光輝会についての調査(3)
「どしたの?何を聞かされても驚かないから言って。」
と私はせっついた。情報を得る為に金貨一枚注ぎ込んでいるのである。金貨一枚といえばメイドさんの週給10週間分だ。決して安い金額ではないのである。
ちなみに。その金貨でドロテーアは、蜂蜜酒とローテンベルガー公爵夫人が出資している菓子店で売っているカトルカールを買ったらしい。デリクもマルテもドロテーアの息子のハルも大喜びしたそうだが、デリクが一番喜んだのは『グラハム博士の悲劇』の逸話だって。医療大臣が言った事なら真実に間違いないし、庶民はこういう権力者に虐げられた英雄の話が大好物なのだそうだ。
新聞に連載記事をのせたら、今までの三倍売れると小躍りして喜んでいたとか。
「で、『光輝会』の事は何て?」
「『光輝会』は一部の上流貴族が作った社交クラブだそうです。科学や哲学とかの情報を発表したり共有したりしているそうです。」
「ふんふん。それで?」
「それだけです。」
「ちょっと待って。シュテルンベルク伯爵は、なんかヤバげな団体って言っていたんだよ。それこそ、私がそれを理由に婚約破棄する事になっても仕方ないって。」
「大人達には不評なクラブだそうです。知識をひけらかして、知識に乏しい人を蔑んだりしているそうなので。」
「頭脳集団とか自称してるんだっけ?」
と私は聞いた。
ちなみに、今室内にいるのは、私とユリアとコルネとドロテーアの四人である。
「そんな組織ならユリアとかに声がかかりそうなものなのにね。」
と私が言うと
「メンバーは中級以上の貴族だけだそうです。真の知恵は特権階級にしか真に理解する事はできない、と言ってるそうです。」
とドロテーアは答えた。
そんな事をほざいているおガキ様共、シュテルンベルク伯爵は嫌いだろうな。と思った。
「そう言っているのは、ヒンガリーラント最大の賢者と言われている、イーリス・フォン・アーレントミュラー公爵夫人を蔑んでの事だそうです。公爵夫人は、元々平民で生まれながらの貴族ではありませんから。公爵夫人は、光輝会のメンバーの頭脳とやらを一切認めておられません。なので、自分達の賢さを認めない公爵夫人を自分達も認めない、というわけだそうです。」
「え?でも、アーレントミュラー公子も光輝会のメンバーなのよね?」
「あんまり親子仲が良くないそうですよ。イーリス様は数学者としては一万点の方ですが、母親としては5点くらいの方だそうですから。」
確かに、あの人が私の母親だったら私もいろいろ厳しいものを感じるかもしれない。
「そのイーリス様が、国王陛下に10代最高の知恵者はレベッカ様だと言われたそうです。あんな娘が欲しかったとも。」
余計な事を!
と思った。確かにブランケンシュタイン家のお茶会で「貴女のような娘が欲しかったわ」って言われたけどさ。
「それを聞いた『光輝会』のメンバーはものすごくレベッカ様に対抗心を持ったそうです。」
それって、私の知らないところで敵を作っているって事?
『嫉妬』とは恐ろしい感情だ。それが、グラハム博士を極北の地へと流刑にとさせ、何百万の人間を近い将来殺す事になる。
アーレントミュラー公爵夫人に常識は期待できないが、私の立場が悪くなるような事はお願いだから言わないで欲しい。
その話を聞くと「妹と友達になって欲しい」というエレナローゼ嬢の言葉を、言葉通りには受け取れない。
エリカ様になんと言われようとも、アイヒベッカー家のお茶会に行くのはなしだな。
でも、なんとなーくいけすかない連中なのかもな、とは思うけれど、婚約破棄できるレベルじゃないと思うんだけどな?
いったい、何がそんなにヤバい集団なのだろう。
ふと、ユリアとコルネを見るとなんか二人が目で何かを語り合っている。
それを、あえて言語化するなら
「あんたが聞きなさいよ!」
「いーや、おまえが聞け!」
だろうか。
「どしたの二人共?」
「い・・いえ、別に。」
「何でもないです。」
「言ってよ。言わないのなら、私ももう二人と口聞かないからね。」
そう言うと二人はビクッとして同時に言った。
「その『光輝会』に、王子と深い仲の女とかいたりするんじゃないのですか?」
「そのクラブに、王子の愛人が実はいるのではないの⁉︎ドリー。」
「・・・。」
ドロテーアがフリーズしてしまった。
これって、いなかったら「いない」って即答するはずだよね?
