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《160万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第五章 毒が咲く庭

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新聞を買う理由

大陸歴313年、秋。


お久しぶりの方も、はじめましての方もこんにちは。

私は侯爵令嬢レベッカ・フォン・エーレンフロイトです。ただいま13歳です。

今年もあと2ヶ月か。今年もいろいろあったなあ。と、しみじみ思う今日この頃です。


春の終わりには、私宛の一年半分の手紙が紛失していた、という事件が発覚し、犯人とちょっぴり揉めました。そんな目にあって『ちょっぴり』なのか?と突っ込みが入りそうですが、その後に巻き込まれた事件の激しさを思うと、風の前の塵に同じでした。


夏には、友人であるユリアの故郷ブルーダーシュタットの街に遊びに行き、海賊と揉めて、目の前で人が斬り殺されるところを生で初めて見るという衝撃的な体験をしました。


夏の終わりにはプチ家出をして、ハイドフェルト男爵家のゴタゴタに巻き込まれ、貴族のオッサンに斬りつけられるという相当に衝撃的な事件もありました。


いずれにしても、私は無傷で済んだのですが、評判と名誉は無傷で済まず、お母様の小言攻撃も相まってメンタルにかなりのダメージを受けました。私の顔を見るたびに怒鳴ってばっかりのあのお母様が、少女の頃は嫌がらせをされても口答え一つできない、おとなしく臆病な子供だったのだと侍女長のゾフィーは言うけれど、とてもじゃないが信じられません。


去年のちょうど今頃は、悪徳孤児院に役所の捜査が入って大騒ぎだったよなあ。これを超える騒ぎは起こるまい。来年はきっと平和な一年になるだろうと思っていたけれど、結果的には今年の方が大騒ぎでした。残りの二ヶ月は平和に過ごしたいものです。本当に平和であって欲しいです。

なぜなら来年は大変な一年になるとわかっているからです。


えっ?なぜ、わかるのかって?


それは私が、レベッカの人生二周目を生きているからです。


一度目の大陸歴314年は悲惨な年でした。

私が住んでいる国、ヒンガリーラントで天然痘が大流行し、私も感染、発症したのです。

私は一命をとりとめましたが、たった一人の弟や乳母、乳姉妹を天然痘で亡くしてしまいました。弟を失った母は精神的に不安定になり、後を追うように亡くなってしまいました。

そこそこに小金持ちだった、エーレンフロイト領の経済は大混乱に陥り、領地ではたくさんの人が餓死しました。そのほとんどが、弱い立場にあるお年寄りや子供だったのだろうと考えると、心臓を切り裂かれるような思いです。


ヒンガリーラント全体が大混乱の中にあって、復興の兆しもまるで無かった大陸歴318年。私は命を落としました。何者かに階段から転げ落とされたのです。なので、その後のヒンガリーラントがどうなっていったのか私にはわかりません。


その後の『私』は、地球で文子という名前の日本人になりました。

21世紀の地球は、あの恐ろしい天然痘がすでに撲滅しているという素晴らしい世界でした。

文子は児童養護施設育ちの孤児だったのですが、日本という国はそんな孤児にも四種混合ワクチンを打ってくれるという有難い国でした。

『衛生大国』の異名をとる日本は、コレラやマラリアや炭疽病やエボラ出血熱という恐ろしい病気とも比較的無縁でした。インフルエンザや日本脳炎などはもちろん、発症したら致死率100%と言われる狂犬病のような恐ろしい病気にも有効なワクチンが存在し、更に結核やペスト、梅毒といったかつては死の病と恐れられていたような病気にも特効薬がありました。


そんな、素敵な世界なので、血圧とコレステロールと血糖値に気をつけて、マメにガン検診を受けていれば長生きできると信じていたのに、逆走してきやがった自動車にぶつかられ、私は18歳で命を落としてしまいました。


そしたら何と、私は大陸歴311年のヒンガリーラントに戻って来てしまったのです。

あれは10月の事でしたので、私の人生二周目は、だいたい丸二年になります。



「ただいまー。」

と言って、私は寄宿舎の自室のドアを開けた。

アカデミーの授業が終わって、黙学室での自習時間も終わって、やっと部屋へ戻って来れたのだ。


「お帰りなさいませ、お嬢様。今日のお茶は、紅茶とほうじ茶のどちらになさいますか?」

「んー、任せる。」

と言いつつ、机の上に置かれていた新聞を手にとると

「お嬢様。新聞を読む前に制服を着替えてください!」

乳母のユーディットに怒られた。

私は、一旦手に持った新聞を机の上に置いた。ここで逆らうと、新聞を読む時間が先に伸びるだけである。ユーディットが用意してくれた部屋着をユーディットの手を借りて着替えるのだが、13歳にもなって人に服のボタンを止めてもらうのは旧日本人としては非常に小っ恥ずかしい。でも、それがヒンガリーラントのルールなのだから仕方がない。『文子』以上に貧乏暮らしをしていたコルネリアも、ドロテーアの手を借りて着替えるのにまだ抵抗があるようである。


