光輝会についての調査(1)
グラハム博士の悲劇を知って数日後。
私は、気持ちを切り替えて新しい計画を立て始めた。
とりあえず、伝染病はソーシャルディスタンスを保ってどうにかするしかない。今考えているのは、ルートヴィッヒ王子との婚約を解消する方法だ。
王子と『光輝会』の関係を追求したら、婚約を解消できるかもと、シュテルンベルク伯爵は言っていた。
だったら『光輝会』がやっばい集団だという事を証明して、王子との婚約を解消してみせる!
手っ取り早く、私は情報大臣の娘のアグネスに光輝会について聞いてみた。
アグネスは、ギクッ!という顔をして、キョロキョロと周囲を見回した。
「ダメですわ、ベッキー様。大声で言ったら。『光輝会』の主宰のアイヒベッカー令嬢は、エリーゼ様と犬猿の仲なんですから!」
「え、なんで?」
「それは、まあ。人間同士、合う合わないというものがございますわ。」
「でも、アーレントミュラー公子も主要メンバーの一人と聞いたけど。」
「だから、尚更ですわ。そもそも、アイヒベッカー家は侯爵家なのですから、公爵令嬢であられるエリーゼ様を何事においてもたてないといけないのに、エリーゼ様に対していろいろと無礼なのです。自分の方が顔も頭も、胸の大きさも勝っているといろいろと生意気なのですわ。」
顔も頭もスタイルも良いのに、性格が残念という事か。でも、エリーゼも人の好き嫌いがはっきりしている人だからなあ。一方的にエリーゼの肩は持つ事はできない。
『才女』というと、今真っ先に思い出すのは、少し前にブランケンシュタイン家のお茶会でお会いしたアーレントミュラー公爵夫人だ。
あの人もかなり性格の残念な人だった。アンゲラ王女殿下の為に作った折り鶴を、ためらいもなく奪う姿にはドン引きした。
頭が良すぎる人は、人間関係に難がある人がけっこう多いと私は思っている。
アカデミーの高等部では、コンラートとジークが成績のツートップらしいが、あの二人も万民に愛される人達ではない。
「『光輝会』自体には何か問題ってないの?怪しげな黒魔術に傾倒しているとか?」
「魔術なんて、光輝会が一番バカにしてる代物ですわ。最新の科学とか哲学とか芸術とかが大好きな人達ですから。」
それならそんな怪しげな団体ではないと思う。北大陸のグラハム博士と親交のある人とかいたりしないだろうか?と私は考えた。
アグネスからはそれ以上の情報が手に入らなかったので、私は別のルートから調べる事にした。
ドロテーアに金貨一枚を渡し
「デリクさんに会いに行って『光輝会』の情報聞いてきてくれない。お礼に高いお酒でも甘いお菓子でも何でも持って行ってくれてかまわないから。」
と頼んだ。
デリクは、今年の夏に知り合いになった新聞記者だ。平民だが、貴族の裏話もいろいろ詳しい人だった。彼に聞けば貴族目線とは違う情報が何か手に入るかもしれない。
ドロテーアが出かけた後、私はコルネとユリアと一緒に家に帰った。シュテルンベルク領から『櫛』が届いたと連絡があったのである。
「わー、すごいねー。」
と私は百個近くある櫛を見て言った。シュテルンベルク家もここのところずっと大変だったはずなのに、私との約束を律儀に守ってくれて感謝しかない。
この櫛は、新年のプレゼントに孤児院へ持って行く物だ。子供達一人一人の為の櫛を、木工工芸で有名な領であるシュテルンベルク領が用意してくれたのだ。木製の櫛には、仔犬や仔猫、小鳥や蝶、月に星、花や果物など可愛らしい絵が彫ってある。カブトムシとかの絵もあるので、男の子にも喜んでもらえるだろう。
先が鋭利過ぎて、子供達の繊細な頭皮が傷つかないか、私は女性使用人達に手伝ってもらって一つ一つ使用感を確かめた。
私もこんなの欲しいなあ。と若いメイド達が言っている。キャッキャウフフと、髪をといていると、執事が招待状を私のところに持って来た。
「お嬢様やコルネリア様に貴族家からたくさん招待状が届いています。一応全部お断りしていますが、当家より家格が上の家の方には、お嬢様が直筆でお断りの手紙を書かれた方がよろしいかと。」
建国祭の時期には、王都に貴族達が集まって来る。その為、あっちでもこっちでもお茶会やら舞踏会が行われているのだ。
うん十年前には公爵家だったけれど、侯爵家に格下げされた我が家は侯爵家の中で一番家格が低い。なので、うちより目上の家というのはいっぱいある。ちなみに伯爵家の筆頭はシュテルンベルク家なので、序列順に貴族家の当主が並ぶ時、うちのお父様とコンラートのお父様は隣同士になるそうだ。
招待状は、私とコルネに二通ずつだ。ブライテンライター侯爵家とアイヒベッカー侯爵家である。
「ブライテンライター侯爵家って、どっかで聞いた事のあるようなないような・・。」
「アストリットちゃんのお母様の家ではないですか。」
「あーあーあーあー、あのゾウガメね。」
コルネの言葉で、ブライテンライター侯爵夫人とは誰か思い出した。
ブライテンライター侯爵夫人は、シュテルンベルク家の隣に住んでいる爬虫類愛好家のご婦人だ。いろいろと珍しい爬虫類を飼っていて、その子達に時々日向ぼっこをさせている為、度々塀を乗り越えてペットがシュテルンベルク家の敷地にやって来るのだ。
つい先日も、ゾウガメのアストリットちゃんがシュテルンベルク家の庭に現れた。
アントニアが自殺した後混乱の坩堝と化し、分家の人間が駆けつけて来たり、アントニアの兄を館から追い出したり、毒花を徹底的に引き抜いたりと大騒ぎだったシュテルンベルク家におずおずと
「うちのカメ知りませんか?」
と言って来たのは、アントニアの自殺から1週間後の事だったという。
私とコルネがブライテンライター家のペットに興味を持っていると、コンラートが伝えたらしくて、それで招待状が届いたようだ。
いや、これ断ったらあかん奴でしょう。コンラートの面目を潰してしまう。
もう一通は、今私が気になる貴族家No.1のアイヒベッカー家からだ。送り主はエレナローゼ嬢で、妹のカーテローゼ嬢が来年社交界デビューするので、その前に同世代の友達を作らせてあげたいと同じくらいの年の貴族の子達に招待状を送っているようだ。
アグネスには、エリーゼを怒らせるからエレナローゼには関わるな、と言われているが、さてどうしたものか?ドロテーアの報告を聞いてから考えるとしよう。
と思っていたのだが。
「お嬢様。シュテルンベルク家のエリカ様がお嬢様に相談があるとの事で訪ねて来ておられます。」
とゾフィーに言われた。
その相談というのが、『アイヒベッカー家のお茶会に行って』というものだった。




