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シュテルンベルク家の9年の物語(4)(オイゲン視点)

アントニア様の夫の死因は食中毒でした。

アイントプフの中に入っていたキノコの中に毒キノコが混ざり込んでいたそうです。

アントニア様も中毒に苦しんだようですが一命はとりとめられました。

しかし、アントニア様の夫と、庶子の娘、愛人二人は亡くなったそうです。庶出の娘はともかく、愛人も、しかも二人も一緒の食卓で食事をとる生活だったという事に、毒キノコが食事に混入していた事よりも驚きました。


その頃のペトロネラ様は、毎日のようにリヒャルト様の執務室の前で

「私も騙されたのよ、信じてよ!」

と泣きながら訴えていました。


ついに堪忍袋の尾が切れたエレオノーラ様が

「もし、本当に騙されていたのが真実だったら、それを訴える相手はリヒトじゃないでしょ!」

と怒鳴りつけられました。


「コースフェルト男爵にそう言いなさいよ。そしてコースフェルト男爵に頭を下げて許すと言ってもらいなさい!」

「どうして、私があんな田舎者に頭を下げなくちゃならないの!」


何も悪くないリヒャルト様が、何度も何度もコースフェルト男爵の所へ行って頭を下げているというのに・・・。


リヒャルト様も悲しそうな顔をして言われました。

「・・ほんの僅かだが期待する気持ちもあったんだ。でも、あいつは駄目だ。私は伯爵家の当主として家を守らなくてはならない。あいつとあいつの家族の持ち物を全部、王城特区の城壁の外に放り出すよう騎士達に伝えてくれ。」

リヒャルト様は私にそう命じられました。


さすがに本気だとわかったのでしょう。パウリーネ様はペトロネラ様を、高級ホテルの一室へ移されました。

時間が経てばリヒャルト様がペトロネラ様を許すと思っておられるようです。

そんな事があるはずもないのに、パウリーネ様はまだ事態の深刻さをわかっておられないのです。


そんなある日の事でした。

ペトロネラ様の様子を見に行かれたアントニア様が、ペトロネラ様からリヒャルト様へ宛てた手紙を持って帰られました。

リヒャルト様は手紙を見てため息をつかれました。そして私に「捨てておいてくれ」とおっしゃいました。

廃棄する前に私も中を確認しました。


『私は悪くないのに、リヒトは信じてくれない。このままならもう死ぬしかない。今すぐ私に会いに来て。でないと私は自殺するから。私が死んだらあなたのせいよ。』


私もため息をつきました。なぜ、あの方は謝罪をするという、ただそれだけの事ができないのでしょう。

自分より高い身分の、爵位を持つ貴族を侮辱したのです。死んでお詫びをしなければならないくらいの事をしたのだというのに、何を考えてこんな手紙を送りつけてくるのでしょうか?こういった行為が、伯爵であるリヒャルト様をも侮辱する事なのだと、なぜわからないのでしょうか。


しかも今日は、リヒャルト様とエレオノーラ様の結婚記念日なのです。親しい友人達を招いて、ささやかなパーティーを開く事になっています。よりにもよってそんな日に、妻以外の女に会う為にホテルへ行く男がいるでしょうか。


