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10枚の銀貨

こんな事を聞いたら馬鹿にされるかな、と思ったけれど。


コンラートは真面目な顔で

「我が国には、銅貨と銀貨と金貨の3種類があるのは知っているか?」

と、聞いてきた。私はうなずいた。

「銅貨100枚と、銀貨1枚が同じ価値だ。銀貨100枚と金貨1枚が同じ価値になる。銀貨1枚というと、そうだな。私の館で働いているメイドの一週間の給金が、ちょうど銀貨10枚だ。」

んがっ!と変な声が出そうになった。今、私の手にあるベルが、庶民の給料一週間分!


ちなみにこの世界でも一週間は7日で、地球と同じだ。

だけど一ヶ月は基本30日。一年は365日なので、一年は13ヶ月ある。1月から12月までは30日。13月だけは5日で、四年に一回6日になるのだ。

それは、高いな。と、私は蒼ざめた。文子だった頃、せっせとバイトに励んでいたので、お金の大切さは骨身にしみてわかっている。


私の顔が引き攣ったのを、なんか勘違いしたらしい。

コンラートは小さく咳払いして

「新人のメイドの給金だ。相部屋だが、寝る場所を用意して、食事も3食出している。仕事で使う服も靴も用意している。だから、街で暮らす平民達よりは少ないが、一般的な額だと思う。」

と言った。

「そうなんだ。なんかごめんね。高い物を買ってもらって。」

「いや、この程度の額で、シュテルンベルク家は別にどうかなるような家ではない。そもそも、君が渡した髪飾りだって、銀貨50枚くらいは軽くいくはずだ。私は女性の装身具には詳しくないが。」


馬車の中でつんのめりそうになったのは、激しい揺れのせいだけではない。

そんな、高い物を身につけさせられていたというのに驚きだ!でも、王宮を訪問したのだから当然だったかもしれないが・・。

「平民が、『中流』と呼ばれる境目が、年に金貨10枚稼げるかどうか、だと聞いた事があるような気がする。」

と、コンラートは言った。金貨10枚は、銀貨1000枚だ。一年間はだいたい52週なので、週に銀貨20枚稼げる人は中流階級と言えるらしい。


日本の中流階級が、どれくらいの年収なのかはわからないが、まあ仮に300万円以上としよう。

その場合、金貨10枚が300万円。銀貨10枚が3万円。1枚なら3千円。銅貨1枚が30円というところだろうか。

この世界の正確な物価がわからないから、何とも言えんけど。


お金の事も、もっと勉強しなくっちゃ。と、考えていると、コンラートがポツリと

「『紅蓮の魔女』の事は気にするな。」

と、言った。

「貴族とはだいたいにおいて、戦争で功をたてた者の子孫だ。戦争の英雄とは結局のところ皆、人殺しだ。軍を率いて、紅蓮の魔女が殺した以上の人間を殺したという人間はたくさんいる。そもそも、貴族にとってどんな先祖がいるかなど関係がない。貴族の身を尊いものとするのは、どんな偉大な先祖がいたか、どんな愚行を犯した先祖がいたかではなく、己自身の高潔さだ。」


・・ああ、これを伝えたかったから、うちの馬車に乗り込んできたのかとわかった。

寄り道をしようと言ってくれたのも、私を励ます為だったのかな。

コンラートはきっと本当に、紅蓮の魔女の事なんか関係ないと思っていてくれるのだろう。

『偏見』ほど、人の思いの中で親から幼い子供へと強力に遺伝する物は無い。

コンラートのお祖父様には、エーレンフロイト家への偏見が全く無かった。だから、可愛がっていた妹をお父様に嫁がせた。その思いが、コンラートのお父様に遺伝し、コンラートに伝わったのだ。

だけど、コンラートみたいな人は少数派だ。ほとんどの貴族が、自らの先祖と血筋を誇り、エーレンフロイト家に偏見を持っている。

だからこそ、コンラートの優しさが心にしみた。


正直、私の中身はそれなりの年だし、14歳の男の子なんて子供すぎて恋愛対象になんかならないぜ!

と、思っていた。

けど、今かなりコンラートに私はキュンキュンしている。

けどやっぱり、コンラートはあかんよね。

なぜなら、コンラートにはもう婚約者がいるから。


私は、処女航海で氷山にぶつかり、海のモクズとなった船の映画を見ても、ひとカケラも感動しなかったくらい不倫とか略奪愛には反対派な人間だ。

だから、婚約者のいるコンラートに『運命の人』だの『真実の愛』だのたわごとを言って、コンラートを婚約者から奪ってやろうとかいう気はさらさら無い。

というか、今コンラートの事を素敵な男の子と思っているが、もしもコンラートが婚約者を捨てて、私に言い寄ってきたりしたらコンラートへの好感度が大暴落すると思う。正直、今こんなにコンラートに良くしてもらっているのも、婚約者さんに悪いと思っているくらいだ。


・・・いや、まあ思う必要もないか。

あの女には、わりとひどい目にも遭わされたしな。

子供の頃、コンラートの家の庭で捕まえたエリマキトカゲを、コンラートのお祖母様に見せてやれ、とそそのかしてきたのはあの女なのだ。

今だったら「おまえが行けや!」と、言ってやるところだが、あの頃の私は純粋だった。

彼女の口車にのせられた私は、お母様にそりゃもう、がっつりと怒られ、お母様のご友人方には、『気色悪い子』という烙印を押されてしまったのである。


他にも数々コケにされた記憶があるが、それを理由に『性格がひん曲がった奴』とか『コンラートにはふさわしくない』とか言う気はない。いろんな人間がいるのが、人類社会というものだ。まっすぐな木だけでは家は建たないという諺もある。コンラートが良いのなら、別に良いのだから。


だけど、私は内心首を傾げた。

過去世でコンラートが結婚をしたという記憶が無い。

私達は親族なのだから、結婚するとなったら結婚式に呼ばれたはずだ。私の病気の件があって、招待を遠慮したのだとしても報告くらいはくるはずである。

どうしてだろう?と、考える事十数分。

家に着く直前で私は理由を思い出した。

そうだ。コンラートの婚約者は、私が13歳くらいの頃に亡くなったのだ。


平民の恋人と心中したのである。

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