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高潔な人

よくよく話を聞いてみると、アリーセとロミルダは虐めて来なかった、気が向いた時物をくれた、というレベルだったが、ドロテーアという人は積極的にコルネリアを助けてくれたようだ。母親が死んだ後、コルネリアが生き延びて来られたのはドロテーアがいてくれたからみたいである。


母親が生きていた間は、母親が実家から連れて来た侍女がいろいろと世話をしてくれたらしい。それに、母親が実家から持って来ていた服や小物を売って必要な物を買ったりしていたようだ。だが、母親が病死すると侍女は家から追い出された。コルネリアは、離れに押し込まれ、食べる物ももらえず、庭に生えていたスモモの実や、ベリーを食べて飢えをしのいでいた。


コルネリアが住んでいた小さな離れの側に、少し大きめの離れがあって、そこに男爵の愛人が10数人住んでいた。そのうちの一人がドロテーアだった。ドロテーアは1階の角部屋に住んでいて、いつも窓から外をぼんやりと見ていた。

そして、木の実を拾って食べていたコルネリアを窓辺に「おいで」と呼んだ。


「パンあげるから食べなさい。」

と言って、自分の食事からパンを渡してくれた。

ドロテーアだって、余るほど食べ物をもらっていたわけではない。薄い野菜のスープとパンだけで、しかも食事は1日2食だった。

コルネリアは、毎日ドロテーアからパンをもらっていたが、それに気づいた時パンをもらいに行くのをやめた。でも、ある冬の日、朝パンをもらいに行かなかったら、夕方になってたまらなくお腹が空いた。それで、ドロテーアの部屋の窓の側に行くと、ドロテーアは窓を開け

「どうしたの?朝、体の具合が悪かったの?」

と聞いてコルネリアにパンを2つくれた。それ以来、コルネリアは毎日欠かさずパンをもらいに行くようになった。


「あなたを見ていると息子を思い出すわ。」

とドロテーアは言った。

ドロテーアは、昔学校で教師をしていたらしい。でも、結婚した時に仕事は辞めた。息子が一人生まれたが、その頃から夫がギャンブルにのめり込むようになった。夫は大量の借金を作り、家に毎日のように借金取りが来るようになった。

大声で怒鳴り回す借金取りに、同居していた姑は

「うちには金になる物なんか、その嫁しかないよ。だから、その女を連れて行っておくれ。」

と言った。それで、ドロテーアは娼館に連れて行かれた。

年増だが美人で教養もあったドロテーアは、領主である男爵に身受けされた。だけど、領主の館にはドロテーアのような女が何人もいた。

あっという間に飽きられて、ドロテーアは忘れられた。


息子が恋しくて、領主の館を抜け出し家へ戻った事もあった。

だが、幼い息子は母を見ると烈火の如く怒り

「貧乏が嫌で、俺とお父さんを捨てて貴族のアイジンになったんだろ!おばあちゃんから、全部聞いているんだからな?」

と言った。

違うと言いたかった。

だが貴族に身受けされた自分は息子の側にいてやる事はできない。息子の側にいるのは姑だ。なら、息子と姑を仲違いさせるような事を言ってはならない。そう思って、何も言わず領主の館に戻った。


「あの子、ご飯食べてるかな?」

コルネリアを優しい目で見ながらドロテーアは言った。

ドロテーアの夫は、領主の館の門番の仕事をしていた。そして、時々ドロテーアに会いに来て金を無心していた。言うセリフはいつも同じだ。

「息子が病気だけど薬を買う金がないんだ。」

そう言われるとドロテーアはいつも、男爵に貰ったアクセサリーや小物を渡していた。


「・・ウソだと思う。」

とある時、思いきってコルネリアは言った。

「そうね。でも息子に『おまえの母親はおまえが病気だと言っても、知った事かと無視をしたんだ』って言われたくないの。だから、自分の為なのよ。」

と言ってドロテーアは微笑んだ。


ドロテーアは、パンをくれるだけでなく、文字や数字を教えてくれた。それにアーダルベルトから守ってくれた。

ある日の夕方、コルネリアは離れの近くの井戸で体を拭いていた。すると、酒に酔ったアーダルベルトが現れた。そして、下着姿のコルネリアをジロジロと見て

「そうだよな。おまえもガキだけど女なんだよな。」

と言って、にたあ、と笑いコルネリアに

「来い!」

と言って腕を引っ張った。コルネリアが恐怖でガタガタと震えていると、艶めかしい声がした。

「そんな子供相手に何してんの?それより、私と行きましょう。」

普段、ただ窓辺にぼーっと座っているだけのドロテーアが、外に出て立っていた。

「へへっ、そうだな。」

と言ってアーダルベルトは、コルネリアの手を離しドロテーアの肩を抱いた。

「離れに戻りなさい。」

とドロテーアがコルネリアに言ったので、コルネリアは走って帰った。自分の代わりにドロテーアがどんな目に遭うのか想像し、恐怖で涙が止まらなかった。



あの、クソ野郎がっ!!


私の手は怒りでブルブルと震えていた。


実は、あの男には、少しばかり悪い事をしたかな。と私は思っていたのだ。

あそこまで大怪我をさせるつもりはなかったし、及び腰になっていたあの男が私に斬りかかってきたのは私が

「かかってこいやーっ!」

と言ったからだ。

なのにガレー船送りは可哀想だったかな?と思っていたが、死刑でも生ぬるいようなクソ野郎だった。

もう2、3本骨を折っておくべきだったと、心の底から後悔した。



コルネリアが王都までやって来たのもドロテーアが後押ししてくれたからだ。修道院にやられる前に、一目でいいからお父さんに会いたい、と話したら、会いに行くようにと言って持っていたお金を全部くれたのだ。

会いに行っても迷惑かも、と言うと

「子供が会いに来てくれて喜ばない親はいないよ。私の息子がもしも私に会いに来てくれたら、私は嬉しくてきっと泣き崩れてしまう。」

と言って背中を押してくれた。


「私が王都に来られるよう私にお金を渡した事が坊っちゃまにバレたら、ドリーはすごくひどい目に遭うと思う。」

と言ってコルネリアは、しくしくと泣いた。


この話をしている今現在、男爵様は貴族牢に投獄中である。どちらにしても、離れに10数人いるという愛人達の現在と将来は明るい物ではないだろう。


それにしても。

恵まれた地位と立場にあっても、弱者に酷薄に振る舞う奴もいる。

それとは逆に、どれほどの逆境の中にあっても、高潔さと優しさを失わない人もいる。

同じ人間なのに、何がそれを分けるのだろう?そう思わずにはいられない話だった。

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