鐘の音
夕方になり、王宮に鐘の音が鳴り響いた
通いで来ている使用人さんや、お役人さんが帰る時間だという合図なのだ。
当然司書さん達も帰る時間なので、私も帰らなければならない。
その鐘の音を聞いて思った。
防犯ブザーみたいな物があったらいいんじゃないだろうか。
それを芳花妃様が身につけていてくださったら、芳花妃様が閉じ込められても、すぐに居場所をわかってもらえる。
ついでに言うと、将来私が殺されそうになった時も役立つかも。
何か代わりになる物はないかなあ、と考えながら帰りの馬車に乗ろうとしたら、突然コンラートがエーレンフロイト家の馬車に乗り込んできた。ちょっと、びびった。
「建国祭は終わったけれど、中央広場にはまだ出店が出ているんだ。少し見に行ってみないか?」
突然のお誘いにびっくりした。
ついでに言うと、今ちょっとコンラートの事が怖い。
コンラートは、過去に私が殺された時、現場の近くにいた容疑者の一人だ。私と第二王子が、婚約しない限り殺される動機が無いと思っていたけれど、もし私が殺されたのが『紅蓮の魔女』絡みだったら、コンラートにも何らかの動機があるのかもしれない。
だけど、お誘いを断る理由がない。急に距離をとるような真似をしたら、逆に恨みを強くされるかもしれない。
「・・うん。行く。」
としか言えない、胆力低めの小市民な私。
紅蓮の魔女の10分の1でいいから面の皮が欲しかった。
馬車はガッタンゴットンと、入った場所とは違う王宮の門から出て行った。
そこから真っ直ぐに広い道が伸び、やがて大きな広場に出た。
ここが中央広場であるらしい。ここでは、フリーマーケットや骨董市のような愉快なイベントや、公開処刑のような実に愉快でないイベントなど、各種催し物が執り行われるのだそうだ。
その広場の一番真ん中から、美しい音色が聞こえてきた。馬車から降りた私とコンラートは、その音色の方に歩いて行った。
音の正体はハンドベルだった。
お揃いのチュニックを着た少女が4人、それぞれ両手にベルを持って曲を奏でている。
その側で、少女達よりは少し年上の、実にけしからん体型をした美女が細長い布を持って、まるで新体操のリボンの演技のような踊りを踊っていた。
この世界にもハンドベルってあるんだなー、と私は思った。
文子だった頃、児童養護施設の仲間達と、お祭りやら施設出身の子の結婚式やらでよくこの楽器を奏でていたので懐かしい。絶対音感を持っていないので、確信はできないが、たぶんこの8本のベルの音は地球のドレミファソラシドと同じ音だ。
美しい踊りに幻想的な音楽が重なって、眺める観客達のボルテージも最高潮だ。
踊りが終わると取り囲んでいた観客達から、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
私も、力一杯拍手した。演劇と違って音楽やダンスは、途中から見ても他のお客様達と一体感が味わえるのがありがたい。
踊りを踊っていた女性が、クローシェ帽を逆さに持ってお客様達の方へ歩いて行くと、観客達はその中に硬貨を入れ始めた。
内心「おっとー!」と思う。私、お金持ってないんだよね。
でも、この素晴らしい踊りと音楽に何か敬意を表したい。ついでに言うと、ハンドベルについて少し質問をしてみたい。
少し考えて、私は髪をハーフアップにする為につけていた髪飾りを、髪から取り外した。
シンプルなデザインだが、色はキラキラとした金色だ。ガラスなのか宝石なのかはわからないが、私の瞳と同じ色の大きな石も2つついている。
その髪飾りを帽子の中に入れると
「まあ!ありがとうございます、お嬢さん。」
と、女性は興奮した口調で言った。
「こちらこそありがとう。とても良いものを見させてもらったわ。ところで、一つ尋ねたい事があるのだけど。」
「何でしょうか?」
「あの楽器はとても音色が美しかったわ。あの8個のベル以外に予備のベルってあるかしら?あったら、売ってほしいのだけど。」
「・・・えっ⁉︎」
「今日の日の思い出に。ぜひ!」
「あ・・ありますけど。」
「わあ、だったらぜひ、お願いします。」
「でも、予備の物も、今使っていた物と同じで、とてもとても貴族のお嬢様が持つような物じゃない安物ですよ。持ち手の木の部分なんかもうぼろぼろで。」
「かまいません。ぜひ、ぜひっ!」
貴族の子供の我儘!というテンションで、私はたたみかけた。
女性はたじたじだが、平民である以上貴族には逆らえない。嫌な話だが、貴族のおっさんに「金を払うから、後ろの少女達を自分の寝室に・・。」とゲスい要求をされても断れないくらい平民は立場が弱いのだ。
そんな要求よりはマシだと思ったのかどうかはわからないが、少女の一人に
「予備を持って来て。」
と女性は言った。
「楽器は高価ですから、1本で銀貨10枚なのですけれど。」
「わかりました。じゃあ、1本だけ。」
「・・・えっ?」
女性はポカンとした。そりゃ、そうだよね。ハンドベルは、1つの音しか出せない楽器だ。音楽を奏でる為には、1オクターブ分くらいの本数は最低いる。けど、私は文子だった頃のように、友達とイベントに出たいわけではないのだ。
そう。この、広場中に響き渡るくらいでっかい音の出るベルを、防犯ブザー代わりにしたいのである。
だから、1本で十分なのだ。
「今日のこの感動の思い出に、思い出せる物が欲しいだけですもん。それに、たくさん買ったって、私の手は2本しかないのだから、同時に鳴らせないわ。」
「それは、まあ・・そうですね。わかりました。どの音が鳴るベルにされますか?」
「じゃあ、レベッカのレ。」
そう言うと、女の子の一人がベルを1本差し出してきた。
「あ!今お金持っていないから、明日お金持ってくるわ。その時に受け取りでいいので。」
と、言っていたら。
それまでずーっと黙って側にいたコンラートが
「私が払ってプレゼントしよう。」
と言い出した。
「えっ!いや、それは悪いよ。」
「構わない。銀貨10枚だな。」
そう言って、服の内ポケットからサイフを出す。そこから、銀貨を出して少女に渡したので、少女は
「どうぞ。」
と、私にベルを差し出した。
「ありがとう。」
と、私はコンラートに言った。私はベルの柄を持った。はからずも、大きな音が鳴り響く。近くで鳴らすと耳が痛くなるほどだ。
うん。これなら防犯ブザーの代わりになりそう。
「ありがとう、コンラートお兄様。嬉しい。」
「・・そろそろ帰ろうか。」
と、コンラートは無愛想に言った。声だけ聞いてたらこんな、優しい人だなんてきっとわからないね。私は、つい30分くらい前まで、コンラートの事を怖いと思っていた事を申し訳なく思った。
私達は、馬車の中に戻った。
私は、よくわからなかった事をコンラートに質問してみた。
「銀貨10枚って、どれくらいの価値なの?」
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