光輝会(2)(ルートヴィッヒ視点)
最初は信じられなかった。
まだ社交界デビューをしていないレベッカ姫は、ほとんど社交活動をしていない。なのに、なぜ家同士の付き合いがあるわけでもないアイヒベッカー家に行くというのだろう?
僕は仕事を中断し、アカデミーの寄宿舎に戻った。そして、レベッカ姫の弟のヨーゼフを捕まえて、事の真偽を問いただした。
アイヒベッカー家に行くというのは本当だった。
しかも行く理由というのが、コンラートの伯母に頼まれたからだという。
コンラートに縁談があって、相手と顔合わせをするのにレベッカ姫が同伴するらしいのだ。
「コンラートには秘密にしているので、言わないでくださいね。」
とヨーゼフに言われた。
なぜ、そんなものにレベッカ姫が同伴するのか?光輝会嫌いのシュテルンベルク伯爵は、その縁談を認めているのか?
といろいろ疑問だが、コンラートに婚約者ができる事は良い事だ。と思った。
婚約者が決まったら今のように、レベッカ姫の周囲をウロチョロするのをやめるはずだ。そう思って、僕は気持ちを落ち着けた。
だけど、よりによってアイヒベッカー家かあ。と、思う。
アイヒベッカー家のエレナローゼ嬢は、絶対レベッカ姫の事が嫌いだと思うのだけどな。
エレナローゼ嬢は光輝会の創立者の一人で、光輝会の理念そのものみたいな人だ。
知識をひけらかすのが好きで、他人に賞賛される事が大好きで、自分を特別な人間だと固く信じている高慢な女だ。
まあ確かに、記憶力や頭の回転は良いのだろう。だが、それを自分が賞賛される為にしか使わないのだ。
レベッカ姫のように、新しい何かを作り出して、孤児院や救貧院を支援するという事はない。
そもそも平民や貧民が大嫌いだし、彼らのような無能な人間が増える事が国を食い潰す。と公言してはばからない。そんな人間を生き延びさせる為に援助する人間は、国力を低下させる手伝いをしている。と批判している。
個人名は挙げないが、レベッカ姫の事を言っているのは間違いない。
おまえに、貧しい人達の事をあれこれ言う資格があるのかね。と思わずにいられないが。
財力とは即ち権力だ。
僕は、王位を目指すようになって、どの貴族がお金をたくさん持っているのか調べてみた。
王家に申告されている財産目録と、毎年払っている国税を調べればすぐにわかる事である。
正直、調べる前は王妃の実家であるディッセンドルフ公爵家が一番だろうと思っていた。しかし、違った。一番金を持っているのは、ヒルデブラント侯爵家だった。
ヒルデブラント家は薬草の栽培と研究で有名だ。とにかくこれが金を生む。
当たり前の話だが、1ヘクタールのライ麦畑より、1ヘクタールの薬草畑の方が比べ物にならないくらい収益がある。
薬科大学があるので、常に若者が領地にやって来る。王都と同レベルの最先端医療が受けられるので、お金のある病人もやって来る。人が集まれば商人が商品を持ってやって来る。人が集まれば金が動く。当然税金も大量に集まる。
ヒルデブラント領は、領内に住む領民の数が、他の領地と桁が違うのだ。
そのうえ、ヒルデブラント領は領内に石炭坑を持っている。300年前は、石炭の価値が今よりはるかに低く、国ができた時、公爵家が宝石の埋まっている領地を選び、ヒルデブラント家は『ハズレ』の領地をつかまされたわけだ。だが、今現在石炭の価値は宝石と変わらないくらい高くなっている。
そして全公爵家と侯爵家、そして伯爵家の中で一番金を持っていないのはアイヒベッカー家だ。
領民が少なく、耕作されている農地が少ない。土地が荒れると害獣や害虫、作物の病気が増える。治安も悪くなる。するとますます領民が領外に流出し財源が減る。そしたら、領主は税を重くする。すると、ますます領民が減る。負のループだ。
かつては、ベリル系の宝石が領内で採れたらしいが、それも枯渇した。特筆すべき産業もない。
アイヒベッカー家にとって命綱になっているのは、通行税だ。
アイヒベッカー領は、ヒルデブラント領の隣にあり、王都までの通り道になる。王都とヒルデブラント領を行き来する人も物も、アイヒベッカー領を通過する。それに莫大な税金をかける事だけが唯一とも言える大きな収入なのだ。
これが王都では大きな問題になっている。
通行税は、どれくらいまでという上限を決める法は無いが、これ以上上げられるとヒルデブラント領は薬を王都に売らず、反対側にある領ハーゼンクレファー領、更にその向こうにある国、ブラウンツヴァイクラントに売るだろう。そうすれば良質の薬やお金がそちらにのみ流れる事になる。王都にとっては大問題だ。
収入は無いのに、贅沢好きな一族なので、家門は大量の借金を抱えている。
既に複数の商人から、司法省に訴えもなされている。平民である商人が貴族の借金に泣き寝入りせず訴えを起こすのはレアな事だが、どうやら、商人の背後にヒルデブラント家がいるみたいだ。アイヒベッカー家のせいで、ヒルデブラント領の物価は上昇の一途らしいので、ヒルデブラント家も我慢の限界が来たのだろう。
このままでは近い将来、王室が借金の全てを肩代わりし、その代わりに領地を没収する事になるのは間違いない。そんな恥さらしな貴族が侯爵家を名乗り続けるわけにはいかない。爵位が降格になるか没収になるかは、侯爵の態度次第だ。
光輝会の会合に顔を出す度に、エレナローゼ嬢が僕に馴れ馴れしい態度をとってくるのは、自領の窮状を知ったうえでの財産目当てなのかと思っていた。ところが彼女は、自分の家が借金まみれだという事を全く知らないようだった。彼女はいつも労働者を馬鹿にしているから、きっと自分の領地に関する書類仕事とかをやった事がないのだろう。そして、親も自領が既に財政破綻している事を子供に伝えていないのだ。
そんな彼女が、領地も家も身分もなくした時、いったいどういう反応をするのか逆に興味が湧いてくる。自慢の頭脳を駆使して逆境を切り拓くのだろうか?
貧乏人が貧乏なのは自己責任だと常に彼女は言っているので、僕としては同情する気はさらさら無い。
どうして、そんな女、そんな社交クラブとフィリックスは関わっているのだろう?と思うが、たぶん、母親の悪口を公然と言える場所が他にないのだ。
フィリックスの母親であるイーリス夫人は、国立大学数学科の教授をしていて、西大陸の叡智と呼ばれるほど頭が良い方だ。一方で『知性はあっても理性は無い』と言われていて、実の息子であるフィリックスには人には言えない苦労も数々あるようである。それでも偉大な才能があれば、性格のとんでもなさが許されるのが、世の中だ。性格の悪さが身分や顔で許される社会よりは、はるかに健全であろうが、そうのんきに考えられるのも所詮人ごとだからである。
フィリックスとしては、光輝会の存在が唯一のストレス発散の場なのであろう。
そんな光輝会を主宰しているアイヒベッカー家にレベッカ姫とコンラートが行くのか。しかも、目的はコンラートのお見合いだ。
コンラートが行くとなると、絶対ヒルデブラント家のジークレヒトもついて行くだろう。
もはや、騒動が起こる予感しかしない。
これは必ず僕も行って、レベッカ姫を守らなくては!
僕は、お茶会に参加するという返事をアイヒベッカー家に送り返した。




