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迷い込んで来た少女(2)

私達は大きな通りまで出て、並んでいる屋台の側に来た。近くの工房で働く労働者の為、たくさんの屋台がリーズナブルなお値段で食べ物を売っているのだ。

なんか胃腸の弱そうな子だから、肉の串焼きとかよりも、もうちょっと胃に優しそうな物の方が良いだろう。

そう思って私はクレープ屋さんの屋台の前で止まった。

「ここは、どう?中の具は何でも好きなの選んでいいよ。」

アンネリエは、ゴクっとツバを飲み込んだが、恥ずかしそうにためらっている。もしかしてカトラリーが無いと、食事ができないのだろうか?


「ハムとレタスにマッシュポテト、あとキュウリのスティックつけて。」

と私は言った。

「同じのでいい?」

「は、はい。ありがとうございます!」

と言ってアンネリエは頭を下げた。

屋台のおばさんが、焼いてあったクレープに具を巻いて私とアンネリエに渡してくれた。私は、黒豚のお腹からお金を取り出しておばさんに渡した。


「ありがとうございます。」

ともう一度言って、アンネリエはクレープを頬張った。路上で立ち食いとか、大丈夫な貴族様だったらしい。よほどお腹が空いていたのだろう。バクバクとすごい勢いで食べている。

私は、朝食をすでに済ませているので、そんなにお腹は空いていない。なので、自分のクレープを半分にして

「これもお食べ。」

と半分あげた。

屋台のおばさんが

「水いるかい?」

と聞いてくれたので、私達は二人共水をもらった。


「あの・・。」

「ん?」

「なんで、良くしてくれるんですか?」

とアンネリエは聞いた。

「それはね。昨日、私もお腹が空いていた時、親切な人にタダで食べさせてもらったからだよ。」

「そうなんですか。」

「だから、いつか君もお腹を空かせた子供に出会ったらなんか食べさせてあげな。」

「・・はい。そんな日があれば。」

アンネリエは、青緑色の瞳を涙で潤ませて言った。

「ところで、さっきの話の続きだけど、画家さんの奥さんにお世話になったとか?」

「はい。良くしてもらって・・だから、フロレントさんにお伝えしたくて。奥さんは、死ぬまでずっとフロレントさんの事を愛していたって。この指輪をずっと死ぬまで大事にしてたって。」

そう言って、手に持っていた小さな巾着袋から指輪を取り出した。アンネリエの髪の色と同じ赤褐色の石がついていた。何の宝石なのかは私にはわからない。


「奥さん、というか元奥さんか。何で、そんなに愛していたのに画家さんと別れたの?」

「仕方がなかったんです。フロレントさんのお兄さんが人を殺してしまって、フロレントさんは連座になりました。離婚しなければ奥さんも連座の対象になります。死刑にされる可能性もあったので、フロレントさんは奥さんを守る為に離婚したんです。」


「奥さんは、いつ亡くなったの?」

「二年前です。」

「何で今になって会いに来たの?」

「・・私、マイフェルベックの修道院へ行くんです。」

水を飲んでいた私の手が止まった。


『マイフェルベックの修道院』とは、貴族の子女の間では有名な女子修道院だ。標高の高い山の、更に向こうの山の、はるか彼方にあるというど僻地の修道院で、宗教施設としてよりも精神病院として有名な場所なのだ。つまり、精神に変調をきたしてしまった人を莫大な喜捨と引き換えに受け入れてくれる場所で、一度入った者は二度と出られないという話だ。あらゆる意味で、厳しい環境下にある修道院であり

「マイフェルベックの修道院にやってしまいますよ!」

というのは、貴族の女の子が親から叱られる時の定番のフレーズなのである。


「何で?」

「親戚の大伯母さんが、年をとって、食事を食べた事とか、他のいろんな事を忘れてしまうようになって、それで大伯母さんが修道院へ行く事になって、私は大伯母さんのお世話の為に同行する事になったんです。・・マイフェルベックに行ったら、きっと二度と会えなくなってしまうから、だから最後に一度だけと思って。」

「ふーん。」

と言って、私は質問してみた。

「画家さんの奥さんの名前、なんて名前?」

そしたらまた、アンネリエの目が激しく泳いだ。


「・・えーと。ネリーさんです。」


アンネリエだから、ネリーなのかな?


貴族ではない。という言葉と自分の名前。それとレントさんの奥さんの名前以外の事は、この子は嘘を言っていないと思う。

その上で、昨日聞いたレントの話と照らし合わせてみる。


レントの本名はフロレントである。貴族だったが、兄が人を殺してしまい貴族籍を剥奪された。その際、奥さんを巻き込まないよう奥さんと離婚した。奥さんの名前はおそらくアンネリエだ。肖像画をあんなに大事にしているくらいだから、レントもきっと奥さんを今でも愛しているのだろう。でも、その奥さんは二年前に死んでいる。そして、その奥さんが死ぬまで大事にしていた高価そうな指輪をこの子は受け継いでいる。

この子は貴族だが、不遇な暮らしをしている。古着を着ていてろくに食べさせてもらっていない。しかも、悪名高い精神病院に送り込まれようとしている。その子の最後の望みは、レントに一目会う事だ。そして、この子の髪の色と瞳の色はレントと全く同じである。


結論。この少女はレントの子だ。

推理というほどのものでもない。この子がどれだけ遠回しな表現を使って、嘘もついてみたって、誰もが同じ結論に辿り着くだろう。


「この辺りに住んでいるって、誰に聞いたの?」

「・・親戚の人が、一年ほど前に外国から戻って来て王都に住んでいるそうだ、って教えてくれたんです。それで、王都に来て、画廊を何件か回って、そしたら、フェーベ街にそれっぽい人が住んでいるって教えてくれて、それで、だから本当にこの辺りにいるかはわからないんですけど。」

