シュテルンベルク家の9年の物語(2)(オイゲン視点)
パウリーネ様という方はとにかく贅沢好きな浪費家でした。
毎日のように茶会を開き、ドレスやアクセサリーや靴や帽子を大量に購入し、自分に擦りよってくる人間には次々とプレゼントをし、顔が綺麗でも才能が無い芸術家を支援し、観劇やパーティーに行かれるのが大好きでした。
もちろんご自分では硬貨一枚稼がれる事はありません。全て、伯爵家の財産です。というよりエルハルト様の個人資産です。
シュテルンベルク領はそこそこには豊かな領です。農地は少ないですが、豊かな森があり大理石の産地でもあります。しかし、エルハルト様は『領地の税収は領民の為に使う』と、心に決めておられて、ご自分と奥様の出費はご自分の個人資産で賄っておられました。
エルハルト様の個人資産はかなりの額でした。まず、エルハルト様のお母上が富豪の家系で、エルハルト様には、母親から相続した資産がかなりありました。エルハルト様は、それを様々な事業に投資し、それに対して莫大な収益をあげておられました。
エルハルト様が特別、投資の天才だったわけではなく、そういう時代だったのです。
長く大きな戦争や災害もなく、科学がどんどんと発達し、景気は上昇の一途でした。
蒸気船が発明されると、人々は遠くへ、より遠くへと海を進んで行きました。発見された無人島は発見した国の物で、島の調査に投資をし、金や鉄、石炭が発見されると莫大なリターンがありました。
資産と知識を持ち、あとある程度の度胸があれば大金を稼ぐ事ができる社会だったのです。
更にエルハルト様は13議会と呼ばれる、貴族議会の議長でした。13の貴族の家門が、行政について話し合う議会で、歴史と資産と、王家からの信頼がある13の貴族家の当主によって構成されています。これに支払われる俸給が大きな声では言えませんがかなりのものでした。
それでもエルハルト様自身は、ほとんどお金を使う事はなく、パウリーネ様が湯水のようにお金を使っておられたのです。
そして、それだけ使っていてもなお、パウリーネ様は夫の顔色を見ながらしかお金が使えない。夫が死んでくれたら、もっとお金を使えるようになる。そう思い込んでおられたのです。
リヒャルト様は、まず伯爵家の20年分の支出を調べられ、パウリーネ様がご自分の品位保持費からではなく、伯爵家へのツケで買ったドレスと宝石をリストアップしました。そして、パウリーネ様が自分の親族達と一緒にオペラを観に行っておられる間に、パウリーネ様の侍女の静止を振り切って、リストに載っていたドレスと財産を『青鷹の間』に移動させました。
どうやら、リストに載っていた財産のほとんどを人へのプレゼントにしていたようで、回収できたのは4分の1ほどでした。それでも、移動させるのに何時間もかかるほどの量がありました。
『青鷹の間』は、伯爵家の奥深くにある財宝室です。そこには、『翡翠のティアラ』を含め、伯爵家が代々継承してきた財産があります。ドアの鍵を持つのは、伝統的に当主の妻である伯爵夫人です。エルハルト様が亡くなった後、エレオノーラ様に鍵を渡すようリヒャルト様がパウリーネ様に言われたのですが
「エレオノーラを信頼できないわ。あの子に財産の管理なんて無理よ。」
と言って、決して鍵を渡そうとされませんでした。万が一を考えて、その日もパウリーネ様は鍵を持って外出しておられました。
なのでリヒャルト様は、ドアごと鍵を取り換えられたのです。
館に戻って来られたパウリーネ様は激怒され、リヒャルト様に詰め寄られました。
それに対しリヒャルト様は
「伯爵家の資産で購入したものは、伯爵家の財産として財産室に収納しておくべきです。必要がある時だけエレンに行って出してもらってください。エレンが許可した物だけそこから出します。」
と言われました。
更に今後は、歴代の伯爵夫人が渡されていた品位保持費と同じ額を一年毎に渡すので、買い物は全てそこからしてください。伯爵家の資産からは一切出しません。と明言されました。
歴代の伯爵夫人が渡されていた品位保持費は莫大な額です。それでも、今までパウリーネ様が年間に使っていた額と比べると20分の1ほどでした。その額で、パウリーネ様が納得するわけありません。
リヒャルト様は、パウリーネ様が今まで使っておられたお金は全てエルハルト様の個人資産だった事。その個人資産はエルハルト様の遺言に従い、リヒャルト様とリヒャルト様の四人の姉妹、アルベルティーナ様、エレオノーラ様が分割して相続し、リヒャルト様の手元には7分の1しか残っていな事。まだ若輩のリヒャルト様は、13議会のメンバーにはなれず、その分の収入が無くなったことを説明されました。
「母上、未亡人となれば誰もが、今までより生活の質が劣ることになるのは当たり前なのです。ご理解ください。」
「あれだけ、歴史ある名門と鼻にかけていたのに、そんなに領地からの儲けが少ないの⁉︎」
