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ブランケンシュタイン家のお茶会(4)(アルベルティーナ視点)

思わずポカンとしてしまいました。

『塩』を知らない?

そんな馬鹿な!と思いますが、コルネは育ちの複雑さのせいで、意外な常識を知らない事がけっこうあります。コルネが育ったハイドフェルト領には海も、岩塩坑もありませんし、ろくな食事を食べずに生きてきて、今まで誰も食材や調味料について説明してくれなかったのでしょう。

私も

「今日のスープに入っているのはウズラ肉よ。」

とか

「体を温める効果のある生姜を入れているの。」

と説明した事はあっても、あえて『塩』を説明した事はありません。

だとしても、なぜ今聞くの⁉︎家に帰ってから聞いてくれれば良かったのに!


他のポカンとしていた方々が、一斉にクスクスと笑い出しました。その声を聞いてコルネは、真っ赤になって俯いてしまいました。

アーデルハイド様も鈴を転がすような声で笑われました。

「まあ、アカデミーの生徒さんって面白いのね。」


その瞬間空気が変わりました。アカデミーを馬鹿にされる元凶を作ったコルネを取り巻きの皆様が睨みつけます。

コルネは萎縮し震え上がってしまいました。

そして、同じソファーに座っている娘のレベッカが怒りのオーラを放っています。コルネを笑った人達に対して、怒りが燃えているようです。


お願いだから、喧嘩はしないで。

そして、『塩』が平凡であまり価値のある物ではないとか言うのもやめて!

そう言う事は、塩を持って来たローテンベルガー家の価値が無いと言うのと同じ意味になってしまいます。私は必死に目で合図を送りました。


「後から教えてあげるわ。」

「この程度の常識も知らないなんて、アカデミーに入るのは早かったのではないのでしょうか。」

「『塩』は魔法の粉なのよ。」


三人分の声が重なりました。

私と、フリードリア様の親戚の夫人と、娘のレベッカです。

重なったせいで音が混ざり、どの声も聞こえにくいものとなりました。


「え?」

とコルネが言います。

真っ先に言い直したのは娘でした。


「『塩』は魔法の粉なの。」

「魔法ですか?」

「ええ、そうよ。」


さっき以上に皆様がポカンとしています。私もしています。いったいこの子は何を言っているの?


「見て。」

と言ってレベッカはテーブルの上の、氷と飲み物が入ったボウルを指差しました。

「氷の中に液体の入った容器が入っていても、容器の中の液体は凍っていないでしょう。」

「はい。」

「真冬でなければ、どんなにたくさんの氷の中に入れていても液体は凍らないの。でも。」

そう言ってレベッカは、氷の中の飲み物の容器を全部出し、氷の中にさっきもらった塩をザザーっと全部入れてしまいました。

そして、未使用の錫のコップを氷の中に入れ、コップの中に冷やされていた砂糖入りのアイスティーと生クリームを入れました。そしてティースプーン3つを交差させた状態で持ち、泡立て器でかき回すように、生クリーム入りアイスティーをかき回しだしたのです。


カッカッカッカッカッ!

とリズミカルな音が響きます。


相変わらず皆がポカンとしている中、アイスティーが変化し始めました。アイスティー全体が固く泡だったメレンゲのように固まりだしたのです。

レベッカはティースプーンを取り出し、3つともにその固まったアイスティーを入れました。

「食べてごらん。」

と言って、そのスプーンのうちの1つをコルネの口元に近づけます。コルネはパクッと食べました。途端にコルネの目が輝きました。


「おいしい!」

さっきまでの萎縮した様子はなくなり、とても興奮しています。

「すごくおいしいです。生クリームみたいなのに氷のように冷たくて、もっと固くて、でも氷と違って柔らかくて、雪を頬張ったらこんななのかな。でも、すごく甘くて口の中ですっと溶けて。ものすごくおいしい。今まで食べた物の中で1番おいしいです!」

「絶対凍るはずのないアイスティーが、塩の魔法で凍ったの。でも、空気がたくさん入っているから、柔らかいの。」

と言いつつ、レベッカは自分もパクッとスプーンを口に入れ、更に残りのもう一本のスプーンをユリアに渡しました。

ユリアは何も言いませんでしたが、食べた瞬間の表情を見たら、どれだけ驚いてどれだけおいしかったかわかります。

口の肥えたユリアがおいしいと感じるのなら、相当でしょう。


肝心の娘は

「あー、やっぱちょっとシャリシャリしてるか。まあ、本物の泡立て器じゃないから仕方ないな。」

とつぶやいていました。その娘の隣に座っているエリザベート様が、娘の持っている錫の容器にスプーンを入れて、中身をすくいとりました。それを食べて

「蒼ざめるほどおいしい。」

と言いました。

それを見ていた皆がザワザワし始めました。


「レベッカ様。どうして、紅茶が凍りましたの?いったいどういう仕組みですの⁉︎」

取り巻きの夫人の一人が興奮して聞きます。

「はっ?」

とレベッカは冷たい声で言いました。

「どうして説明する必要があるのですか?どのような理論なのかはご存知でしょう。それとも、ご自分の無知を棚に上げてコルネの事を笑ったのですか?」


・・・。

空気がピキッとなりました。

でも、娘の言う事は間違っていません。コルネはいわば、娘の『寄子』です。他の派閥の人間に攻撃されたら、娘にはコルネを守る義務があるのです。

そもそも、取り巻きの夫人方より、男爵令嬢であるコルネは身分が上なのです。それを、数をかさにきて笑ったり睨んだりするなんて非常に無礼な行為です。それにもし、コルネの身分の方が下だったとしても、自分の娘と年の違わない子供を笑い物にするなんて褒められた事ではありません。


