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1階から3階へ

第五章に入るまでの、短めの日常話になります。

9月も半ばを過ぎた頃、私はアカデミーの寄宿舎に戻って来た。

ユリアとユーディットに加えて、コルネにドロテーア、そしてカレナが一緒である。

コルネはこの数日、お勉強の基礎の基礎を頭に詰め込まされていて、頭が疲れ過ぎたのか、何か表情が虚ろになっている。

そういえば、コルネの部屋はどうなるのだろう?人見知りが激しいうえ、対人恐怖症の気があるので、できたら1人部屋とかにしてあげてほしいのだが。

と思いつつ、アネモネの間に向かったのだが。

その後波乱が待っていた。


「お姉様あ。お帰りなさい。」

「ベッキー様。やっとお会いできて嬉しいです。」

私が寄宿舎に戻ると、すぐさまアグネスとユスティーナが駆けつけて来た。

個室の訪問は規則で禁止されているが、別にこれが『波乱』だったわけではない。

波乱を連れて来たのはエリーゼ様だ。


「やっと来たわね、3人共。で、帰って来たばかりで落ち着かないだろうけど、一息つく前にベッキー。貴女3階に荷物を移動させなさい。」

「・・・えっ?」

「貴女とコルネリアが、3階の『睡蓮の間』を今日から使いなさい。」

「えっ!どうして⁉︎・・というか、その部屋誰かが使っているはずでしょう?」

「ジークルーネが使っていた部屋です。彼女がいなくなった後、オルガマリー・フォン・ホルツヴァートが1人で使っていました。しかし、夏休みの前にコンスタンツェ・フォン・アーベルマイヤーが退学したので、同室者だったリーシアが1人になりました。なので、オルガマリーとリーシアを同じ部屋にして、空いた一部屋に貴女とコルネリアが入るのです。ジークルーネも、戻って来る気配がありませんし、そもそも侯爵令嬢である貴女が1階にいるという事が異例だったのですから。」


えー、部屋が3階ってめんどくさいー。1階がいいー。

と思ったが、エリーゼに逆らえるわけがない。仕方ない、と諦めた私だが、猛抗議を始めた人間がいた。ユリアである。


「絶対嫌です!ベッキー様と違う部屋になるなんて。私、絶対嫌!」

すごい剣幕だった。


今から1年と少し前。弟のヨーゼフがコンラートに部屋を別にする、と言われてギャン泣きしていた、という話をした時、ユリアはものすごくヨーゼフに同情していて「自分でも身体中の水分が無くなるくらい泣く」と言っていたので「優しい子やー。」と思っていたが(『お茶会への招待』に詳しく書いてます。)ほんと、すごい勢いで泣き叫んでいる。


正直びっくりした。

ユリアは故郷ではすごいお嬢様なのに、アカデミーでは平民という事で、いつも辛抱強く控えめで感情的になったりわがままを言ったりする事が無かった。

それが、エリーゼ様に真っ向から楯突いている。

気持ちはありがたいが、やめておけ。とちょっと蒼ざめた。


「10月に、ブルーダーシュタットから3人、平民の新入生がアカデミーに入って来ます。ユリア、貴女にはそのうちの1人と同じ部屋になってもらいます。これは決定事項です。」

「嫌です!」

「ユリア、落ち着いて。部屋は別になったとしても学年は一緒なのだから、授業中は一緒じゃない。」

と言って私はユリアの肩を叩いた。

「授業中はおしゃべりできないじゃないですか。」

「そらー、まあそうだけど。」

「嫌です!寄宿舎に戻ったら、もっと一緒にいられるって思ってたのに。そう思って我慢してたのに!」


そりゃあ、私だって本音を言えばコルネと同室になるよりユリアと同室の方が気は楽だ。

・・でも、エリーゼには逆らえないよ。だって、言ってる事間違ってないんだもん。

私達にはアカデミーの先輩として、途中入学して来る子らを支えてあげる義務があるのだ。


こんなに年上のユリアが叫んでいたら、気の弱いコルネが「私、ベッキー様と一緒でなくてもいいです。」って言うんじゃないかな、と思ったが、見るとコルネはユーディットに私の机とチェストの場所を聞いて、せっせと私の私物の荷造りを始めていた。そしてそれを、カバンに入れたり紐で縛ったりして両手で持ち

