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隣国の使者(ルートヴィッヒ視点)

朝から、冷たい雨が降る1日だった。


僕は、母上を探して、図書館へと続く渡り廊下を歩いていた。

僕の名前はルートヴィッヒという。ここはヒンガリーラントという国の王宮で、自分はこの国の第二王子だ。

不安な気持ちをできる限り顔に出さないよう、僕は早足で歩いていた。

なぜ、こんな事になったのだろう。何かがおかしくなってしまったのはいつからなのか?それはやはり、隣国ブラウンツヴァイクラントから使節団が来た時だろうか。



建国祭に合わせて隣の国から使節団がやって来た。


別に珍しい事ではない。ブラウンツヴァイクラントとは、かつては戦争をした事もあるが、それは遠い昔の話だ。両国間は今は平和な状態だし、建国祭に祝いの品を贈ってくる国は他にもある。

ただ、少し普通の使節団と違ったのは、やけに若い女性が多いという事だった。皆、それなりの家門の出で、美しく、そして独身だった。


ようするに。ハニートラップを狙っているのだろう。

兄である王太子が17歳。自分と、すぐ下の弟である第三王子が共に14歳だ。上手い事引っ掛けて、正妃になれれば万々歳。それが無理でも愛人になって、自国の有利になるよう図れれば、というところだろうか。

もちろん相手は国王でも良い。我が国では王は4人まで側妃を持てる事になっているが、側妃の地位は1つ空いているのだ。


流石に王女クラスはいなかったが、隣国の王の姪という公女がいた。

正直会うまでは彼女に良い印象は持っていなかった。いろいろな悪評を噂で聞いていたからだ。


彼女の美しさに、母親である王の妹が嫉妬して、彼女を殺そうとして処刑されたとか、そんな彼女を手に入れようとして色ボケした王が、邪魔になる父親の大公を冤罪で処刑したとか。結局彼女は実の伯父である国王の愛人になり、寵愛を笠にきて贅沢三昧な生活をしているとか。そういう傾国の美女的な噂だ。


ただ、どんな噂が流れていようと、本人を見るまでは噂を鵜呑みにはしないと決めていた。

身内が処刑されていようとも、本人に問題が無いなら何の問題も無い。

そもそも、我が国には、はるかに悪名高い処刑された貴族がいる。だが、その孫である侯爵の事を父上は

「彼は立派な人だ。貴族が範とするべき人格者だ。」

と、高く評価していた。


そして、直接会ったララ公女は、噂とはまるで違う人だった。

たおやかで、とても弱々しい儚い雰囲気の女性だった。体つきも華奢で、色気のあるタイプでもない。上品で、とても優しい女性だった。

きっと、彼女の美しさに嫉妬する性格の悪い女達が悪評をばら撒いたのだろう。可哀想な人だと思った。


そんな美しい彼女に、兄である王太子も興味を持ったようだ。だが、ララ姫は兄上にはあまり近づこうとせず、僕の方に親しげに接してくれた。

はっきり言って、王妃の息子である兄上と僕の仲は良くはない。なので、美しい彼女が兄上ではなく僕に親しみを持ってくれたのは、自尊心を満足させてくれる事だった。彼女は18歳で、僕より4歳年上だが、彼女が望んでくれるなら、彼女と結婚するのも良いかもしれないと思った。

会って間もない女性に対して、恋心を抱いているのかは正直わからない。だが、彼女は守ってあげたくなる人だった。

今までに、そう感じた女性は国内にいなかった。彼女は、他の誰とも違う女性だった。


それなのに!


母上は、苦い顔をして言ったのだ。


「ララ様には気をつけなさい。」

びっくりした。母上は噂を鵜呑みにして偏見を持つ人ではないと信じていたからだ。

だけど、どうやら母上は宮廷の意地悪な女達と同じ考えを持っているようだった。母上の目には、彼女の弱々しさは演技で、僕と兄上を天秤にかけ、わざと兄上の前で僕に馴れなれしい態度をとり、兄上の嫉妬心をかき立てて兄上を自分のものとしようとしているという風に映っているらしい。


「彼女はそんな人じゃない!母上は何もわかってないんだ‼︎」

そういうと、母上は悲しそうな顔をして言った。


「アウグスティアンに用心しなさい。」


初めて聞く言葉だった。それは何か?と聞くと、アウグスト・エーレンフロイトを信奉している人だと言われた。


アウグストは30年程前に、ヒンガリーラントを混乱に落とし入れた犯罪者の片割れだ。大量殺人鬼であり、洗脳の達人だったという。

高潔な偉人と同じほど、時にそれ以上に、冷酷な凶悪犯が民衆の間で人気となり憧れの対象となる事があるという。

アウグストのように、他人を思い通りに操りたい。不幸も希望も、自分が思う通りに与えたり奪ったりして、他人を支配したい。アウグストみたいになりたい。そう思う人達の事をアウグスティアンと呼ぶのだそうだ。


