
それでも、短い時間とはいえ中庭で彼女と話した事、花を見て優しく微笑んでいた笑顔を思い出して胸が苦しくなった。
日本人で14歳なら、こんな重い刑罰は科されない。
私がアイヒベッカー家に行かなければこんな事にならなかっただろうか?彼女達は過去世では、どんな生涯を送ったのだろう?
そう考えずにはいられなかった。
アイヒベッカー侯爵は事件の責任を問われ、侯爵の地位を引退する事になった。エレナローゼ嬢には9歳になる弟がいるらしいが、幼い彼が新侯爵になったら、結局親が権力を握る事になる。なので、新しい侯爵には、前侯爵の従兄弟のアロイス卿がなる事になった。
彼が王家から指名されたのには理由がある。
なんと。
びっくりだが!
アイヒベッカー家は、借金だらけの家門だったそうだ。
あんな豪華なパーティーを開いて、熱帯魚をたくさん飼っていて、歯茎が痙攣しそうなほど甘い菓子を出して、大量のガラスコップを並べて、酒やらジュースやら惜しみなく振る舞っていたのに、本当はビンボーだったらしい。
ほんとびっくりだよ!
あんなに宝石をじゃらじゃら身につけていて、全然生活に疲れた雰囲気とかなかったのに!
で。日本円にしてうん十億ってくらいの借金があったので、あの大きな館も領地も全部王家に没収される事になったらしい。
その代わり王家が商人やら借金取りやらにお金を払うのだそうだ。
領地が無くなるので、今まで領地や王都の館で働いていた親戚達は、皆無職になる。
なので、新侯爵は領地とは無関係な所で収入がある人が選ばれたらしい。
アロイス卿は、奨学金で大学を卒業した後官僚になって、教育省で働いているのだそうだ。王都から徒歩30分くらいの所に親から相続した小さなリンゴ園も持っているらしい。
その小さなリンゴ園が、新生アイヒベッカー家のささやかな領地となるのだ。
アイヒベッカー家は今回の事件で序列を落とし、侯爵家の中で一番下の家門になった。というわけで、我が家は今度から、下から二番目の侯爵家になる。
そうして全てが終わったかのように思えた。
だが、今回の事件はこれで終わらなかった。
アイヒベッカー新侯爵は就任してすぐに、前侯爵と侯爵夫人の処刑を王家に申し立てたのである。




