シュテルンベルク邸へ、再び
他に人がいるからしなかったけれど、私は内心ガッツポーズをとった。
良かった。無事に会えた。と思うけれど、この後どういう展開になるかわからない。
とりあえず、会えて嬉しいオーラを出そうと私は精一杯の笑顔を作った。
「お久しぶりです。コンラートお兄様。」
私の愛想の良さに同伴者達から、動揺するような波動を感じる。私が愛想良く振る舞うのが、そんなにおかしいだろうか?
「ああ、久しぶりだな。盗み聞きのような真似をしてすまなかった。声がよく通るので聞こえてきてしまった。」
副校長にも言われたが、私の声ってそんなにでかいのだろうか?
「トカゲの方は知らないが、ブライテンライター夫人は今もご健在だ。同好の士を集めて時々お茶会を開いていると聞いた事がある。可愛がっておられる友人達に興味があると言えば、喜んでくださるのではないか?」
「ほほう。どちらにお住まいなの?」
「シュテルンベルク家の敷地の隣の敷地だ。」
あ、なるほど。脱走した挙句塀を乗り越えて来ちゃったのね。
ここで私は一応同行者達を紹介した。
「お兄様。私の友人の、コルネリア・フォン・ハイドフェルト嬢と、ユリアーナ・レーリヒ嬢です。」
二人がカーテシーをする。コルネの方はちょっとよろけていた。
「ああ。」
と言った後コンラートは
「知ってる。」
と言った。
「先日エーレンフロイト邸でお見かけした。ハイドフェルト令嬢は元気になられたようで良かった。少し肉付きが良くなって、太ったのではないか?」
私はこの数秒で、コンラートに恋人も新しい婚約者もいない事を確信した。お年頃の娘に「太った」などと発言する男は、本来グーで殴られるに値する。
霊園にお願いに来た立場でなければ、ただでは済まさないところだ。私の実力でコンラートに勝てるかどうかは怪しいが、女の子に「太った」などと告げる行為は、命を賭けて戦うに値するほどの暴言だ。
「伯爵閣下はお元気ですか?」
今日も私は、前置きも世間話もすっ飛ばし本題に入った。ちょっと怒っていたので、コンラートに気を使う気分になれなかった。
「知らない。しばらく会っていない。まあ、たぶん元気なのではないかと思う。」
想定の範囲内の返事だ。むしろ「昨日一緒に婚活パーティーに行った。」とか言われた方がびっくり仰天してしまう。
「私、閣下に相談したい事があるの、お会いできないかな。」
直球でお願いしてみた。ゾフィーが「えっ⁉︎」という顔をした。
「そうか。今日は家にいるのではないかと思う。いなかったら、帰って来るのを待てばいい。今から我が家へ来るか?」
「行く。ありがとう。」
私は即答した。ある程度貴族の常識をアカデミーで勉強している私は、面会予約は2、3日前にとるのが礼儀と知っている。だけど、コンラートが『今すぐ』と言ってくれているのだ。彼は、本当は迷惑だけどとりあえず『今すぐ』と言っておくか、と考えるような性格の人ではない。たぶん。
慌てたのはゾフィーだ。
「今から、なんてお嬢様非常識ですよ。私はこれから用事があるのでついて行けませんし。」
「アーベラとユリアとコルネがいるから大丈夫よ。別に他人の家じゃない、お母様の実家なんだからさ。」
それにしても二年前もだが、コンラートは『理由』や『私の考え』をまるで聞いてこない。もし私が彼の恋人とか婚約者だったら
「私が何を考えているかを知ろうとしてくれないのね。」
とか
「私に関心がないのね!」
とかなるかもしれないが、私は彼の婚約者でも恋人でも愛人でもないので、理由を聞いてこないでいてくれるのがとてもありがたい。だって、人生二周目で、来年の事がわかるとか説明できないのだもの。
ゾフィーが諦めたように肩を落とし、アーベラに
「アントニアさんとクルートーさんをお嬢様に近づけないで。」
と囁いた。
そして私は二年前同様、霊園からシュテルンベルク邸へ直行する事になった。
私達が乗って来た馬車にはゾフィーが乗って帰って行ったので、私とアーベラとユリアとコルネはコンラートの乗って来た馬車に乗せてもらった。
別に話す事もないので私は黙っていたが、コルネがコンラートに積極的に話しかけた。
「アントニアさんとクルートーさんって、誰ですか?」
「・・・。」
「さっき、ゾフィー様が言ってました。ベッキー様に近づけないで、って。危険な人なんですか?」
コルネの歯に衣着せぬ物言いに、アーベラとユリアが慌てふためく。コルネは私以上に貴族らしさが欠落している子だし、わからない事をすぐ質問するくせがついている。ただ、質問相手がコンラートでなければ、馬車から追い出されかねない発言である。
「私の父の従姉妹で、実の兄妹だ。昔からシュテルンベルク邸の東館に住んでいる。」
コンラートは律儀に答えてくれた。コルネを馬鹿にしたり怒ったりしない。無愛想だから誤解されやすいけれど本当はすごいいい人なんだよな。今日だって結局、ケンカした私の事を普通に家に招いてくれてるし。
「伯爵様のイトコって事は私ともイトコなの?」
と私は尋ねてみた。
「いや、母方の従姉妹だからシュテルンベルクの血は引いていない。」
「そうなんだ。」
「危険ではないが信用はできない相手だ。私やベッキーが幼かった頃こんな事があった。」
コンラートはコルネの方を見て、私の覚えていない昔話を始めた。
「私の両親が、親しい友人達を呼んでお茶会を開いた時、子供の私達は少し離れた場所でバッタ飛ばし競争をして遊んでいた。」
「よく飛ぶバッタをみんなで探していたのですか?楽しそうな遊びですね。」
とコルネが言うとアーベラが
「そんな平和な遊びじゃないですよ。」
と言った。意味がわからないという方には第一章の『霊園へ行こう』を読み返して頂きたい。
「そしたらアントニアが、私達の側に来て私にこう言った。『エレン様は、リヒト様のお母様パウリーネ様の事を嫌っておられるけれど、貴方にはパウリーネ様を嫌いにならないでほしいの。どうかお願いだから、お祖母様に優しくしてあげてね。』」
別にアントニアって珍しい名前ではないけれど、地球の歴史でそういう名前の皇女様とかハプスブルク家にいるけれど、旧日本人の感覚では「強そー。」って思ってしまう。なんとなく。
「・・そうですか。」
とコルネは言った。
「アントニアさんという方は先代の伯爵夫人をお慕いしていたのですね。」
とユリアが言った。
あれ?