「ベッキー様、早く3階へ行きましょう。」

と言った。

その声を聞いてユリアが、きっ!とコルネを睨みつけ


「コルネ様なんか大っ嫌い!」

と叫んだ。

・・子供のような事を。と思ったが、考えてみたらユリアはまだ13歳だもんな。人生の通算が40年近い私とは違うのだ。


面と向かって「大っ嫌い」なんて言われたらコルネがショックを受けて泣きだすのでは、と思ったが、振り返るとコルネは思いっきり舌を突き出していた。


意外な一面を見た。どれほどか弱く見えても、やっぱレントの子だ。

ブルーダーシュタットで買ってきたお土産のぬいぐるみを渡そうと思っていたのに、いつのまにかアグネスとユスティーナがいなくなっている。面倒に巻き込まれたくなくてフェードアウトしたな。


そうして、私のアカデミー生活は再開した。



新しく私の部屋になった『睡蓮の間』は、角部屋で、その性質上今までの部屋よりちょっぴり広かった。

ユーディットが、過ごしやすい部屋になるよう部屋を整えてくれて、ドロテーアがいろいろと教えを乞うている。


「お嬢様、お茶を飲まれますか?」

とユーディットに聞かれたが、夕食の時間が迫っていたので、後でいいと答えた。

夕食の時間になり私とコルネ、ユーディットとドロテーアの4人で階段を降りて行った。今までは食堂が近かったのに今度から面倒くさい事になるなあ、と考えた。


食堂に着くと私はコルネと隣同士に座った。給仕の仕方についてユーディットがドロテーアに説明している。


「まあ、もしかしてあなたがハイドフェルト家のコルネリア様?」

と言って、幾人かの生徒が寄って来た。私も普段あまり話した事の無い女の子達だ。

「ふふ、大変でしたよねえ。男爵家の方はもう大丈夫ですの?」

「お兄様は、もう怪我は治られたのかしら?ほんとに大騒ぎでしたものね。」

「詳しくお話伺いたいわあ。だって、想像もできないようなお話ばっかりなんですもの。」


・・それをコルネに聞いてどうする!と思う。他人の家の不幸が楽しくてたまらない、といった様子にイラッとした。

かと思えば、別の年上の女の子が来て

「本当に大変でしたわね。きっとお辛かったんだろうなと思いますわ。まあ腕も枯れ木のように細い。わたくしのできる事があったら何でも言ってね。私はあなたみたいな可哀想な子のお味方よ」

と、謎の上から目線を披露する子もいる。

コルネは怯えたように俯いて、私の側にズリズリと近づいて来た。


「散れっ!」という念を込めて、私はおしゃべり雀共を睨みつけ

「自己紹介もせずに、言いたい事を言いたいように言いたいだけ言う人の事は無視していいわよ。」

とコルネに言った。

私としては、今まであまりさらされた事の無い同世代からの悪意のせいで、コルネが闇落ちするのが1番怖いのだ。

内心、コルネにはアカデミーはまだ早かったのではと思う。

特に、授業の最中は私もドロテーアも側にいない。虫のようにどこからともなく湧いてくる、意地の悪い子や無神経な子とコルネは戦えるだろうか?

侯爵邸で皆に守られていた方が良かったのではと不安になる。


その後すぐ、ユリアとカレナが食堂に入って来て、ユリアは私の正面に座った。ユリアはまだ目を赤く腫らしていたが、笑顔で私に挨拶した。なのにコルネの事は無視をする。それでなくてもおいしくない寄宿舎の料理が、ますます胸に詰まりそうだ。

そこに

「お帰りなさあい。ベッキー様あ。」

と空気の読めないリーシアが現れて、ユリアの隣に座ってくれたのでなんかホッとした。


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