帰宅(2)
ベッドの上でうつらうつらしていると、ドアをノックする音がした。半分寝ぼけた頭で
「ほーい。」
と言うと、ユリアとお母様の護衛騎士のビルギットが入って来た。
「お嬢様お昼ご飯です。それと、昨日ヨーゼフ様達が焼いたバウムクーヘンです。」
そう言ってビルギットが、サンドイッチとバウムクーヘンののった皿を渡してくれた。
ビルギットは、元々シュテルンベルク家の騎士でお母様が独身の頃からお母様に仕えていた。年はお母様よりちょっと上だと聞いている。お母様が結婚した時に一緒にエーレンフロイト家に来て、その後エーレンフロイト家の使用人と結婚。お母様がヨーゼフを産んだ頃に、ビルギットも男の子を産んだので、ヨーゼフの乳母になった。その為、お母様とヨーゼフからの信頼はとても厚い。
「ユリアも帰って来たんだね。という事はジーク様とかも帰って来ているの?」
「はい。ただ、ジーク様やコンラート様がいらっしゃると、ルートヴィッヒ王子殿下も居座って帰らないので、一旦お二人は帰られました。後から、また来る。とお二人は言っておられましたけれど。」
えっ?まさか昨日、ルートヴィッヒ王子もうちに泊まったの?そりゃあ、お母様も気疲れしただろう。
「ありがとう。でもサンドイッチだけでいいや。ハイドフェルト家のあの子は、もううちに着いた?バウムクーヘンはあの子にあげて。」
「隣の部屋にいらっしゃいますよ。サンドイッチもバウムクーヘンも差し上げました。バウムクーヘンが、とってもおいしいと感動しておられました。今までの人生で食べた物で2番目においしいと言っておられました。」
「へえー。1番は何なんだろう?」
「今日の朝食に、お嬢様に食べさせてもらったクレープだそうです。」
・・アレはそこそこの味だったけどな。お腹が空いていたからきっとそう感じたのだろう。
「大丈夫かな?お母様に嫌味とか言われたりしてなかった?」
「奥様はそんな方ではありません。ハイドフェルト様の服が血まみれ泥まみれだったので、お嬢様が10歳くらいの頃に着ておられた服に着替えていただいたのですが・・手も足も、骨に皮がはりついているように細いし、背中や腕にあざやムチで打たれた跡が無数にあって奥様は泣いておられました。」
「ムチの跡とかあったの⁉︎」
「拷問にかけられた罪人くらいありましたよ。私も見ましたが酷いものでした。でも、ご本人は私共にもただ謝られるばかりで。奥様は謝らなくていい、何も心配しなくていいから、と言って泣いておられました。奥様も、子供の頃虐待を受けておられたので、深く感情移入されたようです。」
「えっ?お母様って親は早くに死んで、兄嫁さんは意地悪な人だったって聞いた事あるけど、そんな酷い目に遭わされてたの?」
「それは、もう。先代のシュテルンベルク伯爵夫人はお気が強く、底意地の悪い方でしたから。自分の生んだ子供の中でもお気に入りの子供と、自分に媚びへつらう親戚の子供の事は甘やかしておられましたが、気に入らない子供と奥様には、それは酷い態度でした。特に奥様が旦那様と婚約された後は酷かったです。奥様が結婚したら、自分より身分が上になるというのが許せなかったのでしょう。なんとかして仲を引き裂こうと躍起になっておられました。私もゾフィーさんも、必死でお守りしていましたが、力が及ばない事も多くて辛かったです。」
幼心に、嫌なばーさんだと思っていたがそこまで酷かったのか。もう亡くなっている方だから考えても仕方がないけれど、かなりムカムカした。
それでも、ビルギットや侍女長のゾフィーがいてくれた事はお母様には心強かっただろう。アンネリエには、そんな人がいてくれたのだろうか?
