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ようするに、結局、いわゆる

なんとか夾竹桃の木を薪に変える事ができた私達は、シュテルンベルク邸の中に入った。雨用のコートを着ているとはいえ、地球の雨合羽ほどの性能は無い。正直言って服はびしょびしょだ。そして今は10月の末。はっきり言って、凍死しそうなほど寒い。


シュテルンベルク邸の侍女さん達にお風呂を勧められたので、素直に甘える事にした。寒かったのもあるが、もしかしたら体についたかもしれない『夾竹桃』のエキスを洗い流したかったのだ。


というわけで、体もホカホカと温まって、私は客様寝室に併設されていた風呂から出た。私達の着替えは、この家の使用人さんがうちまでとりに行ってくれたらしい。疑問なのは、ジークの服だ。風呂上がりにいったい誰の服を着ているのだろう?まさかヒルデブラント家までとりに行ったのだろうか?それともコンラートの服を着ているのか?


夾竹桃はしばらくシュテルンベルク邸に保管した後、ほとぼりが冷めた頃にシュテルンベルク領に持って行って、熊も足を踏み入れるのをためらうような森の奥深くに捨てるらしい。これで一安心と思っていたら、コルネがとんでもない事を言い出した。


「昼間、あの女の人が描いていた絵の中に夾竹桃の木も描かれていましたよ。」


それを聞いて、伯爵と執事はすごい勢いで東館に走って行った。あの、緑色の絵の具がこってりと塗られた絵をどのように処分するか、悩ましいところである。

その問題は伯爵に考えてもらう事にして、私達はエーレンフロイト邸に帰った。


家に帰ると、弟のヨーゼフがかんかんに怒っていた。


「もー、みんなどこに行ってたの⁉︎コンラートが来てるって聞いたのにいないし、お父様もお母様もいないし、誰に聞いてもどこに行ったかわかんないって言うし、いったい何してたの!」


そう問われても答えられない。まるで当然の事のように、ジークがうちについて来たから。


「コンラートもいろいろあってショックを受けているの。今はそっとしておいてあげて。」

とお母様がヨーゼフをなだめる。

もうすっかり夜も更けているのだ。私達は各々の部屋へ戻った。

大変な1日だった。でも、これから更に大変になるはずだ。でも、今はそんな事気にせずにとにかく寝たい。


ベッドにもぐりこみながら思った。結局、北大陸のグラハム博士の事。全然聞けなかったな。と。


次の日は朝から晴れて良い天気だった。

私は気持ち良く目覚めたが、お母様もユリアもコルネもゾフィーもコンラートも風邪を引いていた。大丈夫だったのは、普段から一応体を鍛えているお父様とビルギットとアーベラと、そしてジークだ。お母様とゾフィーは比較的軽症だが、コルネは咳と鼻水がすごい事になっているし、ユリアは喉が痛くて声が出ないらしい。コンラートは高熱を出して意識が朦朧としている。

騎士達が丈夫なのはわかるが、自称病弱なジーク様のまるでクマムシの如き丈夫さにはびっくりしてしまう。昨日誰よりも動き回っていたのに。私も人の事は言えないけれど。


午後になってから司法省の役人が事情聴取に来た。本当は、ユリアとコルネとコンラートからも話が聞きたかったようだが、三人は人に会える状況ではないので私だけが会って話を聞かれた。

と言っても、そんなに時間はかからなかった。

状況からも証言からも、アントニアは自殺で間違いないという事で形式的な事しか聞かれなかったのだ。

司法省の中では、アントニアがお母様に対抗意識を持っていて私の事を殺そうとし、失敗して自殺した。というシナリオになっているみたいだった。


「災難でしたね。」

と司法省の人には同情された。


実は司法大臣はコテコテの、王太子派貴族だ。なので、第二王子の婚約者の私には当たりがキツイのではないか?揚げ足を取られて連行されたりするのでは、と不安だったが、役人さんは普通に親切だった。トップと末端では、いろいろと違うのかもしれない。


