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第一ラウンド 談話室

今日は天気が曇っているのと、あとおそらく、庭にアントニアさんがいるので、庭のガゼボではなく館内の応接室に通された。


ユリアは高価そうな家具に、コルネは壁にかけられた絵に目が釘付けである。


今日も執事さんに「お菓子のご希望はございますか?」と聞かれたのでユリアとコルネに

「この家のパンプティングは絶品よ。」

と言っておいた。


「素敵な館ですねえ。」

「この館に聖女エリカ様が暮らしておられたのですねえ。」

と二人がうっとりしているので。


「王都は百何十年か前、はしかが大流行した時にこの土地に遷都したから、たぶんエリカ様はここでは暮らしていないよ。」

と二人の夢を壊しておいた。


「シュテルンベルク伯爵様は現職の医療大臣なのですよね。やっぱり、こちらの家の方は代々医療に関係したお仕事をしておられるのでしょうか?」

とユリアに聞かれた。

「さあ。」

と私が言ったところで、服を着替えに行っていたコンラートが戻って来たので、私はその質問をそのままコンラートに聞いてみた。


「いや、シュテルンベルク家はどちらかというと軍人を多く輩出してきた家門だ。医療省に入ったのは、むしろ父上が初めてではないかと思う。」

「どうして医療省に入ったの?」

「軍人になりたくなかったのだろう。祖父には弟が二人いたが、二人共海軍に入り若死にをした。父上は一人息子なので、家門に対する責任もある。周囲も軍人になるのは許さなかったみたいだ。なぜ医療省を選んだのかは知らないが、父が若かった頃は祖母のせいで家門の財政状態が厳しかった。それで、役所勤めをしたようだ。」


いろいろとしょっぱい話だなあ。


「海軍に入って若死にってどうして?この数十年、戦争は無いよね。海賊と戦ったの?」

「上の弟君は、任務中にどこかの島で風土病になったそうだ。虫が媒介する原虫症で、部隊のかなりの数が犠牲になった。今ではその島は立ち入り禁止になっていると聞いている。下の弟君は乗っていた船ごと行方不明になった。おそらく、何処かで難破したのだろう。海軍では、たまにある悲劇だ。」


確かにそんな話を聞いたら、海軍になんか入りたくはなくなるな。

でも、一族で初めての医療省入りって事は、親戚のコネで入ったわけではないって事だよね。それってすごくない。でもって30代で大臣だよ。優秀な方なんだなあ。

と言ったら


「大臣になるのに優秀さは関係ないぞ。」

とコンラートが言った。


「爵位持ちの貴族が省の中にいたら、その貴族が大臣になると決まっているんだ。省を代表して国王陛下に報告をあげたりもするし、外国の貴族や王族と接する事もある。なので高位貴族の中から選ばれるんだ。もしも、該当する人間がいなかったら、貴族の中から選ばれて男爵位を授けられる。」

「ヒンガリーラントでは女性は爵位を継げないよね。もしも女性が大臣になったらどうするの?」

「ヒンガリーラントの歴史上、女性の大臣はいない。」

「あ、そうなんだ。」

「父上が医療省に入省した時、30代の子爵が一人、それと父上の四歳年上に伯爵家の長男がいた。だから、父上が大臣になるのは遠い先の話だと誰もが思っていた。ところが、二年後30代の子爵が死んでしまった。」

「えっ⁉︎」

と言いつつ、なんで『30代の子爵』って言って名前を言わないのだろうと思った。


「どうして?その若さで。病気?」

「愛人の従兄弟に刺されたと聞いているが、詳しい事情は知らない。」


・・それは確かに、詳しい事情は聞けないな。なんかいろいろと闇を感じる。個人情報を出さないのも納得だ。


「それからしばらくして、ディックハウト伯爵のご長男が奥方を亡くされた。子供を死産して本人も亡くなったたらしい。人の命は儚い物だと気がついた小伯爵は、いつ死ぬかわからないのなら好きな事をして生きていこうと心に決め、貴族の身分を捨てて冒険者になった。」

「・・冒険者って何をする人なの?」


よくあるファンタジー小説なら、『冒険者』というと魔物退治をしたりダンジョンへ行ったりするが、この世界にはダンジョンは無いし、魔物もいない(たぶん)。


「誰も行った事のない高山や海域に行く人だ。金鉱やダイヤモンドの鉱山とかを見つけたら大金持ちになれる。ディックハウト卿は、鉱山は見つけていないが、西大陸では戦争のせいで絶滅したと思われていた珍しい薬草を、とある無人島で発見された。その薬草をヒンガリーラントに持ち帰られて、今その薬草は国立大学の薬学部の畑に植えられている。本当に珍しく価値のある薬草だそうで、その薬草をうっかり抜いてしまった学生は退学、水をやり過ぎて根腐れさせた学生は死刑にされるという都市伝説があるくらいだ。」