「今、この時間にここを歩いているって事は、画廊巡りをしたのは昨日よね。昨晩、どこで寝たの?」

「え・・と、画廊の近くの橋の下で。あの、私臭いですか?一応川の水で体は拭いたんですけど。」

「別に臭くはない。って、女の子が危険じゃない!どっか宿に泊まろうって思わなかったの⁉︎」

「王都に入るのと、画廊の人にお礼をしたら、お金は無くなってしまって。だから、今日フロレントさんを見つけられなかったら、ハイドフェルトに戻ります。」

同じ家出娘でも、この子は私と違って苦労したんだな。と思うと何かしんみりとした気分になった。

「ハイドフェルト領って近いの?」

「馬車なら半日の距離です。歩きでも1日あれば。」


私はアンネリエの足元を見た。靴は服と違って安物だ。ぼろぼろになって、たくさんの泥がこびりついている。歩いて帰ったりしたら、君は絶対に行き倒れるよ!


というか、そんな家に帰る必要ある?お母さんは亡くなっていて、他の家族には虐げられているっぽいし、脳に変調をきたしている老人の付き添いで精神病院に送り込まれる、ってヤングケアラーじゃん。

レントさんは、そんな悪い人じゃないし、貴族ではないとはいえ恩赦は出ているのだから、レントさんと一緒に暮らした方が絶対マシだよ。


「私、たぶんその人知ってる。」

と私はアンネリエに言った。

「名前が微妙に違うけど、元貴族で元宮廷画家って人を知ってる。会ってみる?」

「はい!」

「じゃあ、おいで。」

私が言って歩き出すとアンネリエはついて来た。

一瞬不安になった。

とても従順な子だけど、もしも私が悪い人攫いとかだったらどうすんの?

悪い人に攫われもせず、よく無事にここまでたどり着いたな。と感心する。

ただ、もしかしたら攫われようが殺されようがかまわない。という考えでここまで来たのかもしれない。10代前半なんて一番キャピキャピ浮かれていてもおかしくない年頃なのに、何かこの子の態度には一種の諦念のような物を感じる。


私はマルテの家にたどり着いた。

「ここなんだけど。」

と言うと

「あの・・・。」

「どうした?」

「私、やっぱりいいです!」

とアンネリエは急に言い出した。


「会っても迷惑かもしれないし。」

「ネリーさんの言葉を伝えたいんじゃなかったの?」

「でも、やっぱり。もう、昔の事だから・・。」

「・・・。」

「遠目に一瞬でも見られたら、それでいいです。」


アンネリエの気持ちがわかる気がした。『文子』も親がいなかったから。自分を捨てた親に会いたいと思う事もあった。でも、会って傷つく事が怖かった。自分の望む言葉を言ってもらえなかったらとても悲しいだろうとわかっていた。そんな思いをするくらいなら、綺麗な夢をただ空想していたかった。


急ぐ事はない。ゆっくり距離を縮めていけばいいんだ。そう思って

「わかった。」

と言った。

「その人は、ここの3階に住んでいる。ちなみに、私はここの屋根裏部屋に住んでいる。私の友達で部屋に遊びに来た、という事にして、チラッと3階を覗いてみる。」

「いえ、えーと。ここの3階に住んでいるんですか?」

「うん。ちなみにあの窓の部屋。」

「だったら、ここで窓を見てます。もしかしたら、顔が一瞬でも見られるかも。」

何とも慎み深い。


「よし、わかった。じゃあ、今から私があの部屋に行って窓の下を覗け、って言うからここで待ってて。」

「はい。あの・・ありがとうございます。」

と言ってアンネリエは頭を下げた。私は家の中に入った。


「おかえり、フミコ。迷わず行けたかい?」

とマルテに声をかけられた。

「うん。レントさん、部屋にいるかな?」

「いるよ。あの人は、ほとんど外出しないからね。」

とマルテが言ったので、私は階段を駆け上がった。


「レントさーん。」

と言って、ガンッ、ガンッとドアをノックする。

「やめろ!ドアが壊れる。」

「まあ、まあ。」

と言って、私は室内に入り込み窓の側へ寄った。よし!アンネリエは下にいる。

「嗚呼!レントさん。」

「何だよ。」

絵を机の上に置いて描いていたレントが、不機嫌な声で答えた。


「道に宇宙船っぽい物が停まってる!側にいるの宇宙人かも⁉︎」

「興味ねえよ。」


くっ!これが日本だったら、UFOが飛んでいるとか、ツチノコがデスロールしていると言えば、誰もがネットにアップしたら人生変わるほどバズると思って、スマホを握りしめて駆けつけて来るというのに。インターネットの普及してない世界はよおっ!


「それより、愛用のイーゼルが壊れたんだ。馴染みの木工工房に修繕に出しに行ってくれ。マルテさんに聞いてくれれば、工房の場所はわかるから。」

「へーい、へい。」

レントを窓辺まで引きずって来るより、私が外に出てアンネリエの側でレントが顔を出すまで

「レントさーん!」

と叫び続ける方が早いな。と方針転換する事にした。

イーゼルはドアの側に立てかけてある。


「手荒に扱ってくれるなよ。もっと壊れたら、たまらんからな。」

「ほーい。」

と言って私はイーゼルを持って階段を降りた。その途中で。


「きゃああ!」

アンネリエの悲鳴が外から聞こえてきた。

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