取り調べ
とりあえず。
ギャラリーの一人で貴族のおっさんを野次っていた若いお兄ちゃんが、医者を呼びに行ってくれている間に、私とアンネリエは騎士の取り調べを受ける事になった。
場所はマルテの家の中でだ。
取り調べを受けるのは私とアンネリエの二人だけである。貴族のおっさんと連れていた騎士は重傷過ぎて大病院に馬車で運ばれて行った。
「あの、前歯が折れていた男は何者ですか?」
と騎士さんは聞いた。もちろん私にはわからない。俯いたアンネリエを騎士さんと私、それにマルテとデリクと、1階に降りて来たレントがじっと見つめた。
「アーダルベルト様です。ハイドフェルト男爵の妹の夫にあたる方です。」
とっても貴族っぽい立派な名前だ。行動と発言は下の下だったが。
「貴女との関係は?」
と騎士さんが聞く。
「親・・戚です。私は、ハイドフェルト男爵の妹・・なので。」
「なぜ、往来で突然暴力を?」
「私が悪い子だからです。」
そう言ってアンネリエは俯いた。
「・・で、どうしてエーレンフロイト様が?」
そう聞かれたので、家の中にいたら悲鳴が聞こえてきたところから始まって、一連の出来事を順を追って話した。
「なるほど。話を聞く限り正当防衛ですね。多いんですよねえ。田舎から出てきて田舎の論理を押し付ける貴族。村の掟よりも国の掟を守って欲しいんですけどね。」
騎士さんは、困ったもんだ。という顔をしてため息をついた。
そこに、お医者さんが来た事が告げられたので、騎士さんは帰って行き、私とマルテとデリクとレントは別の部屋へ移動した。
「あー、ひどい怪我をしたね。痛かったろう。」
という、お医者さんの優しい声とアンネリエの啜り泣きが聞こえてきた。
「で。」
とデリクが言った。
「君は、いや貴女はエーレンフロイト家のご令嬢なのですか?」
「うっ!」
と私はうめいた。
「ごめんなさい。騙すような事をして。でも私も、家出したくなるような複雑な事情があるのです。いや、あの子ほど深刻な理由じゃないけれど。」
「それは、わかるよ。海賊退治なんて、庶民にとっては英雄譚だけど、親や婚約者にとってはビミョーなネタだもんな。親に内臓出るほど叱られたんだろ。」
「デリク、不敬だぞ。」
「何だよ、レント。つーか、おまえもしかして、わかってたのか?」
「黒髪の貴族令嬢は珍しいからな。シュテルンベルク家の血筋の姫君じゃないかと思っていた。現在のシュテルンベルク伯爵には娘はいないから、エーレンフロイト姫君ではないかと思っていたよ。」
「そうかー、実は俺もシュテルンベルク家の関係者かなーとは思っていたんだけどね。なんかシュテルンベルク家に対して辛口だったしさ。
シュテルンベルク伯爵の隠し子とかだったらロマンなのになあ、と思っていたけど、エーレンフロイトの方だったか。」
「私はね。実はヒルデブラント家のお姫様なのじゃないかしら。って思ってたの。」
とマルテが言った。
「レントさんが、あんなに『貴族だ』って言ってたからね。もしもヒルデブラント家のお姫様で、平民との恋を守る為に頑張っているなら力になってあげたい、って思ったのさ。こんなおばちゃんが、物語のような出来事に関われる事なんて普通絶対ないからね。ちょっと、夢を見てたよ。」
「うううっ。ごめんなさい、マルテさん。」
「どうしてフミコが、いえ、レベッカ様が謝るの?貴女が私の恩人なのは本当だよ。さっきだって、本当にカッコよかったよ。さすがは『聖女エリカ様』の子孫だよ。」
優しい言葉に目が潤んだ。
「しかし、あの貴族のお嬢様は何でうちの前にいたんだ?」
デリクが、アンネリエのいる部屋を気にしながら言った。
「道に迷っていたのをここまで私が連れて来たの。」
私はそう言ってレントを見た。
「あの子、レントさんを探していたんだよ。一目でいいから会いたいって。2年前にお母さんを亡くして、それからずっと苦労してたみたい。それなのに、マイフェルベックの修道院に行かされる事になって、その前にレントさんにどうしても会いたいって、それで家出してきたみたい。すごい苦労して、橋の下で野宿とかしてここまでやって来たんだよ。あの子はたぶんレントさんの・・。」
「ああ、ハイドフェルト男爵家の末娘なら俺の子だ。」
「んえっ⁉︎」
とマルテとデリクが驚いた。
「一年前、ヒンガリーラントに戻って来た時、離婚した妻の消息を調べた。ハイドフェルト男爵に嫁いだ事はわかったが、男爵は当時もう老齢で寝たきりの状態だったから、生まれた子供は俺の子だと思ったよ。ハイドフェルト男爵家は貧しい男爵家だったから、持参金を条件に妻の親が妻とお腹の子を押しつけたのだろう。ただハイドフェルト家は閉鎖的な一族だから、妻がもう死んでいることだけはわかったが、それ以上の事はよくわからなかった。子供は自分をハイドフェルト家の人間だと信じているかもしれないし、実の親だと名乗り出たところで何も俺にはしてやる事はできない。だから、何もしてやらずにいたけど・・俺は間違っていた。」
「ううっ、何て事だい。レントさんに子供が・・。」
涙もろいマルテはすでに泣いている。
「エーレンフロイト姫君。」
急にレントが私に跪いた。
「お願いがあります。平民の私では、男爵家からあの娘を守ってやる事はできない。なので、姫君があの子の事を守ってくださいませんか?その代わり、姫君が家出をした事についての責任は私がとります。ですから、お願いします。」
・・・えっ?よく意味がわからない。もちろん、あの子を男爵家から守るというのはかまわないし、平民は男爵家より立場が弱いというのもわかるけど。
私がコテン、と首を傾げた。
「姫君がなぜ、そんなにのんきにしているのかよくわかりませんが、親というものは子供が家出なんかしたら大騒ぎになるんですよ。」
「えっ?でも、私の知ってる家庭では、別に1日くらい子供がどっか行ってても別に心配もされてなかったけど。」
「その、『知ってる家庭』がヒルデブラント家としたら、参考にしてはいけません。あそこは、普通ではありませんので。」
あー、確かにあそこもよくわからない家庭だよね。でも、そんな心配するかなあ。私を置いて1ヶ月くらい平気で家を空ける親だけど。
と、のんきに考えていたら。
ノックもせずに、マルテの家に飛び込んで来た男の人がいた。
「レベッカ!どこだ⁉︎」
うおっ!
お父様だ!