リヒャルト様がその手紙を無視した事で、誰がリヒャルト様を責められるでしょう。


その日、ペトロネラ様は自ら命を絶たれました。



それまでの社交界は、酷い侮辱を受けられたコースフェルト男爵に皆同情的で、ペトロネラ様と男友達達が批判の対象でした。

しかし、その日を境に風向きが変わりました。

コースフェルト男爵と、ペトロネラ様に辛く当たったというリヒャルト様を皆が批判するようになりました。

パウリーネ様もリヒャルト様を酷くお責めになりました。


「おまえのせいで、ペティーは死んだのよ!おまえとあの女が、パーティーに興じている間に可哀想なペティーは!」


ペトロネラ様の母親は、寝込んでしまい、ベッドから起き上がれなくなりました。アントニア様は、はらはらと涙を流しながら

「ペティーの思い出の残るこの家に、今は居させて欲しいの。お母様の為に。お願い。」

と言われました。


お優しいリヒャルト様に、拒絶できるわけがありませんでした。

そうして、ペトロネラ様の家族を追い出すという話は水に流れました。


使用人の立場で僭越な事ですが、私は腹がたちました。こんな、リヒャルト様に罪悪感を押し付けるような仕方で逃げ出してしまうなんて。

あまりにも卑怯というものではないでしょうか。

だけど、それを口に出したら人非人だと罵られるでしょう。

どんな理由があろうとも、『死』を口に出す人間に寄り添い、支えるべくだった。命は一つしかないのだから。と、人は言うでしょう。


それでも私は、ペトロネラ様を恨めしく思いました。

憔悴し、すっかりやつれてしまったリヒャルト様に同情しました。


「あなたのせいじゃない。」

とエレオノーラ様はリヒャルト様の手を握り言われました。しかし、リヒャルト様は自分を責め続けられました。


リヒャルト様は、コースフェルト家との商談を諦められました。コースフェルト男爵も王都を去り、領地に引きこもられました。


「おまえのせいよ!」

と、パウリーネ様は自分の悲しみを振り払うように、リヒャルト様に当たり散らされました。


それと同時にパウリーネ様は気づかれました。

『死』という言葉を口に出せば、リヒャルト様が思い通りになるという事に。


「私が死ねばいいと思っているんでしょう。だから、そんな事を言うのね。」

「言う事を聞いてくれないなら死んでやるわ。」

「ああ、もうこんな事なら死んでしまいたい。」


その言葉にリヒャルト様は逆らえませんでした。

パウリーネ様は、悲しみを癒す為と言ってまた散財を始め、才能の無い芸術家に金を注ぎ込み始めました。

そして、エレオノーラ様と離婚してアントニア様と結婚するようリヒャルト様に迫りました。


かつてエルハルト様が生きていた頃の様な、何もかもがパウリーネ様に支配される、重く暗い雰囲気に館中が包まれていました。

私はリヒャルト様が哀れでした。そして、エレオノーラ様と幼いコンラート様が哀れでした。

コンラート様は、無口で笑顔の無い子供でした。

そんなコンラート様を、気持ち悪いと言ってパウリーネ様は毛嫌いされました。あんな、碌でもない女の子供だからあんな気持ちの悪い子供に育つのよ。コンラート様に面と向かって言われました。

だけど、思うのです。家の様子がこんなでなければ。コンラート様のお祖母様がエーレンフロイト家のヨゼフィーナ様のような方だったなら、もしかしたらコンラート様も。と。


凛としておられたエレオノーラ様も、時々何か考え込まれるようになられました。一人で泣いておられる姿も何度も見ました。


そんなお館にまた一つの風の変わる事がありました。

パウリーネ様が病気になられたのです。


パウリーネ様の病は結核でした。

100年前ならば死の病でしたが、今では薬の研究も進んでいます。亡くなるのは、主に栄養状態が悪く、薬を買う事ができない貧民層の人達です。

結核菌は体の至る所で発症する感染症ですが、パウリーネ様の場合は腸でした。

リヒャルト様は、結核専門の療養所に入る事を勧めましたが

「絶対に嫌。」

とパウリーネ様言われました。


「療養所になんか行ったら、お友達に結核とばれるじゃない。肺結核なら同情してもらえるけれど、腸の結核なんて笑われてしまうわ。」


肺結核は恥ずかしくないけど、腸結核は恥ずかしいそうです。私にはわからない理論です。それならばせめて、暖かい地域で療養するよう医者が勧めると

「あら、じゃあ、エーレンフロイト領に行きたいわ。エルハルトがいた館は、それは豪華な館だったって話じゃない。」

と言い出されました。


リヒャルト様や、パウリーネ様のご長女エリカ様は、アルベルティーナ様に頼みに行かれました。

「母上に虐められて辛い日々を過ごした事はわかっている。だけど、結核は重い病だ。もしかしたら死んでしまうかもしれない。重病人の願いという事で、どうか叶えてはくれないだろうか?」


アルベルティーナとしては、二度とパウリーネ様に関わりたくはなかったでしょう。しかし、アルベルティーナ様はとてもお優しい方です。

「わかったわ。」

と引き受けてくださいました。


が。


「駄目だ。」

と夫であるフランツ様がおっしゃいました。


「義兄上の時とはわけが違う。結核は空気感染する病気だ。空気感染する伝染病患者を領内に入れるわけにはいかない。僕には領主として、領民や領館で働く使用人を守る義務がある。絶対に駄目だ。」


それからフランツ様は言われました。


「よく考えろ。結核患者が最良の医療を受けられる場所は、結核専門療養所だ。そこに行きたくないと言っている。重病人だし、我儘を聞いてやらないと可哀想だ、というのは違うだろ。これから母君は、苦い薬を飲み、苦しい治療を乗り越えていかなくてはならないんだ。なのに、息子の君の言う事さえ聞かないのだったら、果たして医者や看護婦の言う事を聞くだろうか?本当に母親に死んで欲しくない。病気が治って欲しいと思うなら、どれだけ嫌だと言っても専門病院へ行かせるべきだ。そして、医療従事者の指示に従順に従うよう、君が母上に言い含めるんだ。いい加減目を覚ませ。何でも許してやる事が愛情じゃない。たとえ相手にとってどれほど耳が痛くても、どれほど胸が痛くても、正しい事を言ってやるのが愛情なんだ。」


フランツ様の言葉でリヒャルト様は目が覚めたようです。

大変な苦労はされましたが何とか、パウリーネ様を結核専門療養所へと送り込まれました。


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