第三ラウンド 執務室
食事が終わった後、私達お客様四人は客間に案内された。
私の部屋の右隣がアーベラの部屋、左隣がコルネの部屋で更にその隣がユリアの部屋だ。なのに、なぜか今全員私の部屋にいるが。
部屋はシックで高級感があって広々としていた。だけど広いせいでちょっと寒い。部屋まで案内してくれた侍女さんが
「暖炉の火をつけましょうね。」
と言ってくれた。
なのにユリアが
「あ、大丈夫です。」
と断った。なぜ、君が断る?
「でも、寒くありませんか?」
「でしたら、薪ではなく炭にしてくださいますか?木炭じゃなくて石炭でお願いします。」
何で、そんな事を言うの?まるで私が、こだわりの強いわがまま娘みたいじゃないか!
侍女さんは嫌な顔一つせず、石炭を取りに行こうとしてくれる。私は慌てて引き止めた。
「寒くないから大丈夫です!それより私、伯爵様に相談したい事があって、今からでも会えないでしょうか⁉︎」
「執務室にいらっしゃるはずですから、お聞きしてみましょう。」
「じゃあ、執務室まで案内してもらえますか?だめだと言われたら、おとなしく帰りますから。」
これくらいグイグイ行かないと断られそうな気がする。
私は侍女さんに執務室まで案内してもらった。聞けばこの侍女さんは、この家の侍女長で名をヨハンナさんというのだという。
昔からこの家で働いているので、お母様が子供の頃の事をよく知っているのだそうだ。それは、是非ともお母様の弱みになるような話を教えて欲しいものだ。あと、ゾフィーとビルギットの分も。
アーベラが私について来るのは護衛だからわかるが、何故かユリアとコルネもついて来る。広い屋敷を三分くらい歩いて私達は執務室にたどり着いた。ヨハンナさんがまずノックをして中に入り、それから
「どうぞ、レベッカお嬢様。」
と言って中に入れてくれた。
執務室の広さや雰囲気は、うちのお父様の執務室とそっくりだ。大きな机の側に伯爵様は座っていて、側に執事さんが立っている。背後には、腰に剣を下げた騎士様が立っていた。
ドアの側に控えたヨハンナさんに、伯爵がお茶を私達に淹れてあげてくれ。と指示を出す。私は慌てて断った。食後にすでに紅茶を飲んでいるのでお腹はタプタプなのだ。たぶんこれ以上カフェインを摂取すると夜眠れなくなる。
「相談があるという事だけど。」
「はい、そうなんです。」
私は思いっきり深刻そうな顔をしてみせた。
「最近、ずっと悩んでいて。」
「もしかして、ルートヴィッヒ殿下の事かい?」
「・・・。」
何故、その名が出てくるのだ?正直、存在を忘れかけていた。というか、あの人の事を考えると怖いだけだし、できる限り普段考えない事にしている。
「婚約について悩んでいるんじゃないのか?もしかして婚約を解消したいとか?」
できるの⁉︎
という心の声がめっちゃ顔に出たのだろう。
「やはり、そうか。」
と伯爵にしみじみと言われた。
「婚約解消って、しようと思えばできるのですか⁉︎」
ものすごい勢いで、ユリアが食らいついてきた。なぜ君が私の心の声を代弁する?
「したければすれば良い。フランツだって、君の嫌がる結婚を強制などしないはずだ。君にしたくもない結婚をさせるくらいなら、フランツは身分も財産も全て国に返還するはずだ。」
「それはちょっと・・。家族に迷惑をかけるわけには。」
「フランツもアルベルだって、君に辛い思いをさせてまで、今の立場には固執しないよ。『平民落ち』と言えば死刑宣告のように感じる貴族もいるのかもだけど、必ずしもそうじゃない。私の末の妹のメグは、アズールブラウラントの平民と結婚して貴族から平民になった。相手は、フランツの法科大学時代の友人で、弁護士として地位も財産も持っている。余計なしがらみもなくなって、のんきに幸せそうに暮らしているよ。フランツも弁護士資格を持っているし、君達家族には不自由ない生活をおくらせるくらいできるはずだ。それにアルベルに聞いてるけど、君自身が絵本作りでそうとうの額を稼いでいるんだろう。」
「いえ、まあ、はい、そうですけど。」
「それに別に今の状況なら、君達家族にそう不利になるような事にはならないはずだ。殿下も随分と『光輝会』に深入りしておられるようだから。」
『光輝会』。何だ、それは?初めて聞いた。
「『光輝会』って何ですか?宗教か何かですか?」
「えっ?」
と言った後、伯爵は少し「しまった!」という顔をした。
「てっきり、殿下が『光輝会』と関わっている事で悩んでいるのかと思っていた。『光輝会』は、まあ、つまり一部の貴族の若者達で作っている社交クラブだよ。」
「何か共通の趣味の会とかですか?」
「趣味・・というのかな。自分達の事を頭脳集団とか自分で言っているけれど、あまりよくは知らないんだ。私の周囲の人達の間ではあまり評判が良くないから。」
頭脳集団か。クイズ研究会みたいなものかなあ。ただ、サークル名が『光輝会』だなんて名前がダサすぎる。サークル名を、その名前に決めた人の知能指数は低そうな気がする。
「『光輝会』に関わっている、というだけの理由でも婚約解消はできると思うよ。もし君が本気でそれを願っているのなら私からも口添えしよう。」
待って!そんなやばいサークルなの⁉︎そんなサークルに、王子様が入会しているの?
