エーレンフロイト侯爵夫婦の昔話(8)(ゾフィー視点)
「アルベル。あなた、そのドレスどうしたのよ!」
とペトロネラが大声をあげました。
「お母様のドレスをリメイクして頂いたの。」
「ふ・・ふん。道理で生地が古くさいと思ったわ。」
とペトロネラが言いました。
思わずペトロネラに飛びかかって、ドレスをぼろぼろに引き裂いてやりたい衝動に駆られました。
「アルベル、新しいドレス作らなかったのか?」
とリヒャルト様が聞かれました。
アルベル様は微笑まれただけで返事はされませんでした。
「そのドレスの刺繍とても綺麗だな。睡蓮の刺繍は我が家らしくてとても良いと思う。そのドレスとても上品でアルベルに似合ってるぞ。」
と、リヒャルト様が言われました。
「ありがとう、嬉しい。」
とアルベル様がおっしゃいます。
そこへ伯爵と伯爵夫人がいらっしゃいました。
伯爵夫人がアルベル様を見て目を見開き、それから睨みつけてきました。でも、伯爵様がいらっしゃるからでしょう。何も言っては来られませんでした。
「伯母様ー。このドレス見て。素敵でしょう!」
と言ってペトロネラが、クルリと回りスカートを翻します。
「ええ、とても可愛いわ。ペティー。きっと王女殿下もペティーやアニーの前では霞んでしまうわね。二人が王女殿下に嫉妬されていじめられないか心配よ。」
何、バカな事ほざいてんのよ!
エントランスにも、しらーっとした空気が流れています。
「伯父様。このドレスいかがですか?」
とペトロネラが自分のドレスについて伯爵様に質問します。
「さあ、私には女性の装いの事はわからない。仕立て屋が良いと言った物なら良い物ではないのかい。」
この家の御用達の仕立て屋のセンスは当てになりませんよ!
と内心で思いました。
というか、アントニアとペトロネラは、ネックレスにブローチ、イヤリングにブレスレットと何でこんなにジャラジャラ宝石を着けているんだ⁉︎と思いました。アルベル様とメグ様は、最低限のアクセサリーしか着けていないのに。
伯爵様は何とも思われないのかしら?と思いましたが、伯爵様はご自分でも言われた通りファッションの事がよくわからないのでしょう。
「ねえ、リヒト。このドレスどうかしら?」
とペトロネラが甘えた声を出しました。それに対してリヒャルト様は
「アントニアもだけど、何で銀のバラの刺繍にしたんだ?夜会でその刺繍はよく見るけれど、由来はすごく有名な演劇で、ヒロインが葬式のシーンで銀のバラの刺繍をした服を着ていたからなんだろう。婚約パーティーなのに、その刺繍縁起が悪くないか?遅刻してもいいから着替えて来いよ。」
と言われました。ペトロネラの顔が真っ赤になります。
「ひどい!そんな事言うなんて。」
「リヒト!どうしてそんな冷たい事を言うの⁉︎お母様は悲しいわ。」
「感想を求められたから正直に言ったんじゃないか。会場に着いてから誰かに責められたら可哀想だからアドバイスしたんだろ。ねえ、父上も非常識だと思いますよねえ。」
「私には女性の装いの事はわからない。」
あー、伯爵様は装いの事がわかっていないのではなくて、口を挟むとろくな事にならないのをわかっていらっしゃるんですね。
そして、馬車はガタゴトガタゴトと王宮へ向けて出発して行きました。
その後、西館では『お疲れ様会』をしました。
西館のシェフがちょっと豪華な食事を作ってくれて、私達家族に振る舞ってくれました。
そして、夜になりアルベル様とメグ様が戻って来られました。
アルベル様は行く時にはつけていなかった、真珠と赤珊瑚でできたものすごく豪華な髪飾りをしておられました。そしてお二人とも、とても華やかなお揃いのブローチをしておられました。アルベル様のブローチは紫、メグ様のブローチはオレンジ色の石がついています。
「お帰りなさいませ。お二人共。パーティーはどうでしたか?」
「とても楽しかったわ。」
「普通。」
アルベル様とメグ様がそれぞれ答えられます。
「お二人共、そのブローチは無くしたら大変な事になりますので、伯爵様にお預けしておきましょう。」
とヨハンナ様が言われました。
「そうだね。アルベル、髪飾りも預けといたら。明日あたり、強盗が堂々と強奪しに来そう。」
メグ様がそう言うと
「そうね。」
と言ってブローチを外し、ヨハンナ様に渡されました。
「そのアクセサリー、どうされたのですか?」
と聞いてみたら
「挨拶に行ったら王女様がくれた。」
とメグ様が言われました。
「ええ!招待客全員にくださったんですか?」
「ううん。10人くらい。私達とお姉様達はもらった。リエ姉様がグリーンサファイアでマリ姉様がピンクサファイア、私のはオレンジサファイアでアルベルのは紫サファイア。あと王女様の従姉妹の大公女様とかももらってたよね。エレンも青いサファイアのをもらってた。」
