光輝会(7)(ルートヴィッヒ視点)
「まあ、あの子ったら今日は大事なお客様が来るのだから、勝手な事しないでって言ったのに。また、中庭の花畑に行ったのね。」
そうだろうか?単にトイレに行ってる、とかじゃないのか?
なんとなくだがあの妹は、姉が命令したら、それには逆らわないような気がするのだ。なんだか妙な違和感を覚える。
「そうだわ。」
とエレナローゼは言った。
「エーレンフロイト令嬢が中庭まで迎えに行ってくれないかしら。妹は、あなたに憧れているの。だから、きっと喜ぶわ。」
ふざけるな!どうしてレベッカ姫がそんな、使用人がするような用事をしないとならないんだ。おまえは、レベッカ姫を自分の侍女のように思っているのか⁉︎
腹がたったが言わなかった。むしろ、これは彼女と二人きりになるチャンスだ。
「だったら僕も一緒に・・・。」
「ルーイ。ちょっと話があるんだけど良いかな?」
急にフィリックスが話しかけて来た。
「えっ?」
その間に
「わかりました。」
とレベッカ姫は言って、すたすたとドアの方へ歩いて行ってしまった。コルネリア嬢がついて行こうとする。すると
「ハイドフェルト令嬢は絵を描くのが好きなのですってね。私も絵を描くのが得意なのよ。」
とエレナローゼが、コルネリア嬢に話しかけた。レベッカ姫は一人で部屋の外へ出て行った。
「何だよ?フィリックス。」
僕は少し腹をたてながら言った。
「カーテローゼ嬢に一目惚れをしたとかいうわけではないのなら、あまり彼女を褒めたり関心があるようなふりをするのはやめろ。彼女の為にならない。」
「エレナローゼが怒るから、ってか?そんなのおかしいだろ。どうして、弱い立場の人を守るのではなく、怒りっぽい人間を怒らせたらいけないという理由で、そちらの機嫌をとらなきゃならないんだ。」
「自分勝手な正義感だな。おまえにエレナと妹の本当の関係性がわかるっていうのか?結局おまえのそんな態度が、エーレンフロイト令嬢の立場を悪くしていると思わないのか?」
「思わないね!悪いのは全部姫を泥棒呼ばわりしたアデリナだ。」
「僕はエーレンフロイト令嬢の態度が悪いからだと思うね。ここはアイヒベッカー家で、主人はエレナでエーレンフロイト令嬢は客の一人だ。なのにエレナをたてる事もせず、知識をひけらかしてエレナに不快な思いをさせている。エーレンフロイト令嬢は厚かましいにもほどがあるよ。」
「知識をひけらかしてなんかいないだろ!質問された事に答えているだけだ。わからない事はわからないと言っている。そもそも、エレナローゼが主人だというなら、エレナローゼが全ての客に目を配り気を遣い、招待客の皆が楽しい時間を過ごせるよう配慮を働かせるべきではないのか。僕はお茶会とはそういう物だと思っている。だけど、おまえにとってのお茶会とは、招待客が招待主に媚びへつらいご機嫌をとる物なのか⁉︎」
「ここはアイヒベッカー家だ。アイヒベッカー家にとって都合の悪い、不快な存在をアイヒベッカー家には追い出す権利がある。他の客を守り不快にさせない為にもそれは家の主人の重要な仕事だ。」
ここまで、僕らは考え方がすでに違うのか⁉︎
そう思って悲しくなった。
小さかった頃は、ただ一緒にいて楽しい。それだけで良かった。それだけで友達でいる事ができた。だけど成長すれば、ただ楽しければ良い、というわけにはいかなくなる。僕らを取り巻く環境は複雑だ。するべき公務、果たすべき責任というものがある。
僕がさっきから不快に感じている諸々も、フィリックスにとっては全く違う見え方で見えているのだ。
エレナローゼがレベッカ姫に恥をかかそうとしているのに、恥をかかないレベッカ姫が悪い。
エレナローゼの態度が無礼だと、はっきり口に出して指摘するジークが悪い。
外国の使節団が我が国に来るなら、使節団がこちらに合わせ我が国の機嫌をとるべきだ。
僕はそうは思えない。
僕は国王になりたいと思っている。
そして僕が王になったら、他の国々とはお互いに敬い合い、共に発展して国を豊かにしていきたい。
僕が王になった時、重用するべきなのはろくに国税を納められないアイヒベッカー家ではなく、エーレンフロイト家やヒルデブラント家のような貴族だ。
為政者は、弱者を思いやらねばならないというなら、その場合の『弱者』はアイヒベッカー家の人間じゃない。アイヒベッカー家に借金を踏み倒されて、破産しかけている商人や、口減らしをしなくてはならないほどの重税に喘ぐ、アイヒベッカー領の領民だ。
エレナローゼを喜ばせる為に、妹への虐めに加担し、全ての無礼な発言や態度を許し、レベッカ姫を傷つけなければならないのだとしたら僕にエレナローゼは必要ない。
光輝会の支持を得る為に、外国人を侮辱し、平民を差別し、平民の味方をする人を排斥しなければならないとしたら、僕に光輝会など必要ない。
たとえ、その光輝会に僕の一番大切な友人がいるとしても。
僕の心の中から何かが剥がれ落ちていった。その痛みに僕は耐えていた。かつて、フィリックスと掴み合いの大げんかをした時でさえ、僕の心の中では、彼とは友人のままだった。
でも、僕は僕から彼を切り離さなくてはいけない。剣で刺し貫かれるくらい胸が痛かった。
ドアが開く音がした。レベッカ姫とカーテローゼ嬢が戻って来たのだ。カーテローゼ嬢は、今までとは別人のように笑顔だった。嬉しそうにレベッカ姫を見つめる瞳に、コルネリア嬢やかつてエーレンフロイト邸で会った、ユリアーナ・レーリヒ嬢のような強い親愛と尊敬の光があった。
この数分でレベッカ姫は、カーテローゼ嬢の心を掴んだらしい。
レベッカ姫はそういう人だ。一瞬で心を奪い目が離せなくなる、そういう魅力がある。
僕はレベッカ姫の方へ歩き出そうとした。
その時、エレナローゼが耳を押さえて叫んだ。
「イヤリングが無いわ!」
ああ、そう。落としたんじゃねえの。
としか思わなかった。
イヤリングは、アクセサリーの中で最も落としやすいアクセサリーだ。夜会を開いた会場の後片付けをしていると、大量のイヤリングが床に落ちている、と使用人が話しているのを聞いた事がある。
アイヒベッカー家の使用人達が慌てて床の確認を始めた。床にはってある絨毯は毛足の短い物なので、イヤリングが落ちていればすぐにわかるはずだ。しかし、イヤリングは見つからなかった。
「お嬢様。イヤリングは見つかりません。」
と従僕の一人が言う。
「そんな・・誰がとったの⁉︎」
・・確かに、エレナローゼはこの会場から一歩も出ていないし、会場に落ちていないのなら誰かが持っていると言う事になる。
僕は嫌な予感がした。
さっき『泥棒』という言葉が話題になった。
だから、皆一瞬考えるはずだ。
そして、その考えを誰より早くエレナローゼが口にした。
「あなたが盗んだの⁉︎エーレンフロイト侯爵令嬢!」