「私も食べてみたいわ。」

とステファニー様が言われました。

娘が、錫の容器をステファニー様に渡そうとします。私は慌ててゾフィーに目でサインを送りました。王族の方に直接食べ物を渡すなんてもってのほかです。必ず、毒味係の侍女を通さねばなりません。ゾフィーが素早く娘の側に移動します。


「お嬢様。」

と小声で囁き、錫のコップをゾフィーは娘から受けとりました。

「お毒味をさせていただきます。」

と言ってゾフィーが、一口コップの中身を食べます。それから、ステファニー様の侍女にコップを渡しました。

ステファニー様の侍女が毒味を必ずするから、ゾフィーがする必要は本当はないのですが、ゾフィーも食べてみたかったのでしょう。


ステファニー様の侍女が毒味をしてから、ステファニー様にコップを渡しました。

「コップがかなり冷たいのでお気をつけください。」

と侍女が言い添えます。

ステファニー様とイーリス様がコップの中身をスプーンですくって食べられました。

「まあ、なんておいしいのでしょう!」

「そうね・・氷に塩を入れると・・うん、それから。確かに理論上・・。」

イーリス様が何か言っています。彼女には如何なる理論なのかがわかるのでしょう。


「私も頂ける?」

とフリードリア様が言われました。ゾフィーがコップを受け取りこちらに運んできます。ゾフィーがフリードリア様の侍女にお渡しする前にスプーンで中身をひとすくいし、私に渡してくれました。

私もそれを食べてみました。


・・・これはおいしい!

まず、体験した事のない食感です。冷たさのせいで甘さも全くしつこくありません。口の中ですっと溶ける感覚がとても心地よいです。


どうしてこんな珍しい菓子を知っているなら、こんな場所で披露するの!

と叫びたくなりました。

我が家のお茶会で披露していたら、王都中の評判になったのに、作り方まで衆人環視の中公表して!


今、作り方を見ておいしいと思った人達は絶対この菓子を自分でも作ってみる事でしょう。娘は『魔法』とか言っていましたが、魔法のわけありませんし、ものすごく簡単な方法です。氷は高価なので、手に入れられる人はそうはいないかもしれませんが。


「まああ、おいしい!」

とフリードリア様が言われました。そして、コップの中身を全部食べてしまわれました。もともとコップ一杯分ですから量が少なく、皆が次々と食べたのでそんなにたくさんは残ってなかったのです。なかったのですが、食べられなかった方々から、ガッカリ、という空気が伝わってきました。


「ローテンベルガー領は、魔法の国なんですね。」

とコルネがキラキラした目で言いました。エーレンフロイト領でも塩は作っていますよ。と家へ帰ってから教えねばなりませんね。


「本当ね。素敵な物をありがとう。ローテンベルガー夫人。アーデルハイド様とお呼びしてもかまわないかしら?」

とエリザベート様が微笑んで言われました。


「・・ええ、ぜひとも。」

少し呆然とした顔でアーデルハイド様が言われました。エリザベート様がこう言われた事でブランケンシュタイン家とローテンベルガー家の関係は丸くおさまりました。さっき、アーデルハイド様を馬鹿にするように笑った人達が少し気まずそうな顔をしています。


しかし、フリードリア様はまだ少し機嫌が悪いようです。

「ねえ、レベッカ嬢。この魔法は、ローテンベルガー家の塩だけができる魔法なのかしら?」

と聞かれました。

ここで

「どれでもできます。」

と言ったら、ローテンベルガー家の価値が落ちますし

「そうです。」

と言ったら、製塩業をしている我が家の塩の価値が落ちます。意地の悪い質問を・・。と思ってハラハラしていると、娘は軽く首を傾げ

「わかりません。私も今初めて作りましたので。」

と答えました。


ある意味百点満点の答えです。

ただ、皆の間でまたどよめきが起きました。

「素晴らしいわ、エーレンフロイト姫君。貴女は『作り出し証明できる』人なのよ。」

とイーリス様が言われました。

「貴女のような娘が欲しかったわ。」

「駄目ですよ。」

と慌てて、ステファニー様がイーリス様に言われました。

「レベッカ姫は私の娘になるんです。」


なぜか、娘が遠い目をしました。


それにしても、なんだかんだで娘が上手い事丸く収めたような気がします。ブランケンシュタイン家とローテンベルガー家を丸く収めて、アーデルハイド様に、ヒンガリーラントにもおいしい菓子がある事を証明して、お茶会デビューしたコルネを笑った人達にギャフンと言わせました。


ここで、黙っててくれたら良かったんですけど。

『魔法のコツ』を根掘り葉掘り詳しく聞いてくるエリザベート様にペラペラと情報を渡しています。


「液体を入れる容器は陶磁器よりも金属がいいですよ。熱の伝導率がいいですから。紅茶でなくても生クリームと合う食材なら何でもおいしくできます。コーヒーとか卵とかチーズとか。ブルーベリーやサクランボのジャムもいいですね。大人しか食べないのならお酒もいいんじゃないですか。砕いたクッキーや刻んだナッツを入れたら食感が変わります。」


うるさい、もう黙れ。と思いますが、娘の口は止まりません。できる限り喋るなと言い含めておいたのに、娘は好きな本と食べ物の話になると、リミッターが外れてしまうんです。


義務は果たしたし。レベッカの口が閉じたらもう帰ろう。と私は思いました。

胃に穴のあきそうなお茶会の話でした。


ブクマ評価本当にありがとうございます。次から第五章になります。第五章はサスペンス編。一章以来、ほとんど出番のなかったコンラートがメインゲストになります。

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