話のどこに一番『すげえ!』と感じるべきなのかがわからない。ただ、そのおっさんが冒険者になってしまったせいで、まだ若いシュテルンベルク伯爵に大臣の椅子が押し付けられた、という事はわかった。


話をしているうちに、パンプティングが登場した。ブドウにスモモにリンゴにと、ドライフルーツがてんこ盛りのパンプティングだ。よく見るとブルーベリーやクランベリーも入っている。日本のスーパーで売られていた、水分の抜け切ったドライフルーツと違って、水気がまだ少し残っているので甘くておいしいのだ。


「おいしそう。ブルーベリーは目に良いしクランベリーは女性には嬉しい効果があるし。」

「クランベリーに、どういう薬効があるんだ?」

珍しくコンラートが質問をしてくる。なぜ、普段あまり質問をしてこないのにこういう事だけ質問してくるんだ⁉︎


「そこはスルーしてよ。」

と言うとユリアが「ベッキー様ったら。」と言ってクスクスと笑った。種苗を主に取り扱う商家が実家のユリアは、何の薬効があるのか知っているようだ。

下ネタに関係ある事を、察知したのかしてないのかは不明だが、コンラートは黙りこんだ。


「楽しそうな声がするね。」

という声がした。シュテルンベルク伯爵が微笑みながら、部屋に入って来られた。

私達三人は、ソファーから立ち上がって挨拶をした。ユリアとコルネは名前を名乗る。

「ようこそ。歓迎するよ。」

と伯爵は笑顔でおっしゃった。


「父上。ベッキーは父上に相談があるそうです。」

と、コンラートが話を振ってくれた。

「どうしたんだい?何か困り事?」

と伯爵が聞いてくれたので、話を切り出しやすくなった。


「あの。北大陸にものすごく優秀な、お医者様がいるって聞いたんです。」

「へえ、誰の事だろう?」

「破傷風とか、天然痘の予防薬を作り出した方がいるって聞いたのですけれど。」

「ああ、グラハム博士の事か。博士は医師ではなく化学者だよ。」

「そうなんですか。でも、天然痘の予防薬を作り出したんですよね!『種痘』とかいう。」

「・・・。」

「私、『種痘』にすっごく興味があるんです。」

「レベッカは、将来医者になりたいのかい?」

「そういうわけではないですけど、でも近い将来、西大陸でも天然痘が流行するかも、って新聞で見たんです。」

「ふうん。」


反応速度が遅い!激混みの無料Wi-Fiスポットに繋いだタブレットのように。


一年後に、本当に大流行するんです!とは言えないし、どうすればもっと真剣に話を聞いてもらえるだろうか⁉︎


「あの、実は私夢を見たんです。」

「夢?」

「はい。家族全員が天然痘になって死んじゃう夢です!」

「それは怖いねえ。」

「はい!あれからずっと、すごく怖いんです!だから『種痘』について詳しい情報がわかったら、恐怖心が無くなるかなと思って。」

「あはははは。」

伯爵様はいい笑顔で笑い出した。


「やっぱり、まだレベッカは子供だね。夢をそんなに怖がるなんて。でも、大丈夫だよ。恐ろしい伝染病がヒンガリーラントに入り込まないよう、ちゃんと『検疫』とか、いろんな防御策を政府も実施しているんだ。だから心配しなくても大丈夫だよ。」


流行性耳下腺炎は、入り込んだじゃん!


と叫びそうになった。

いや、落ち着け私。ここで、伯爵様のご機嫌を損ねたら手に入る情報も入らなくなる。この緊急感のカケラも無い医療行政のトップに、近い将来訪れる危機を理解してもらう為には、もっと慎重にならないと。

一回引こう。

と思って私は、パンプティングを大口で頬張った。


「おや、雨だね。」

と伯爵様が窓の外を見ておっしゃった。

はっ!とした表情でコルネが言った。


「カメさん!風邪ひいちゃう。」


いや、風邪はひかんでしょう。そこまで体が冷えたら、たぶんカメは冬眠をする。


「大丈夫だよ。カメが庭を適当に歩き回ってそのまま行方不明になったらいけないので、騎士に抱えさせて館の中に入れたから。」

と伯爵様がおっしゃった。

「力持ちの騎士様がいらっしゃったんですね。」

「四人がかりで持ち上げたんだよ。おとなしいカメで良かった。」


伯爵様は二年前と同様、夕食に誘ってくださった。


その時に第二ラウンドだ!絶対『種痘』の話を聞き出してみせる。私はそう決意した。

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