「さーて、今日はどんなニュースがのってるかなー。」

椅子に座って、新聞をじっくり見つめる私。我ながらすげー、おっさんくさいと思う。いや、令和の世ではおっさんでさえ、こんなに真剣には新聞を読まないだろう。私だって、今ここに新聞とスマホがあったら先にスマホの電源を入れる。


私が毎日新聞を買っているのは、正確にはドロテーアに買いに行ってもらっているのには三つの理由がある。


一つ目の理由は、私自身が世の中の情報をいち早く知る為だ。テレビもインターネットも無い世界では、新聞こそが最大にして唯一の情報源なのである。私が買っている新聞は『宇宙人発見』というニュースをも堂々とのせる、娯楽性の強い新聞だが、だからこそ毎日読んでいても飽きないのだ。

そう遠くない将来、天然痘が西大陸に上陸する。その情報を私は1秒でも早く知りたいと思っている。そして天然痘が発生したら、三密を避け、ソーシャルディスタンスを保つつもりだ。それこそ、家族と全使用人と共に家の中に引きこもりたいと思っている。


二つ目の理由は、コルネの語彙力を伸ばす為だ。田舎の男爵領で監禁されるように育ったコルネは、同世代の子が普通に知っている事さえ知らなかったりする。びっくりしたのは『塩』という単語さえ知らなかった事だ。その反面「それは出版禁止用語ではないのか?」と思うような言葉を知っていたりする。コルネと一緒に新聞を読む事によって、コルネが何を知っていて何を知らないかがわかってあげられるのだ。金持ち学校に通って寄宿舎暮らしで、毎日同じメンツと同じような話をしていたのでは語彙力を伸ばすのにも限界があるが、新聞の存在は、コルネの知識量をワンランク上げるのに役立っているのである。


そして三つ目の理由は、ドロテーアを息子と会わせてあげる為だ。現在、コルネの侍女をしているドロテーアは、激動の人生を歩んで来た人だ。ギャンブル好きの夫と姑に娼館に売られ、幼い一人息子とも引き離された。その後女好きの男爵に身請けされて愛人になるが、その男爵家の一族の人々が人間のクズのような存在だった事が王家にばれ、男爵家は没落。ドロテーアは男爵家を追い出された。

今現在は、コルネの侍女として男子禁制のアカデミーの女子寄宿舎で暮らしている為、能無し夫から引き取った息子とは別々に暮らしている。せっかく引き取る事ができたのだから、一緒に暮らしたくないか?コルネの侍女の件なら私からお母様に相談してあげる、と言ったのだが、「一緒に暮らさなくても良い。」とドロテーアは言ったのだった。


「あの子も幼児ではありませんから、いろいろな事を理解しているはずです。短い間とはいえ娼館で働いていた母親に、思うところあるでしょう。一緒に暮らしていつも側にいるよりも、少し距離をとって時々会うくらいの方がいいのです。」


その気持ちは漠然とだがわかる気がする。『好き嫌い』と『生理的に無理』というのは別問題なのだ。


少し前の事、お父様がローテンベルガー公の姪の話をした時、冗談だが「その子、隠し子?」的な事を私は聞いたのだ。

たぶん、そんな事はないだろうと思ったが、ローテンベルガー家の話が出た時お母様が、というより背後に控えていたゾフィーと護衛騎士のビルギットが不穏なオーラを出し始めたので、それに気がついていないお父様に、自らの口で弁明をさせたのだ。

まあ、冗談のつもりで言っただけなのだけど、もしも本当にリアルガチにお父様に隠し子がいたら、お父様を別に嫌いにはならないだろうけど「大人って不潔だな」ときっと思う。ドロテーアの息子だって母親の事が好きだろうけれど、それと生理的嫌悪感のあるなしは別の話だ。これは善悪や、心の広さ狭さの問題ではない。


とはいえ、ドロテーアの息子はまだ11歳だ。なんだかんだ言っても母親が恋しかろう。というよりドロテーアが息子を恋しかろう。

今ドロテーアの息子は、新聞記者のデリクと下宿屋を経営しているマルテが面倒を見ていて、午前中は学校に通って勉強をしているらしい。そして午後からは、デリクが働いている新聞社で雑用のアルバイトをしているのだ。ヒンガリーラントには、児童労働を規制する法律はないし、何よりドロテーアの息子のハーラルト自身が新聞記者という職に興味を持っているのだそうだ。


なので、私は毎日ドロテーアにその新聞社まで、新聞を買いに行ってもらっている。そうすれば、1日数分とはいえドロテーアはハーラルトに会えるのだ。新聞社まで徒歩で片道30分もかかるが、ドロテーアは喜んで買いに行ってくれる。なので、毎日寄宿舎の部屋に戻ると休刊日以外は新聞が部屋にあるのだ。


私はふむふむと今日の新聞を眺めた。

「何いっ!」

ブルーダーシュタットの街で流行性耳下腺炎が発生したと書いてあった。


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