裁判
私はフリーズした。
コルネリアだと!!!
名前がコルネリアで、姓のハイドフェルトは男爵家。実の父親は元宮廷画家という事は、この子も絵が上手なのが遺伝しているかもしれない。
何てこった!
わざわざ家出して、下町を歩き回って、ぶっとい死亡フラグをわざわざ拾って家に持って帰ってしまった!
私の様子がおかしくなったのがわかったのだろう。アンネリエ改めコルネリアが怯えたような顔をした。
「は・はは。」
私は何とか無理をして笑い、ぽんぽんとコルネリアの肩を叩いた。
「昨夜、橋の下で過ごしたのならあんまり寝てないのでしょ。ゆっくり眠りなさい。」
「はい。」
「じゃあ、いつまでもここにいるとお母様に怒られるので私も自分の部屋に戻るね。ゆっくり休むんだよ。」
私は自分の部屋に戻った。思いっきり大きなため息をつきたい気持ちだったが、ユリアやビルギットの目があるのでそうもいかない。
それにしても、こんな偶然ってある⁉︎
もちろん、今更追い出すわけにはいかないし、そんな事したら逆にフラグが、ガッチリ立ってしまう。
「口があるのだから話し合いなさい。」
とレントは言った。話し合ったら、いつかフラグが折れる日が来るんだろうか?
今はまだ、そんな未来は見えなかった。
それからすぐに。
アーダルベルト氏の裁判があった。
歯やら骨やらいろいろ折れてしまったアーダルベルト氏は、自分の方が被害者だ!と言い張ったらしいが、その理屈は通らなかった。
そもそも、自分は貴族なのだから貴族に対する無礼は許されないというのなら、男爵家の一員の彼が、侯爵令嬢である私に無礼な態度をとってはいけない事になる。
どんな理屈であれ、暴力は良くない。と言うのなら、コルネリアの髪をつかんで引きずり回した事も、武器を持たない私とコルネリアに剣で斬りかかった事も重罪だという事だ。
どちらにしても、犯罪なのである。
最終的についた罪名は、私とコルネリアに対する『殺人未遂罪』だ。
「殺せ。」というセリフを連呼していたのを、たくさんの人達が聞いていたのだから、言い逃れはできなかった。
アーダルベルトは剣を持っていたが、私は刃物を持っていなかった事、先にアーダルベルトの方が手を出した事から、私は正当防衛が認められて無罪になった。
『殺人未遂罪』は、改心しなかった場合罪人は死刑になる。なので「自分は悪くない」「義兄上に命令されただけだ」と言い張っていたアーダルベルトは、裁判になるとすぐ手のひらを返したように反省の弁を述べた。
結果、アーダルベルトと付き従っていた護衛騎士は『海軍所有のガレー船での労働10年』という刑に処される事になった。
「ガレー船とかって今でもあるんだ!」
私は驚いた。
ガレー船なんて、古代ローマを舞台にした映画の中でしか見たことがない。
地球の歴史の中でも、いったいいつ頃まで存在していたのか私は知らなかった。たださすがに21世紀には絶滅していたと思う。
古代ローマのガレー船を漕いでいたのは、囚人とか奴隷とかだったので、私の中でガレー船というのは劣悪な仕事環境の代名詞みたいなものだった。鎖に繋がれ、万が一船が沈んだら一緒に海の藻屑である。激しい肉体労働だし、自由にトイレに行く事も叶わないだろう。それが10年か。
「蒸気船はまだまだ希少ですから、商船でも軍船でもガレー船は多いですよ。」
とユリアに言われ、自分はまだまだこの世界の常識をわかっていないのだと痛感した。
アーダルベルトが「義兄上に『殺してでも連れ帰れ』と命令されたからやったのだ」と何度も連呼したせいで、ハイドフェルト男爵も裁判に召喚された。加えて、コルネリアに対する虐待の容疑を取り調べる為、妻と妹も呼び出された。
ハイドフェルト男爵は
「自分は、殺してもかまわない、などとは言っていない。」
と殺人未遂については否認したが、虐待については
「当然のしつけだ。」
と、むしろ自慢げに語ったという。
「愚かな子供は、ムチを振るわなければ反省も理解もしない。子供の為にムチを振るってやってあげていたのだ。」
と男爵夫婦は言った。使用人からも、男爵夫婦が率先して体罰を加えていたという証言が取れた。
「わかった。」
と国王陛下は言った。貴族の裁判は最終的な判断は国王が下す事になっている。
「愚かな人間にはムチが必要だというそなたの意見を認めよう。よって、年端もいかない子供の背に数えきれないほどのムチを打ち、食事も与えず、暴言を浴びせ続けた『愚かな』お前達夫婦をムチ打ち刑に処す。王宮前広場にて服を剥ぎ取り、50回ずつムチで打て。」