君達、この発言に違和感を覚えないの?
私が目をバチクリさせていると、そんな私を見てコンラートが一瞬微笑んだ。
「その後、私達子供は両親の所へ戻った。するとベッキーが自分の父親に尋ねた。『お父様、レベッカねえわからない事があるの。』」
・・・。
いや、あの。無表情で棒読みで幼女の声真似をされるとちょっと怖い。
「『今ね、アントニアって人がね。私達の側に来てコンラートに言ったの。エレン様は、リヒト様のお母様パウリーネ様の事を嫌っておられるけれど、貴方にはパウリーネ様を嫌いにならないでほしいの。どうかお願いだから、お祖母様に優しくしてあげてね。って。エレン様が、コンラートのおばあちゃまの事が嫌いなのは、おばあちゃまがエレン様とコンラートが嫌いで意地悪をするからでしょ。どうしてコンラートのおばあちゃまは、嫌いな人に意地悪してもいいのに、コンラートは嫌いな人にも優しくしないといけないの?コンラートが男だから?コンラートが子供だから?それともコンラートが将来ハクシャク様になるから?』・・その後の母の怒りようは凄まじいものだった。すぐさま、アントニアの元に駆けつけ『親が側にいない時に、幼子に何を吹き込むかー!』と怒鳴りつけた。」
当然だ。私が母親でも絶対怒る。
そもそも。大人が大人を嫌うのは、嫉妬とか逆恨みとかいろんな事情があるだろうから、必ずしも嫌われている方が悪者とは限らない。だけど、子供がしかも幼児が大人を嫌う場合、悪いのは100%大人である。
だいたい、愛情は信頼と同じで乞うたり、強要するものではない。愛情とは勝ち得るものなのだ。
なのに、それでなくても強い立場の大人が子供に、愛情や親切を強要するとは何事か!非常識にもほどがある。
そのエピソード、ケロっと忘れていたけれど、真実だったらとんでもない大人だ。
しかも、よりにもよって、親がいない隙を狙って吹き込んでいるのだから確信犯だ。
「そしたら、アントニアは心外だという顔をして、自分はそんな事言っていない。ベッキーが嘘をついたんだ。と言った。母は子供がこんな嘘をつくわけがない!とベッキーを信じたが、祖母はアントニアの味方をしてベッキーを嘘つき呼ばわりした。アントニアについていた侍女もアントニアは子供に話しかけても近寄ってもいない。と嘘をついた。でも、私はアントニアの言葉をこの耳で聞いた。それなのに、平気で嘘をつき、ベッキーを悪者にしようとするアントニアは信頼のならない大人だと思った。」
「最っ低です。その人!」
「ゾフィー様がベッキー様に近づけるな、と言った意味がわかりました。」
コルネとユリアは激オコだ。私も思う。マジ最低な女だ。
「父上と母上はその後護衛騎士達の事も厳しく叱責して、二度と親が側にいない時にアントニアと祖母を近づけるな、と命令した。だから一緒に暮らしていても、他人のような相手だ。信頼できない人間だし、ベッキーの事を逆恨みしているかもしれない。という事は一応心に留めておいてくれ。」
「はいっ!」
とコルネとユリアの声がハモった。この二人って時々すごい息が合うんだよな。
その時、急に馬車が止まった。すでに、シュテルンベルク家の敷地内には入っている。でもまだ、庭の途中で館にはついていない。
どうしたんだろう?と思ったら。
「あの、坊っちゃま。道にものすごく大きな岩が落ちています。」
と小窓越しに御者が言った。
「岩?こんな場所に?」
「はい。・・あああ、動いた!違う、岩じゃない。こ・・これは、カメだ!」
 




