光輝会(1)(ルートヴィッヒ視点)
ルートヴィッヒ王子視点の話になります。
一つ前の話で、レベッカの妄想が大暴走していましたが、こちらが現実です。
父上から任された書類を処理していると、執事が今日の分の招待状の山を持って来た。
建国祭が終わったこの時期は、至る所で貴族同士の集まりが行われている。この招待状の山は、普段から熱心に社交に励んでいる僕の成果だ。
僕の名前はルートヴィッヒという。ヒンガリーラントという国の第二王子だ。僕は異母兄である第一王子と、父である国王の跡目を現在争っている真っ最中である。国王になる為には、様々な団体からの支持が必要だ。その為、僕は人脈を作る為あらゆる社交クラブに顔を出し、自分を売り込んでいる。
一口に社交クラブと言っても玉石混交だ。有意義な時間を過ごせたクラブもあるし、時間の無駄でしかなかったクラブもある。
僕は招待状の山の一番てっぺんにある招待状を見つめた。封蝋に押された紋章は『光輝会』の物だ。
あそことも、そろそろ手を切るべきだな。と考えている。
『光輝会』に興味を持ったのは、従兄弟で親友のフィリックスがメンバーの一人だったからだ。そして、ダラダラと手を切れずにいるのもフィリックスがいるからである。
光輝会の集まりに顔を出してまず思ったのは、安っぽい選民思想集団だという事だ。メンバーは、血筋を誇り下級貴族や平民を馬鹿にしている。
僕の父親は国王だが、母は裕福ではない下級貴族だった。だから、彼らの驕り高ぶった態度が、口には出さなかったが不快だった。
自分達を天才だと信じ込んでいたが、どこかの研究者の研究を丸暗記して記憶力をひけらかしているだけにすぎなかった。自分達自身で、失敗を繰り返しながら研究を重ねる事も、試行錯誤しながら何かを作り出す事もない。
論文の内容を、まるで自分が発見したかのように朗々と語るのに、その研究者が平民だったら内容の粗探しをしてケチをつける。
どれほど才能がある人間であっても、身分が低いというだけの理由で全否定し彼らはその能力を認めなかった。
もしも将来、僕が国王になり側近を決める事になった時、コイツらを側近にしたら下級貴族や平民を側近にできなくなる。
母親の身分が低い僕は、身分の低い人からの支持が大切なのだ。平民でも才能がある人は数多くいる。それを思うと『光輝会』の連中とは深くは付き合えない。
『光輝会』の連中は、ろくに勉強をせず、母国語の読み書きもあやしい兄とは距離をとっている。なので、うまく利用できればと思っていたが、利用するだけの価値がなかった。無駄な万能感ばかりが鼻につき、僕がぜひにとも僕を支持して欲しいと思っている医療大臣や教育大臣にも嫌われている。
彼らの会合にこれ以上出席するのは時間の無駄だ。僕にはやらなければならない事がたくさんある。そのうちの一つが、北大陸の小国ガラティナから来る公式使節の接待だ。ガラティナ国の王太子が結婚し、新婚旅行で西大陸の幾つかの国を周遊するのだ。
ガラティナ国は小さな国だが、無尽蔵と言えるほどの石炭が埋まっている。ガラティナの王太子は、それを掘り出すのに出資してくれる国を探しているのだ。
西大陸の工学者達は、石炭を使った長距離移送用の乗り物の開発にしのぎを削っている。それが発明されれば、石炭の価値は宝石を超える物になる。だから、ガラティナ国の石炭産業には何が何でも関わりたいのだ。そして、それは近隣の国々も皆思っている事である。
だからこそ、王太子夫婦の接待は絶対に失敗できない。父上が僕に任せてくれた大プロジェクトだ。これに成功すれば、王太子の地位がより近づいてくるはずだった。
そんな忙しい毎日の中、もしも自由に使える時間があるものなら、僕は婚約者であるレベッカ姫に会いたかった。
今年の夏レベッカ姫は、夏の休暇で自分の領地に行き、そこで海賊の討伐をした。一時は海賊の人質にされたらしく、心配になった僕は、王都へ戻って来た彼女に会いに行った。
ところが彼女は、家出して行方不明になった友人を探しに行ったという事で会えなかった。彼女は、身の危険を感じて家出した友人の命を救う為、その友人を殺そうとして剣を振り回した貴族の前に立ち塞がり、友人を守ったという。
何て勇敢で、優しい人なのかと、僕は彼女に惚れ直した。
ちなみに、レベッカ姫の友人を迫害していたという親族の者達は、王である父上が厳罰に処した。これで、レベッカ姫もご友人も心穏やかに暮らせるだろうと、胸をなでおろしたものである。
なのに、建国祭のちょっと前。レベッカ姫は御母君の実家である、シュテルンベルク邸でまた殺されかけた。
犯人は嫉妬に狂った頭のおかしい女で、自分の家族やシュテルンベルク伯爵夫人まで殺していたらしい。
その女が、夫だった隣国トゥアキスラントの大貴族まで殺していたという事がわかった時は、我が国の首脳陣は一様に蒼ざめたものである。公表すれば戦争に発展するかもしれないし、それを回避したければ、天文学的な賠償金を請求されるだろう。なのでその秘密は、永遠に封印される事になった。
そんな女に殺されかけたのだ。レベッカ姫は、どれほど恐ろしかっただろうかと僕は胸が苦しくなった。
それと同時に、シュテルンベルク邸に泊まりに行くくらいコンラートと仲良くしているのか、と思うとそれにも胸が苦しくなった。
僕はすぐにでも彼女の元に駆けつけたかったが、父上に司法省の捜査が落ち着くまで待つようにと言われた。
おそらく、犯人が毒殺魔だったので、絶対に安全だとシュテルンベルク邸がみなされるまで、シュテルンベルク邸に行って欲しくなかったのだろう。
僕は事件から四日後、シュテルンベルク邸を訪ねた。見舞いの品が花束では芸がない、と思ったのでカゴいっぱいのリンゴを持って行った。
そしたら、風邪をひいて体調が悪そうなコンラートに
「ベッキーはとっくにエーレンフロイト邸に帰りましたよ。」
と言われた。そして奴は更に言った
「わざわざリンゴをありがとうございます。大好きなんですよ。カメが。」
慌ててもうひとカゴリンゴを用意し、エーレンフロイト邸を訪ねたいと打診したら
「もうアカデミーの寄宿舎に戻りましたが。」
と言われた。切なすぎる!
あの後結局レベッカ姫とは会えずじまいだ。どうして、エーレンフロイト家はお茶会を開かないのだろうと恨めしい。おそらく、シュテルンベルク家の事件のせいで、侯爵夫人が忙しくてそれどころではないのだろうけれど。
ああ、毎日の生活に潤いがない。とため息をついて仕事をしていると、光輝会からまた連絡が来た。うっとおしく思いながら招待状を開いて
「えー!」
と思った。
何と、アイヒベッカー家のお茶会にレベッカ姫が来るので、王子にもぜひ参加して欲しい。という連絡だった。