コルネリアを殴る時は男爵夫婦は眉一つ動かさなかったのに、自分達がムチで打たれるとなると泣き叫んで慈悲を乞うたという。
更に王様は、男爵の妹でアーダルベルトの妻に、コルネリアの代わりにマイフェルベックの修道院へ行く事を命じた。
コルネリアの養育権は、ハイドフェルト男爵から私のお父様に移された。ハイドフェルト男爵は、養育費と慰謝料として金貨1000枚をエーレンフロイト家に支払うように、と命令された。それを1枚残らず払い終えるまで男爵夫婦は牢獄に入れられる事になった。
「まあ、牢獄って言ったって、貴族用の綺麗な所なんでしょう。」
と私が言ったら、ジークが
「貴族専用の文化的な牢獄は衣食を家族が用意しないといけないんだ。上着も布団も食事もみんな家族持ちで、家族が支払いを渋ったら餓死するか、凶悪犯もうじゃうじゃいる、非文化的な一般牢に自分の意思で移動するかのどっちかだ。ハイドフェルト家は、たいして裕福ではない貴族家だから、金貨1000枚用意するには領地とか売らなきゃ無理だぜい。正直子供達や他の親族がそこまでするかな。金貨1000枚踏み倒して親に餓死してもらう方がいいとか考えたりするんじゃないかな。」
だが、さすがに外聞が悪いと思ったのか、親に対して情があったのか、金貨1000枚は3週間後に払ってもらえた。つまり3週間は男爵夫婦は牢獄内にいたという事だ。ムチで打たれた傷跡は治ったかもしれないが、ハイドフェルト家は国中の笑い者である。領地の9割を売ったという話だし、社交界からも村八分にされて、ハイドフェルトを名乗る人々にとって、残りの人生は茨の道だろう。
「一罰百戒にされたのさ。」
とジークは言った。
「後継だけを優遇したり、優秀な子にだけお金や愛情をかけて他の子供を虐待しているという貴族はいっぱいいる。国王陛下は、その問題に心を痛めておられた。なので、ハイドフェルト家に重すぎるくらいの罰を与えて、そういう事をしている貴族への警告にしたんだ。子供を虐待していると、同じ目に遭わせるぞってね。」
私個人としては、男爵夫婦への罰がそれほど重いと思っていないので、この事件が少しでも児童虐待の抑止力になれば嬉しいと思う。国王陛下は立派な方だなあ、と私は少しヒンガリーラント国民として誇らしい気持ちになった。
コルネリアは突然の人生の激変にうまく対応できず、いつまで経っても借りてきた猫を更に又貸ししたくらいおとなしかった。
お父様やお母様、使用人のみんなともなかなか打ち解けられず、まるでカルガモのヒナのように私の側から離れずに、どこへ行くにもついて回る。正直3日で、私はちょっとげんなりとしてしまった。
心に傷を負っている子なのだからとわかっているけれど、全てにおいて私一人に寄っ掛かられるのは負担になる。
もう少しお母様とかにも頼ってくれたら、と思っていた頃、お母様が
「ハイドフェルトのお屋敷で、貴女に少しでも良くしてくれた使用人っている?」
とコルネリアに聞いた。
「もしもそういう人がいたら、男爵家の人達に逆恨みされてひどい目に遭わされると思うの。だから、こちらにお呼びしましょう。」
ある意味虐待のサバイバーだったお母様だから気付ける事だ。私には思いつきもしなかった。
思えば、お母様は結婚した時に侍女のゾフィーや護衛騎士のビルギットを連れてエーレンフロイト家にやって来た。それは自分の為だけというわけではなく、シュテルンベルク家に置いていくとゾフィーやビルギットがひどい目に遭わされる可能性があったからなのかもしれない。
夕食の席でお米のお粥を食べていたコルネリアは
「実は。」
とすぐに言い出した。
ちなみに、コルネリアにお粥を食べさせているのは断じて虐待ではない。引き取った初日に栄養をつけさせましょうと思って、お肉がゴロゴロのアイントプフを食べさせたら、コルネリアは激しくお腹を壊したのである。
長期に渡って、食事をまともにとれずにいた人は、胃腸が弱って食べた物を消化吸収しにくくなるという。
「とにかく消化に良い物を、1日に複数回に分けて食べさせてください。」
と医者に言われ、消化が良く栄養のある物を食べさせているのだ。
コルネリアが名前を言ったのは、侍女のアリーセ、キッチンメイドのロミルダ、そして元娼婦で男爵の愛人の一人だったドロテーアだった。




