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エーレンフロイト邸にて(2)(ルートヴィッヒ視点)

夕食は通夜のようだった。

侯爵夫人の表情は疲れ果てたように暗く、戻って来たコンラートも不機嫌そうに黙っている。ジークレヒトはコンラート以外の人間に気をつかう事はない。そんな空気で僕やフィルが明るく振る舞うわけにはいかず、カトラリーの冷え冷えとした音が響くばかりだった。

夕食の後、僕は用意された部屋へ移動した。

来客用の寝室が並ぶエリアで、右隣がフィルの部屋、左隣がエリーゼの部屋だ。更にその隣にジークの部屋がありその隣がコンラートの部屋である。

玄関の様子を伺っていると、常に人が出たり入ったりしていた。そのほとんどが騎士達だ。コンラートとジークは今はそれぞれの部屋にこもっているようだ。

僕の部屋でフィルとチェスをしているとノックの音がして

「入っていい?」

とエリーゼの声がした。

もしも僕が一人で寝室にいるのだったら異性のエリーゼを中に入れたりはしないが、フィルが一緒だったので中に入れた。もちろんエリーゼは自分の侍女を同伴させている。


「アカデミーの情報網から情報が入った。」

とエリーゼは言った。つーか、おまえアカデミーに秘密組織でも作っているのか?

「ベッキーは、副校長に会いに行くと門番に言って出て行ったらしいわ。でも副校長のところには現れなかった。自分の意思でかそうでないかはわからないけれど、その途中で消息を絶ったみたい。副校長がベッキーと特に繋がりのある教師や生徒に連絡をとって、行方を探っているから、私の耳にも情報が入ってきたの。」

「ジークが孤児院に行ったのは、姫君を探してだったんだろうな。コンラートも黙っているって事は、ようするに奴らも見つけられなかった。って事か。」

とフィルが言う。

「行方不明って一大事じゃないか⁉︎まさか海賊の残党に攫われたのか?」

僕が腰を浮かして言うと

「おとなしく攫われるタマじゃねーだろ。」

とフィルが言った。


「誘拐じゃないと思うわ。もし、はっきり誘拐されたとわかっているなら、心当たりの場所を探してまわるはずないもの。自分の意思で消息を絶っていると思う。だから、友人知人に問い合わせているのよ。」

「いったい、どうして?」

「おまえに会いたくなかったんじゃねーの。」

とフィルに言われた。何でだよ!


「行方不明って大変な事じゃないか。相談してくれれば王宮からも人を出すのに。」

「王宮が動いたら、大事になるじゃないの。侯爵家は大事にしたくないのよ。」

とエリーゼが言う。


「僕はおまえらみたいに落ち着いていられないよ。婚約者なんだぞ!」

「私だってすごく気になるわよ!家人にも、友人であるユリアやジークにも、アカデミーの教師達にもたどり着けない人脈をベッキーは持っているという事よ。この私の情報網をかいくぐるなんて。」

おまえは、何を気にかけているんだよ!


「家人も友人も知らないとなると、男じゃねーの。」

フィルがチェス盤のクイーンを動かしながら言った。

「レベッカ姫にコンラートとジーク以外の男がいるとおまえは言いたいのか⁉︎」

「あの二人はおまえの中でもう公認なのか?」

「そうではない!正直、奴らが昼間どこを探し回っていたのか、僕の知らない彼女のプライベートを知っているのかと思うと、頭が沸騰しそうだ。でも、それを素直に奴らに聞くのも腹が立つ。」

「おまえ、もう、あの女はやめとけよ。奥と謎が深すぎる。」

「やかましい!」


明日になったら、もう少し踏み込んで聞いてみよう。僕は婚約者なのだから本来コンラート達より情報を知らされるのが当然じゃないか。

腹が立つような心配なような。そんなグチャグチャした気持ちでその日の夜は過ぎて行った。


次の日の朝。

前日なかなか寝付けなかった事もあり、僕は少し遅く起きた。寝室で朝食をとっていると、玄関ホールの方から騒がしい声が聞こえてきた。

もしかしてレベッカ姫が戻って来たのか?

そう思って、玄関へ行くと戻って来ていたのはエーレンフロイト侯爵だった。

侯爵と侯爵夫人が深刻な顔で何かを話しており、その周りを騎士達が取り囲んでいる。更にその外側に昨日の態度の悪い美少女侍女もいた。


「侯爵。」

と僕はつとめて明るい声で言った。


「久しぶりだな。今、領地から戻って来たのか?」

「ルートヴィッヒ殿下。お久しぶりでございます。ただ今領地より帰参致しました。」

「海賊の事は父上もとても気にしておられた。たぶん、すぐにでも父上から声がかかるはずだ。ところで、僕もゆっくりと話したい事があるのだが?」

「・・かしこまりました。着替えて参りますので、今しばらくお時間をいただけたらと思います。」

「わかった。」

昨日は侯爵夫人に、いきなり婚約破棄の事とか言われたから狼狽えてしまったが、今日はもう誤魔化されないぞ!と、決意を固める。もしかしたら侯爵は帰って来たばっかりで朝食もまだかもしれないが、時間を与えない方がこちらの方がイニシアチブを握れるってもんだ。これも、政治的駆け引きなのだ!


と思いつつ、部屋へ戻ろうとしていたら


「奥様!お嬢様が見つかりました。」

と叫んで、騎士が館の中に飛び込んで来た。「えっ⁉︎」と思って僕は階段の途中で振り返った。


玄関の前がザワザワとした騒ぎになる。それが聞こえてきたのかコンラートやジーク、エリーゼも駆けつけて来た。


「どこにいたんだ⁉︎」

と侯爵が騎士に言った。

「巡回騎士からの報告によると、第二地区のフェーベ街との事です。そこの通りで、帯剣していたハイドフェルト男爵家の家門の者と揉めて、お嬢様がボコボコに・・・。」

「怪我をしたというのか?レベッカは無事なのか⁉︎」


蒼くなって侯爵が叫ぶ。侯爵夫人はめまいでも起こしたのか体が揺らぎ、美少女侍女が慌てて支えていた。

「いえ、あの、違います。お嬢様がボコボコに相手をしたのだそうです。お嬢様はご無事ですが、相手の男は、前歯と鎖骨と肋骨が折れる重傷だそうです。お嬢様は武器を持っておらず、そこらへんで拾った木材か何かで応戦したらしいのですが。」


侯爵夫人は完全に倒れてしまった。侍女達が「奥様、奥様!」と大騒ぎをしている。


コンラートとジークレヒトが、僕の側を駆け降りて行き外へと飛び出して行った。僕はぴーん、ときたあいつらフェーベ街に駆けつける気だ。

侯爵も

「アルベルを頼む。」

と言って、外へ出ようとしたが、急に僕に話がある、と言われた事を思い出したらしい。気まずそうに僕の方を振り返った。

もちろん、僕は寛大に振る舞った。

「姫君の側に駆けつけてあげたら良い。」

と言ってあげた。


いつの間にかフィルも部屋から出てきていて、薄寒そうな顔で自分の鎖骨の辺りを撫でている。

「やっぱりベッキーは興味深い娘だわ。」

と言ってエリーゼも笑っていた。

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