「ビルギット、サンドイッチありがとう。お母様が心配だから、お母様の側にいてあげて。」
「いえ、奥様に、お嬢様の側で護衛任務を果たすよう言われております。」
「ん?そういえば、私の護衛騎士達はどうしてるの?」
「まだ生きてはおります。」
「いや、怖い怖い怖い。言う事が物騒だな。お父様かお母様が何か言ってるわけ?」
「お二人は、何もおっしゃってはおられませんが、領地から騎士団長が来られるまでの命でしょう。騎士団長の性格から言って二人を殺して自分も死ぬ。とか言い出すのではと思います。」
「領地の騎士団長にまで私が家出した事伝えてんの⁉︎」
「可能性の一つとして、領地のアーベラを恋しがって会いに行ったのでは、という話が出たので、領地には伝令を飛ばしました。なので騎士団長がアーベラと共に駆けつけて来ると思います。」
「うっわー。」
「元々、あの二人にはお嬢様の護衛は無理だと、騎士団の女子派閥の全員が言っていたのです。なのに、自信満々で大丈夫とほざくので、とりあえずやらせてみたら、2日ともたずにお嬢様に逃げられるなんて、あいた口が塞がらないというものです。」
「・・女子派閥とかあるんだ。ビルギットも会員なの?」
「私が会長です。」
「え?『女子』の?」
「どういう意味でしょうか?お嬢様。」
「いやいや別に。というか、簡単に殺すとか死ぬとか絶対ダメだよ。灯台にでも行ってもらうので十分だから。」
「心配は無用です。あの二人が死んでも泣く女性騎士はいませんから。」
確かに、女性騎士には嫌われそうなコンビだったけど、私がトドメを刺したってのは夢見が悪いから。罪の無い騎士団長に死なれるのも嫌だし。
「そんな、私が悪いんだから勘弁して、お願い。」
「お嬢様が、窓辺から逃げ出そうとしているのも気付けぬ護衛など、穴のあいた鍋より価値がありません。もしも、不審者がお嬢様の寝室に忍び込んで来たりしたらどうするのですか?気付かなかったではすまないのですよ!」
「あー、まー、そうだけど。でも、お願い。誰にだって、うっかりとかぽっかりとかいう事はあるんだから。」
「わかりました。お嬢様がそう言っていたと口添えだけは致しましょう。添えてみるだけですけど。」
護衛騎士の二人よ。確かに1番悪いのはこの私だ。しかし、君達の人望の無さも、かなりの影響を与えているぞ!
「無理と思うけど、お母様にハイドフェルト嬢と会って話がしたいって伝えてくんないかな、ちょっとだけでもいいから。」
「たぶん大丈夫と思いますよ。お嬢様には頭を痛めていても、ハイドフェルト様には深く同情しておられますから。」
人望の差はこういう所にも出る。私は
「じゃあ、お願いしてきてもらえるかな。」
と頼んでみた。
10分後。私は隣の部屋を訪ねた。
アンネリエはソファーに座ってぼんやりとしていた。私が顔を見せると、立ち上がりぼろぼろと泣きだして抱きついてきた。
「あー、よしよし。」
アンネリエにしたら、わけがわからないだろう。ここがどこなのか、なぜ連れて来られたのか?なぜなら、連れて来たユリアも、迎えたお母様もわけがわかってないだろうから。
なので、私がアンネリエのお父さんのフロレントと知り合いだった事、フロレントにアンネリエの事を任された事を伝えた。
「ずっと、ここにいていいんだからね。いっぱい食べて、しっかり怪我を治して。もしも、誰かが意地悪を言ってきたり暴力を振るおうとしてきたら私に言いなさい。私が殴り返してやるから。」
「・・・はい。あの?」
「何?」
「お名前を聞いてもかまいませんか?」
・・そういえば、名乗っていなかった。
「レベッカよ。レベッカ・フォン・エーレンフロイト。呼ぶ時はベッキーって呼んで。」
「はい。ベッキー様。」
「とゆーか、アンネリエってあなたの本名じゃないよね。お母さんの名前なんでしょう。本当の名前は何ていうの?」
「お母様がつけてくれた私の名前は。」
「うん。」
「コルネリアです。」
・・何だって!