それを聞いて頭に血が上った。

「母上は、あのお優しいララ姫が『アウグスティアン』だと言いたいのか⁉︎」

「そのような人もこの世にはいるから、気をつけてほしいと、思っているのです。アウグスティアンの目的は2つ。他人を支配する事と、アウグストの宿敵であった兄のベネディクトの子孫と、アウグストの協力者達を何人も処刑した、王室の人間に復讐する事なのです。」


「話にならない!ララ姫が僕や兄上に復讐を企んでいるとか、妄想が激しすぎでしょう。バカバカしい。もしも、本当にアウグスティアンなんて奴らがいるのなら、アウグストの子孫の方がよっぽど怪しいんじゃないですか?父上なんかは、少しどうなのかと思うくらい、エーレンフロイト侯爵を信用していますしね。」

「ルーイ。エーレンフロイト侯爵は、アウグストの子孫ではありません。ベネディクト卿の子孫です。」

「同じようなものじゃないですか。」

「あなたは自分に将来子供ができた時、他の兄弟の子なのではと言われても何とも思わないのですか?」

「話をすり替えないでください。とにかく!母上の言葉は愚かな偏見です。」


「ルーイ。ララ姫や、隣国の使節団の方々が来てから、何かが変化していると思いませんか?そして結果がある時は必ず原因があるのです。

なだらかな水面に波紋が浮かぶのは、誰かが石を投じたからです。それが『誰』なのか、貴方にもよくよく考えてほしいのです。」

「母上が変わった事はわかりますよ。あんな根拠のない悪態なんて言わない方だと信じていたのに!」


母上の言いぐさにあまりにも腹が立って、その後は母上とはほとんど顔を合わさないようにした。


母上の意見にイライラさせられるところに、兄上の取り巻きから低俗な嫌がらせをされたりもしてますますイライラさせられた。従兄弟で友人のフィリックスあたりに話を聞いてもらってストレスを発散したいのに、フィルはチェス大会で年下の女の子に一回戦負けして、そのせいで僕以上に不機嫌だ。

チェス大会は、その女の子が優勝した。その女の子こそ、あのエーレンフロイト家の直系の血をひく子孫だった。


エーレンフロイト侯爵家の、レベッカ嬢を初めて見た時の感想は、良い意味で『普通』だった。


ものすごく猛悪な顔をしているわけでもなく、妖艶な雰囲気の魔性の美少女でもない、どこにでもいる普通の女の子だった。

そんな普通の女の子がチェス大会で、優勝候補だったフィルに簡単に勝利し、次々と勝ち上がっていくのには本当にびっくりした。


そしてそれ以上に驚いたのは、あのコンラートととても親密げな様子だった事だ。あの、他人を寄せつけない冷淡なコンラートの事を『お兄様』と呼び、コンラートもとても優しい瞳で彼女を見ていた。


彼女がチェス大会に出場しているのを見た時、社交目的でエントリーしたのかなと思った。

チェス大会には、将来有望な少年達が多数出場する。その中から、結婚相手を探しに来ているのかと思った。

王宮図書館に出入りしたいと聞いた時も、王宮に出入りしている男性と親しくなりたいのだろうと思った。ただ本を読みたいだけなら、読みたい本を買えば良い。それだけの財力をエーレンフロイト家は持っているのだから。


だけど、それは考え違いだったようだ。レベッカ嬢は、ただ毎日図書館に来ては本を読んで帰って行く。図書館の男性司書や近衛騎士達に話しかけたり、馴れ馴れしい態度をとったりはしない。コンラートともいつも図書館で合流しているが、別に話し込む事もなく、それぞれがただ本を読んでいる。と司書達から話を聞いた。


彼女個人、というよりエーレンフロイト家の末裔という存在に興味があって、彼女に会いに図書館へ足を運んでみた。

顔も声も幼いが、大人のような話し方をする少女だ。

そんな彼女が、コンラートの事は『お兄様』と親しげに呼び、砕けた口調で話を弾ませている。コンラートも普段僕が知っている姿とは別人のようだ。レベッカ嬢の事が特別な存在なのだという、そんな様子がひしひしと伝わってくる。