「フリードリア様が開かれるサロンの、招待状兼入出証なのですって。今度、このブローチをつけてお茶会にぜひ来てね、と言ってくださったの。」
「わあ、すごいですね。」
「ちなみにアントニアとペトロネラはもらってない。だからたぶん、明日手下が盗みに来ると思う。」
とメグ様が言われました。
「それは、伯爵様に預けておかねばですね。」
と私は言いました。
「アルベル様の髪飾りは、エーレンフロイト様からのプレゼントなのですよ。エーレンフロイト様は、お揃いの真珠と赤珊瑚のブローチをつけておられました。」
とヨハンナ様が言われました。アルベル様の頬が少し赤くなります。
「エーレンフロイト様が会場までエスコートしてくださって。エーレンフロイト様はアルベル様の鼻の辺りまで背が伸びておられましたわ。
そして一曲目のダンスを二人で踊られて。その後の二曲目はアルベル様は伯爵様と踊られたのですけれど、何と三曲目にアルベル様は王太子殿下と踊られたのです。」
「ええー!」
「王太子様は一曲目を王太子妃様と踊られて、二曲目をフリードリア王女と踊られて、三曲目にアルベル様にダンスを申し込まれたんです!」
「すごいです、アルベル様!」
私は興奮して叫んでしまいました。
「その後、王太子殿下と踊られたあの姫君は誰だ?と会場中で話題になって、次々とダンスの申し込みがあるのを、エーレンフロイト様が必死になって追い払われたんですよ。」
ヨハンナ様はニコニコとして言われました。
「ちなみに王太子様、四曲目では、リエ姉様と踊ってた。マリ姉様は王弟のフェルディナンド殿下と踊ってたし。」
「すごいですー。」
今だったら、王太子殿下はご兄弟と王太子の地位を争われて、その争いでシュテルンベルク家が中立の家門だったから。と大人の事情がわかるのですが、当時はただただ驚いて感動してしまいました。
「エレンがお友達を紹介してくれて、たくさんお話しもしたの。とても楽しかったわ。」
とアルベル様が言われます。
「出てきたお菓子もおいしかった。お土産にちょっともらって帰ってきたから、みんなも食べてね。」
メグ様が、そう言われてみんな「わー。」と喜びました。
「アルベル様のドレスを本当にありがとうございました。助かりましたわ。」
と改めてヨハンナ様が私の家族に言ってくださいました。
「白いドレスを着られて良かったですわ。フリードリア殿下もドレスが素敵だと褒めてくださったんですよ。実はフリードリア殿下は今日、赤いドレスを着ておられたんです。婚約者のブランケンシュタイン小公爵は赤い髪をしておられてね。その色に合わせたドレスだったんです。」
「そうだったんですか。」
「婚約者様は、丸顔で優しい目のとても人が良さそうな顔をした素敵な方でしたよ。フリードリア殿下のドレスは光沢といいデザインといい素晴らしいドレスでね。そのうえ、数えきれないくらいのダイヤモンドをキラキラと飾っていて、本当に豪華な物だったの。赤いドレスの令嬢も何人かいらっしゃったけど、あのドレスに比べたらどのドレスも木綿のように安っぽく見えましたよ。」
ほほう。それは愉快な話を聞きました。ペトロネラの悔しがる顔が目に浮かぶようです。
「アントニアさんとペトロネラさんもパーティーを楽しんでたんですか?」
とビルギットが聞きました。
ヨハンナ様は、ちょっと意地悪な顔をして微笑まれました。
「さあ、どうでしょう。とにかくパーティーでは、皆様がフリードリア殿下を取り囲んで褒め称えていましたからね。何十人もの殿方がフリードリア様の側でフリードリア殿下に話しかけたり、ダンスを申し込んだり。と言う事は何十人もの令嬢が壁の花になったという事ですから。エスコート役のいない令嬢達はぽつんとただ立っておられましたよ。もちろんメグ様のように、美味しいものを食べるのが目的、という令嬢もいらっしゃるから、楽しいの定義は人それぞれでしょうけどね。」
「あんなに男友達がいるのに、誰からも誘われなかったのですか?」
私はちょっとびっくりしました。
「そういうものですよ。ペトロネラさんは、自分が男性を手玉にとっているつもりでしょうけれど、男性だって同じくらいの数の女性と遊んで手玉にとっているんです。そうして、好きに遊んだ後は、真面目で貞淑な女性を本命に選ぶのですよ。」
勉強になる話です。
でも、世の中はそうでなくちゃ不公平です。
アルベル様みたいに優しくて真面目な方が不幸になって、ペトロネラみたいな泥棒女がいい目をみるなんて事があったら、どう考えても不公平です。善良な人間が最後に笑う世の中でなくちゃおかしいと思います。
「ありがとう、ゾフィー。他のみんなも。私、今日の舞踏会に行けて本当に良かった。」
アルベル様がそう言ってくださってその場にいた全員が笑顔になりました。




