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シュテルンベルク家の9年の物語(6)(オイゲン視点)

それでも、お館が一瞬、歓声に包まれた事もありました。

二年前の今日。エーレンフロイト家のレベッカ様がお館を訪問してくださったのです。昔と変わらず大きな声でケラケラと笑うレベッカ様の姿に、皆が笑顔になりました。


一年前の今日。私はまたレベッカ様がこの館に来てくださるのではと期待しました。でもレベッカ様はお越しにはなられませんでした。

レベッカ様もアカデミーに入学され、孤児院の慰問などを積極的にしておられると聞いております。きっと、たくさんの友人がおできになって忙しくしておられるのでしょう。それでも、私はほんの少しだけ期待をしてしまったのです。



そして、今日。

私は桔梗の花を見つめながら、耳は外の物音に集中させていました。

コンラート様が馬車でお戻りになられたら、迎えに出ねばなりません。

と、その時。ノッカーの音が聞こえました。


ドアにノッカーが一応は付いておりますが、このノッカーが鳴らされた事はありません。

客人は必ず、面会予約をしてから来られますし、そもそも馬車に乗って来られます。使用人への客や出入りの商人は裏口に回られます。

ですから、馬車の音もせずにいきなりノッカーが鳴るわけがないのです。

私は奇妙に思いながらドアを開けました。

そこに立っておられたのはコンラート様でした。


「えっ⁉︎坊っちゃま。歩きですか?いったい馬車は?」

「それについては後から説明する。客が一緒なのでお茶の用意を頼む。」

そこに立っておられたのは、ますます少女の頃のアルベルティーナ様に似て来られたレベッカ様と、二年前にも会った護衛騎士の女性、そしてアカデミーの制服を着た二人の女の子でした。


「カメですか!」

コンラート様の着替えを手伝いながら、私は事情をお聞きしていました。まさか、コンラート様達が馬車を降りる事になった原因がカメだとは⁉︎


「申し訳ございません!邸内の管理は私の仕事ですのに、馬車の前を塞ぐなど、何と言ってお詫びをすれば良いか・・。」

「いや、ベッキーも友人も喜んでいたし。というか、うちのカメではないのだな?」

「違います。」

「そうか・・。まあ、どこから来たのかは何となく想像がつくが。」

「ええ、おそらく・・。」

といいますか、絶対に隣の侯爵家でしょう。うちより身分が高いので、迂闊に文句も言えないところが困ったところです。


「父上はいらっしゃるか?」

「はい、現在執務室におられます。」

「ベッキーが父上に相談したい事があるのだそうだ。面会できるか聞いておいて欲しい。」

「承知致しました。」

「頼んだ。」

そう言って、コンラート様はお客様がお待ちの談話室へと向かわれました。


その後、私は執務室へ向かいました。

ノックをし、リヒャルト様の許可を得て中に入ると、リヒャルト様は領地から届いた書類の確認をしておられました。その書類は必ず今日、目を通さなくてはならない重要性の高い書類ではありません。


「旦那様。コンラート様がお戻りになりました。」

「そうか。」

リヒャルト様は分かりやすく、忙しそうなふりをしておられます。

私は一呼吸置いて

「当家の庭にゾウガメが出たそうです。」

と報告致しました。


「ゾウガメ?」

「はい。」

「・・野生ではないよな。」

「王都に野生のゾウガメがいるなど聞いた事がございません。」

「そうか。・・困ったものだな。お隣にも。」

「困ったなどというものではありません。道で動かなくて、コンラート様とお客様を乗せた馬車を立ち往生させたのです。やむなく、コンラート様とお客様は、歩いて敷地内を移動されたそうです。」

「客?・・がいるのか?」

「はい。三人ほど。護衛騎士の方も含めて四人ですね。全員、それは美しい女性達です。」


書類を見ていたリヒャルト様がすごい勢いで顔を上げられました。

「・・一人はレベッカか?」

「はい。それと、コルネリア・フォン・ハイドフェルト様とユリアーナ・レーリヒ様です。」

「知ってる。アルベルが世話をしている子達だよな。」


ハイドフェルト姫君は数ヶ月前に、王都中の話題となった薄幸の姫君です。家族から悲惨な虐待を受け、家出して王都に来たものの家門の人間に見つかり殺害されそうになり、それをレベッカ様に救われたのだそうです。

姫君を殺そうとした男は貴族裁判にかけられ、リヒャルト様は連日それを傍聴しに行っておられました。

ハイドフェルト男爵家の悪名と共に、レベッカ様の騎士物語の如き勇猛さが王都中に知れ渡ったのでございます。


もう一人の少女、レーリヒ令嬢はシュテルンベルク家の騎士達の間で随分と話題になった令嬢です。

今年の夏、コンラート様はアルベルティーナ様と一緒にいろいろあったレベッカ様をブルーダーシュタットの街まで迎えに行き、それに騎士達も同行したのです。その帰りの行程で一緒になったレーリヒ令嬢が、この世のものとは思えないほどの美少女だったと、大変な話題になったのです。


そして、確かに噂に違わぬ美少女でした。私も長く生きてきて、たくさんの着飾った貴族の姫君を見てきましたが、その中の誰よりも美しい令嬢でした。


「ふーん。」

と言ってリヒャルト様は明らかにそわそわとされ始めました。覗きに行きたいという好奇心と、邪魔をしてはいけない、という理性が、激しくせめぎ合っているのがはっきりと見てとれます。


「どういたしましょうか、旦那様?」

「いや、どうって、楽しく話しているのなら邪魔をするわけにもな。」

「ゾウガメの件でございます。」

「・・そっちか。別に危険な生き物でもないのだろう。隣が何か言ってくるまで放っておけ。」


ゾウガメには興味が全く無いようでございます。


「そういえば旦那様。」

「何だ?」

「レベッカ様は、旦那様に何か相談があるのだそうでございます。旦那様と面会を希望しておられるとの事で、それでコンラート様は家にお招きになったそうです。」

「そうなのか⁉︎じゃあ、すぐに行こう。」

と言って、リヒャルト様はすぐに立ち上がられました。


久しぶりのリヒャルト様の楽しそうな様子に、私も嬉しくなりました。

今日という日が良い日になれば良いと。心からそう思いました。

鬱々とした昔話を読んでくださり本当にありがとうございます。


次回からまたレベッカ視点の話に戻ります。よろしくお願いします。

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