「母上、領地からの収益は領地に還元する為にあるのです。領主はそこから一定分の俸給をもらうだけで、領地の資産に手をつけてはなりません!領地は、王室から委託された物で領民の物であり、母上の私物ではありません!」
「だったら、あの無駄に多い本とか、飾っている絵やタペストリーを売ればいいじゃないの!」
「母上、先祖から受け継いだ財産は子孫へと継承していくべき物です。コンラートや、やがて生まれてくるコンラートの子の物なのです!急な災害や伝染病で領民が飢えに苦しんでいるというのならばともかく、母上の贅沢の為に手をつけさせたりなどは絶対にしません。だいたい、何が不満なのです?歴代の伯爵夫人と同じだけの額を渡すと言っているのですよ。皆誰もが、かの聖女エリカとて、それより少ない額で満足していたのです。なのに、なぜ母上には満足できないのですか⁉︎」
まあ、『聖女エリカ様』は、ご自分が稼ぎ出す、個人収入が莫大な方でしたが。
それと、好景気の為インフレーションが起きているので、100年前の金貨一枚と今の金貨一枚は価値がかなり違いますが。
「それと母上付きの侍女や従僕が多すぎです。専属は5人までにして残りは解雇してください。」
「みんな必要だから側にいてもらっているの!」
「リーリエ姉上も、ローゼマリーも結婚して家を出て行ったのに、なぜ30人も必要なんですか⁉︎仕事もせずに、母上の側に座っているだけの者に給金は払えません。だいたい、エレンの専属が4人なんですよ。その7倍って異常でしょう!」
「客も来ないあの女と違って、私の所にはたくさんのお客様が来てくださるの。たった、5人でどうやって、お客様をもてなすっていうの?」
「客?それは、何ヶ月も何年も、この館に居座ってただで飲み食いしている連中ですか?言っておきますが、彼らの生活費も今後一切伯爵家の財政から出す事はありません。母上の品位保持費から払ってください。」
「突然どうしたっていうのよ!あの、優しかったあなたが⁉︎」
「母上が浪費していた年間支出を見て愕然としたんです。このままでは、伯爵家は私の代で潰れてしまいます!」
もちろんそれもあるでしょう。しかしリヒャルト様も腹にすえかねていたのだと思います。母親の、自分の妻や末の妹マルガレーテ様。そしてアルベルティーナ様への意地の悪い態度に。そして、エルハルト様への仕打ちに。
それからの日々は本当に大変でした。自分の親族や他家に嫁に行った娘まで巻き込んで、パウリーネ様が起こした数々の騒ぎの一つ一つを語るのはやめておきます。
ただ、最終的な結論としてパウリーネ様が出した答えは「リヒャルト様はエレオノーラ様に唆されている。」というものでした。
エレオノーラ様がリヒャルト様を操って、こんな酷い真似をしているのだと思い込んだパウリーネ様は、エレオノーラ様が一人しかお子を生んでいない事を理由に、エレオノーラ様と離縁してご自分の姪のペトロネラ様と結婚するようにリヒャルト様に迫られました。
当時、ペトロネラ様の姉のアントニア様は、隣国トゥアキスラントに嫁がれておられました。
結婚相手は、とある侯爵様の弟で、侯爵に子供がいなかった為、侯爵家の後継者となる方でした。
しかし『侯爵家』と言っても、アルベルティーナ様が嫁がれたエーレンフロイト家とはまるで違いました。
アントニア様の夫となった方は女癖が悪く、すでに私生児が3人もいるという方でした。選民思想の塊のような方で、使用人の事はもちろん女性、子供、そして外国人を酷く見下しておられました。頭の回転が悪いのにプライドが高く、誰かにちょっとした言い間違いなどを指摘されようものなら、真っ赤になって激怒し、相手を口汚く罵りました。怒るとすぐ物に当たる方でもありました。
あのような男と結婚しても幸せにはなれない。とリヒャルト様は心配されました。でも、人に幸せにしてもらうつもりはないのだから一向にかまわない。とアントニア様は言われました。
おそらく、将来侯爵になる方。という事が全てだったのだと思います。
アントニア様もペトロネラ様も、シュテルンベルクの嫡女であったアルベルティーナ様に大変な対抗意識を持っておられました。
アルベルティーナ様が未来の侯爵と結婚されたので、自分も同じ身分かそれ以上の身分の男性と結婚したい、というお気持ちが強かったのだと思います。
ペトロネラ様も同様に、身分の高い男性との結婚を熱望しておられました。それを熱望するあまり婚期を逃し、20歳を過ぎてもまだ独身でした。未成年の頃から異性関係がだらしなかった事も結婚できなかった理由の一つだと思います。不道徳な女性は、貴族の男性からは敬遠されますし、ペトロネラ様を弄んできた男達も、結局は親の選んだ貞淑で身分の高い女性を妻に選んだのです。
もちろんリヒャルト様が、エレオノーラ様と離婚しろだのという意見に耳を貸される事はありませんでした。
たとえお子が一人とはいえ、健康な男子を生んでおられたのです。リヒャルト様はエレオノーラ様とコンラート様の事をとても愛しておられました。
事件が起きたのは、そんな頃でした。