「あー、なるほど。」
考えてみればその通りだ。
婚約者同士が婚約を破棄する理由のNo.1はなんて言ったって、浮気だろうから。
しかもルートヴィッヒ王子は、男色家の噂がたつほど女性に対して潔癖なコンラートと違って女ったらしだ。過去世でも、エリーゼとユリアとあともう一人、愛人との噂がたった女性がいる。今のところユリアとは接点が無さそうだが、その分他の女に時間を使っているのかもしれない。となると一番怪しいのは、エリーゼと不仲と噂の。
「もしかしてエレナローゼ嬢なのかな?」
と私はドロテーアに聞いてみた。
「あ、あの・・そういう噂もあるというだけの話で、本当かどうかは。ただ、アイヒベッカー家はエーレンフロイト家と同じ侯爵家なので、どちらかが正妃でどちらかが側妃というわけにもいかないでしょうし、それでもしレベッカ様が婚約破棄されるような事になれば、あまりにもレベッカ様がおいたわしいと、庶民の間で噂に・・・。」
庶民の間で噂になるほど王子の浮気は有名な話なんかい⁉︎
「そうだね。家格が低いのはうちの方だから、側妃になるのは私の方だね。でも、正妃とラブラブなら別に側妃いらないよね。実際、側妃を一人も持たなかったっていう王様もいるのだし。」
そう言いながら、私は拳を握りしめた。もしも人目が無かったら、思いっきり
「よっしゃー!」
と叫んでいたところだ。
ついに来たよ、死亡フラグの折れる日が!
今、私の目の前に最大の『婚約破棄チャーンス』が来てるよ、来てる!
考えてみたら最近立て続けに、危うく死にそうになるのを見事に回避しているし、もしかしたら今私って、すごく波に乗ってるんじゃないの。
もしも、アイヒベッカー家のお茶会に行ったら、よくある悪役令嬢系マンガの冒頭で語られる
「エーレンフロイト令嬢。おまえとの婚約を破棄する!」
的なイベントが起きるかもしれない。ルートヴィッヒ王子はエレナローゼ嬢の腰に手を回して抱き寄せ(しかも二人はペアルック)、フィリックス辺りが
「この悪役令嬢め!おまえが、エレナローゼを虐げていた事は僕が証人だ。」
とか言って
「殿下、私とっても怖かったんです。」
と言ってエレナローゼ嬢がすすり泣く。
「ああ、可哀想に。愛するエレナ。」
と言って、ルートヴィッヒ王子はエレナローゼ嬢をひしと抱きしめ
「心優しいエレナが、処刑だけは許してあげて欲しいと言うから婚約破棄だけで勘弁してやる。さっさとこの場から出て行くがいい。」
と言って・・・。
今私の脳内では、アニメ一話分くらいのストーリーが再生された。
二話めでは、社交界を追放された私の前に2.5次元俳優みたいなプラントハンターが現れて、手に手を取り合いカカオの木とゴムの木を探しに行くのだ。
そして最終話では、天然痘が流行して荒廃してしまったヒンガリーラントで、民主化を求める『◯◯の春』的な民主化運動が起こる。
私とプラントハンターの夫は、お腹を空かせた子供達に、まるで第二次世界大戦後のアメリカ軍のようにチョコレートを配って回るのだ。
いい話だ!全私が「ブラボー!」と拍手喝采だ。
こういう小説書いてみようかしら。
こんな素敵な妄想を現実にする為にも。
「私、アイヒベッカー家のお茶会に行って来る!」
と宣言した。
「えーっ!」
と、ユリアとコルネとドロテーアが叫ぶ。
「絶対やめた方がいいですわ。ろくな事になりませんから。」
「アントニアって女より、ろくでなしな人間が光輝会にいたらどうするのですか⁉︎危険過ぎます。」
「そのエレナローゼという女が憎くても、直接対決はやめた方がいいです。むしろ、ご両親に相談して手を回して・・・。」
「大丈夫よ!私、うまくやれる自信があるの。」
「大丈夫なんかじゃないですよー。」
と三人は口々に言うが。私の大丈夫、と彼女達の大丈夫、では意味が違うのだ。
私は、ふははははと笑いながら、心の中で来た来た来たーっ!と絶叫していた。
第五章はコンラートメインの話になります。と予告したのに、なんかジークの猟奇性とゾウガメがやたら目立つ話になってしまいました。
次回からしばらく、ルートヴィッヒ王子目線の話になります。よろしくお願いします。
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