そんな様子を見ていると、レベッカ嬢の気持ちをこちらに向けてみたい!と、そんな気持ちになった。


母の言葉を思い出した。

確かに。自分が心の中でライバル視している男の親しい女性には興味がわく。

同じ年で、文武両道、天才肌のコンラートはとても気になる存在だ。いつも涼しい顔をしている彼が悔しそうな顔をするところが見てみたかった。


そんな、感情を利用しようとする女性も確かにこの世にはいるだろう。


母の言葉に反発してみても、母の言葉が常にトゲの様に心に刺さっている・・・。


そんな中で事件は起きた。次の日、母の行方がわからなくなったのだ。母付きの侍女の話によると、兄上とその取り巻き共に無理矢理連れて行かれたという。侍女は止めようとして兄に殴られたらしく、顔を腫らしていた。


兄は、「卑しい身の上のルートヴィッヒに思い知らせてやる」と言っていたらしい。

突然、何だというのか。確かに自分達兄弟は仲が悪い。兄は母の事も嫌っている。だが王宮内では、父の立場が何よりも強く、王太子であっても、兄は父を怒らせるような事はできない。なのに、こんな乱暴な真似をすれば父の逆鱗に触れるという事が、わからないわけでもないだろうに。


誰が連れ去ったかわからないようにするとか、他の人間に罪をなすりつけるような工作をしているわけでもない。侍女の顔を殴るというのも初めての事だ。

何を考えてこんな真似をしたのか。

そして、どうして自分は母から目を離してしまったのか。王宮内には、母や自分をよく思っていない人間がたくさんいる。だからいつも、母の事を守ってあげなくては、と思っていた。なのに母と口論をして、自分が母と距離を置いている間にこんな事が起こるだなんて。


そう考えて嫌な考えが頭に浮かんだ。これは偶然なのだろうか?常ならぬ事が、こんなにも立て続けに起きるなんて。

原因があるから結果がある。と、母は言った。そして常ならぬ事が起きた時には、誰かが石を投じたのだと。

だいたい、なぜ自分は母に対してあんなにも腹を立ててしまったのだろう。


隣国の人間は、どんなに友好的に見えても警戒しなければならない相手だ。我が国の人民の幸福を願っているわけなどなく、いかに自国の利益を得られるかを計算しているはず。そして、あの選ばれし美女軍団とは、ようするに選ばれし工作員達なのだ。


なのに、ララ姫を前にすると、魅了の魔法をかけられたかのように頭が働かなくなった。普段の自分は、あんなにも自惚れて調子に乗ったり、瞬間的に怒りを爆発させたりなどしない。もっと自分を客観的に見る事ができるよう自分を律してきた。

なのに、なぜ?


後悔で気が狂いそうだった。

あらゆる感情が渦を巻き、その中に奇妙な記憶があった

自分の記憶であるはずがないのに、自分が体験した記憶であるような。


自分のせいで、母を苦しみながら死なせてしまったと、何年も十何年も、罪の意識に苦しみ続ける記憶。

そうだ。自分のせいで、母と生まれてくるはずの兄弟を失ってしまった。

そして、『彼女』の事も。


『彼女』は、アウグスティアンに殺された。

だけど、皆自分が殺したと思っている。違うのに、誰も信じてくれない。そして、自分も誰の事も信じられない。

怒りや悲しみや喪失感に自責の念。そして恨みが、僕たちの事を壊していく。まるで、海の波に当たって砕け散る砂の城のようだ。

築き上げるのは、長い時間がかかったのに、壊れるのは一瞬だった。


いや、待て自分!海なんか一度だって見た事無いだろ!何を考えているのか?この記憶は何なのか?『彼女』っていったい誰だ⁉︎


今は、母上の事だけ考えなくては。安定期に入るまで秘密にしてある事だが、母上は妊娠しているのだ。軽く突き飛ばされるだけでも命に危険が及ぶ可能性がある。

偶然出会った、従姉妹のエリーゼの侍女に、兄上と母上が図書館に入って行くのを見たと教えてもらえた。世の中にはこういうありがたい偶然もある。

図書館の中に入ると、フレスコ画の側に何人かの人間が立っているのが見えた。何でも、レベッカ嬢が壁の向こうから音がする、と騒ぐので確認しようとしているのだとか。僕の後に図書館に入って来た司書長が壁に隠されたドアを開けてくれた。

図書館中に、ベルの音が響き渡った。鳴らしていたのは、母上だった。


・・・ああ、『今度』は間にあったのだ。


助ける事ができた。僕の目から涙が流れた。

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