「コンラートお兄様は、ルートヴィッヒ殿下と親しいですよね。コンラートお兄様も、その会に入っているんですか?」
「いや、まずそもそも、コンラートと殿下は親しくはない。そしてコンラートは社交性ゼロなので、社交活動は一切していない。」
そうなの?おかしいなあ。過去世では、それなりに仲良かったような気がするんだけど。今世は過去世と何か違う事があるのだろうか?誰か、女の子を間に挟んでいがみ合っているとか?まさか、間に挟まってるのジーク様じゃないよね。コンラートと違って王子はジーク様が実は女の子だ、という事は知らないはずだ。
「王子殿下を『光輝会』に引き入れたのは、アーレントミュラー公子フィリックス殿下だ。『光輝会』は、フィリックス殿下とハーゼンクレファー公爵の息子のエディアルト卿、アイヒベッカー侯爵の娘のエレナローゼ令嬢が作って、代表を務めているんだ。」
知らない貴族の名前が二人出てきた。でも、私を殺す殺人犯候補以外の貴族に興味はない。というわけで私は二人の名前を速攻で脳内のフォルダから弾き出した。
というより、今一番大事なのはルートヴィッヒ王子でもフィリックス公子でもない!グラハムという、クラッカーみたいな名前の博士なのだ。
「ありがとうございます。でも、今はそれより・・。」
そう言った途端、ドアをノックする音が聞こえた。
「リヒト。アントニアです。貴方に至急伝えたい事があるのだけど。」
「どうぞ。」
と伯爵は言った。騎士がドアを開けアントニアが中に入って来た。
アントニアは私を見て微笑んだ。私達がここにいる事に驚いた様子はなかった。
「人払いしてもらっていいかしら。」
つまり、私に出て行けという事だ。なぜだ!なぜ、いつも肝心の話をしようとするタイミングで邪魔が入るんだっ!
でも今、邪魔者なのは明らかに私である。
「では私はこれで失礼します。」
としか言いようがなかった。くーっ!
重要な話は聞けなかったうえ、なんか中途半端にモヤっとした気持ちになる話を聞いた。
いや、私と伯爵様の親密度だけはアップした。私は確実に前進している!そう信じよう。
そう思って私は、廊下をトボトボと歩き出した。
部屋へ戻ると、暖炉には火が灯っていた。
電気の無いこの世界では、夜の時間帯の明かりは蝋燭とランプである。なので当然、夜の室内はお化け屋敷のように薄暗い。暖炉に火が灯っているとその分部屋が明るくなるので、ちょっと嬉しかった。
「ベッキー様はコンラート様がお好きなのですか?」
と突然ユリアに聞かれた。なぜか、また、三人共私の部屋について来たのだ。
「コンラート様は、ジーク様がとても大切に思っておられる方ですわ。ジーク様は怒ると蛇より祟る方ですから。」
前半はともかくとして、後半は完全に同意する。
「え・・えええっ!あの二人ってやっぱりそうなんですか⁉︎」
ジークが本当は女の子だと知らないコルネが驚愕している。『やっぱりそう』ってどういう意味?どんな噂が流れてるの?
「ユリア、その話はまたにしよう。」
「でも、ベッキー様はまだ一応婚約者がおられる身で・・。」
「いや、またにするのはジーク様の話。今度二人きりの時に。」
「えー!私も聞きたいです。なんで、仲間はずれにするんですか?ずるいです。いつだって、ベッキー様はユリア様にばっかり!」
「コルネ様。はしたない話題に食いつかないでください。私は真面目な話をしているんです!」
「ユリア様が言い出したんじゃないですか!」
「ケンカしないで、二人共。アーベラ、何とかして。」
「お嬢様。コンラート様が男色家だという事は、シュテルンベルク邸内では口が裂けても言わない方が。」
言ってねえよ!
誰も、言ってない。そのフレーズを口に出したのはおのれだけだっ!
私は頭が痛くなってきて、よろよろと暖炉の側に近づいた。
おや?
暖炉の側のローテーブルの上に巻物が置いてある。どうやら、私宛の手紙のようだ。差出人の名前は、今話題になっているコンラートだ。
「コンラートお兄様からの手紙だ。」
「焼きましょう。」
とユリアが言った。何でだよ!
私は、手紙を結んである紐を解いた。蝋で封がしてあったらペーパーナイフがないと開けられないが、紐なので簡単に開けられた。初めて泊まる部屋でペーパーナイフがどこにあるかわからないからありがたかった。それと同時に、こんな細かい事に気のまわる性格だったとはちょっと意外だなとも思った。しかも、けっこうオシャレな紐なのだ。こういう紐を標準装備しているとは、コンラートもけっこうなオシャレさんなのだな、と思った。
しかし、わざわざ手紙に書いてくるとはいったい何だろうか。直接口で言えば良いのに、と思いつつ手紙を開けてみると。
「・・何これ。」
私は絶句してしまった。