シュテルンベルク邸での捜査はどうなっているのか?夾竹桃は発見されていないかがとても気になるが、まさか探りをいれるわけにもいかない。私は

「お疲れ様でした。」

と言って、役人を見送った。


役人が帰った後、私は図書室へ行った。ジークが図書室にいるとユーディットに聞いたからだ。ジークは窓辺で本を読んでいた。

「何の本を読んでるんですかー?」

と聞いたら

「輸入禁止草木について書いてある本。」

と言った。

「ベッキーが知っていたという事は、それについて書いてある本がここんちの図書室にあるんだろうと思ってね。執事に探してもらった。」


あって良かったー!と思った。

もしも無かったら、どこで夾竹桃を知ったのか説明できなかったところだ。


ジークはちょうど『夾竹桃』のページを見ている。木全体を描いた絵や、花や葉を実物より大きく描いた絵がついていた。


私は隣に座り、本を覗き込んだ。ジークが次々とページをめくっていく。

ユリアが言った通り、第一種輸入禁止草木はほとんど麻薬だった。芥子の花とかコカの葉とかが描いてある。

他の植物としては『毒麦』というのがあった。麦そっくりの見た目なのに、人が死ぬほどの毒があるという。こんな物を領地の麦畑に撒かれたりしたら大惨事だ。


植物なのか?という気もするが、キノコも幾つかのっていた。

食べたら100%死ぬキノコ。触ると火傷したような症状が出るキノコ。胞子を吸い込んだら肺の中にキノコが生えるキノコなんてのもあった。


「あの女が言っていた『証拠』って何だったんですかね?」

ジークに聞いても知っているわけはないが、つい私は聞いてみた。


「日記じゃない。」

とジークは言った。

「日記や回顧録を残す連続殺人犯は多いらしいよ。自分は上手くやっている。自分は悪の天才だ。と思っていても、誰にも自慢するわけにはいかない。誰にも言えないけれど誰かに知って欲しい。誰かにすごいと思って欲しい。と思って、自分の死後に日記が公開されるようにしておくんだ。その日記が生存中に発見されて、動かぬ証拠になってしまったというアホな殺人犯がけっこういるらしいよ。」

「それはバカだね。」

しみじみそう思う。


「・・・やっぱり、あの女は連続殺人犯だったのかな?」

「あの女が結婚先から戻って来た途端、シュテルンベルク家にバタバタと死人が出たからね。そもそも、夫の死因は食中毒だよ。しかも、原因はキノコ。」

「そうなの!結婚してた事があるんだ。夫ってどういう人だったんですか?」

「トゥアキスラントの貴族。侯爵家の人間で後継者だった。性格はクズで、愛人や隠し子が山ほどいたらしい。その夫の兄が侯爵で、兄には子供がいなかったのに、急に若い愛人との間に男の子が生まれた。享楽的で責任感の無い夫は、侯爵にならずにすむとむしろ喜んだらしい。でも、アントニアにとっては侯爵夫人になれるという事だけが、そんなクズと結婚した理由の全てだった。侯爵になれないなら、そんな夫必要無いと思ったんでしょ。」

「そういう時って、生まれた男の赤ちゃんに殺意が向くもんじゃないの?」

「夫との結婚生活がもう我慢できなかったんじゃない。離婚したんじゃ夫の財産は手に入らないしさ。金と自由が欲しかったんでしょ。」


「シュテルンベルク家に、エレオノーラ様以外にも死んだ人がいるの?」

「アントニアがシュテルンベルク家に戻って来た頃、シュテルンベルク家はコースフェルト男爵という人とアントニアの妹のせいで揉めていた。伯爵は問題を解決する為に、アントニアの家族全員を館から追い出そうとしていた。コースフェルト家と揉めて、シュテルンベルク家にも見放されたら貴族社会では終わりだ。ところが、アントニアの妹が自殺して、状況は変わった。アントニアはシュテルンベルク家から出て行かなくてよくなったし、シュテルンベルク伯爵とコースフェルト男爵に罪悪感を植えつけて、イニシアチブを握る事ができた。」

「実の妹を殺したの?」

「エレオノーラ様はそう疑っていた。アントニアの妹は自己愛が強くて、自殺なんかするタイプじゃなかったんだ。妹に最後に会ったのはアントニアだったし、遺書も彼女が持ち込んだ。アントニアの妹が死んで伯爵は自責の思いに苦しんでいた。エレオノーラ様は、何とか夫を助けたくていろいろ調べていたんだ。そして、それを僕の母親に相談していた。でも、そのすぐ後僕の母親は事故で死んでエレオノーラ様も突然死した。」

「・・・。」

「僕の母親が死んで、わりとすぐにエレオノーラ様が亡くなったので、エレオノーラ様は自殺した僕の母親の後を追った。という噂が流れたんだ。でもエレオノーラ様が自殺したわけは絶対にない。まだ、一般には公表されていなかったが、エレオノーラ様は妊娠していたんだ。もしも女の子が生まれたら、ジークリンデという名前をつけたい。と嬉しそうに僕におっしゃった。エレオノーラ様は、歴史のある名門家に嫁いだのに子供が一人しか産めなかった事をとても気に病んでいて、妊娠をとても喜んでいた。」


怒りで手が震えた。妊娠している女性をお腹の子供ごと殺したというのか⁉︎人間のする事じゃない!


「妊娠を伯爵は当然知っておられただろうけど、たぶんコンラートは知らないと思う。ぽろっとしゃべるなよ。」


ぶんぶんぶんと、私は頭を縦に振った。あんなにもショックを受けて寝込んでいるコンラートに更にショックを与えるような事、絶対に言えない。もしも、アントニアに本当に殺されていたのだとしたら、犯人が死んでしまった以上どこにも、憎しみを持っていきようがない。


「ようするに、アレかな。結局のところ。いわゆる。あの女は。」

私は小さくため息をついて言った。

「アウグスティアンだったのかな?」

第一章の『レベッカとの再会』でコンラートが、母親は自殺したと回想していますが、本当は自殺ではありませんでした。その話を書いた時、そうではないという話を必ず書きたいけれどいつの事になるかなと思っていたので、ここまで書いてこれた事に感無量です。全ては読んでくださる皆様のおかげです。心から感謝します。

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