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レントの事情

昼ご飯が終われば、次はもう夕ご飯作りだ。電化製品の無い世界では家事に時間がかかるのである。

とりあえず、夕ご飯のリクエストにオムレツと言われているので、現在トマトと塩でトマトソースを製作中。けれど、がっつりお腹が太るようオムレツではなくオムライスを作ろうと思っている。米ばっかり食えるかー!という人の為に、トマトソースをパンに塗ってベーコンとチーズをのせる、なんちゃってピザも少し作る予定だ。

午後から夕方にかけて、4階に住んでいるお姉さん達も外出やら仕事やらから、ポツポツ戻って来た。


「あんた!ちょっと若いからって調子に乗ってレントにちょっかい出すんじゃないわよ。」

と女優志望のフィリッパさんに威嚇された。


「あなた貴族でしょ?どこの家の子なの?もしかしてレントの親戚?」

私の髪に触りながら、カフェ勤務のラーレさんが聞いてきた。


「えー、違うでしょ。レントは元子爵家よ。あたしの見立てじゃ、子爵家には見えないわ。」

お針子をしているというカティンカさんが言った。それは、どっちの意味でなのかな?


夕ご飯に出したオムライスは好評だった。フィリッパさんはバクバク食べながら

「この程度の料理で、レントをたぶらかせると思ってんじゃないわよ!」

と言った。本気で迷惑だ。


当のレントは、きりの良い所まで仕事してから食べると言って、みんなより遅く食堂へ降りて来た。

電子レンジが無いので、トマト味のライスは温められないが、卵だけは焼きたてを出してあげた。


「カティンカさんが言ってたけど、レントさんって子爵家の息子だったの?」

「ああ、そうだ。」

「何で、『元貴族』なのか聞いてもいい?」

「別に秘密にはしていない。秘密にすると逆に、脅迫のネタとかにする奴がいてめんどくさいからな。」

私が渡したコップの水を飲みながらレントは言った。


「後継者だった兄が死刑になった。それで、家族全員が連座になった。」

「ふーん。」

「驚かないんだな。」

と言ってレントは苦笑した。


そりゃあ、貴族が貴族籍を剥奪されるくらいだからね。よほどの事があったんだろう、って事はわかりますよ。

むしろ、パン屋のお釣りをごまかして貴族籍を剥奪された、とか言われたらビビったかもしれない。

「それは、死刑にされた理由による。別に死刑にされるイコール悪人ってわけじゃないし。」


石田三成も吉田松蔭も、岩村城の女城主おつやの方も悪人ではなかった。だけど死刑になった。ヨーロッパでもイギリス人のジェーン・グレイとその夫とか。理不尽な理由で処刑された人は数多くいる。


「殺人だよ。決闘相手を殺したんだ。」

「どっちが、手袋を投げたの?」

「兄の方だ。」

「つまり、相手は決闘を申し込まれるような事をやらかしたんだ。」

「相手は脅迫者だった。」

とレントは言った。さっき「脅迫のネタとかにする奴」と言った時に見せた嫌悪の表情はこれが所以だろうか?


「お兄さんを脅迫していたの?」

「兄の婚約者の母親を脅迫していた。」

「それで、お兄さんが決闘を申し込んだの?」

「ショートカットするとそうなる。」

「いや、しないでよ。そこまで言われたら途中経過も気になるよ。」

そう言うと

「うーん。」

とレントは言って、オムライスをかき回した。


「どこから話そうか。」

「他の人にいつも話してるところからでいいよ。」

「普通、兄が死刑になったと言ったら皆ドン引きしてそれ以上聞いてこないからなあ。」

「そりゃ悪かったね。後学の為に。いろいろな人達の人間模様に興味があるの。」

「ああ、作家志望って言ってたもんな。」

そういえば、そういうでまかせを言っていたのだった。ちょっと忘れかけていた。


「兄の婚約者の母親は、外国人と結婚していた。その男が犯罪者になったので離婚した。男はその後獄中死している。母親はその時すでに妊娠していた。その後すぐにヒンガリーラントで再婚して、生まれた子供は二人目の夫の子として籍に入れた。ヒンガリーラントでは、子供の出生日を公開しないし、お披露目は数年後に行うので、誤魔化そうと思えば簡単に誤魔化せる。」

「二人目の夫は知っていたの?」

「ああ。脅迫者はその夫の知人だった。酒の席で泥酔して、夫がうっかりもらしたらしい。脅迫者は、本当の父親が犯罪者だという事を私達家族にバラすと言って、婚約者の母親から金を何度も強請りとった、強請られる方にとってはたまったもんじゃない。母親は脅迫者を殺そうとして失敗した。殺されかけた脅迫者は怒って、情報をうちの家族にバラした。婚約者は、その時初めて自分の父親が犯罪者だという事を知ったらしい。母親が殺人未遂の罪で捕まった事にショックを受けた婚約者は自殺してしまった。」

「・・・。」

「兄にしてみたら、婚約者は脅迫者に殺されたようなもんだ。」

「私にしても、そうだけど。」

「俺もだ。兄は婚約者を愛していた。それで脅迫者に決闘を申し込んだ。相手は武官だったので本来兄が勝てるはずのない相手だった。だからこそ向こうも逃げもせず決闘を受けたのだろう。兄は最初から相手を殺すつもりだったようだ。剣に毒を塗っていた。」

「『決闘』でも、相手を殺すとやっぱり罪になるもんなの?」

「ヒンガリーラントの『決闘』はファーストブラッド方式だ。先に出血した方が負けで、殺す事は許されてない。しかも、剣に毒とかやる事がはっきり言って卑劣だ。到底許されない。」

「・・・。」

「さっき兄が死刑になったと言ったが、正確には違う。兄は死刑が執行される前に獄中で自殺した。事情を知った人達の中には、兄や婚約者に同情して、減刑を嘆願してくれた人達もいた。だから、もしかしたら恩赦が出たかもしれない。けれどその前に兄は自殺した。その後国法に従って、家族は貴族籍を剥奪され国外追放になった。けど、二年で恩赦が出て国外追放は解除になった。」

「婚約者のお母さんはどうなったの?」

「処刑された。ヒンガリーラントでは、改心しない殺人未遂犯は殺人犯より始末に悪いという事で死刑にされる。裁判が始まった頃、娘はもう自殺していた。それもあって、母親は改悛しなかった。」


法は無情だな。と思った。婚約者の母親も、レントの兄も決して良くはない。だけど、一番悪いのは脅迫者だ。脅迫者が脅迫をしなければ誰も罪を犯さなかった。

その脅迫者も死んでしまったが、誰も救われなかった。

どうすれば良かったのだろう?どうすれば、こんな悲劇を阻止できたんだろう?

『脅迫』という罪をもっと厳罰化するとか。

考え込んでしまった私にレントは言った。


「この世に悪人がいるのは事実だ。そういう連中全てを避けて通る事は到底できない。それなら、せめて自分達にできるのは、よく話し合う事だと思う。話しても無駄だ。わかってくれない。とそう感じる事もあると思う。でも最初から投げ出さないで話し合ってみるべきだ。兄の婚約者も、自分の父親が犯罪者だという事を前もって知っていたら、違う考え方をしたかもしれない。それを伝えられたとしても、兄なら婚約者を受け入れただろう。兄も、決闘相手を殺してしまう前に、せめて一言話してほしかった。知られるのが恐い。知らない方が幸福だ。そう考えるのは、黙っている者の自己満足だ。」

「お兄さんの事恨んでる?」

「恨んではいないが怒ってはいるな。でも、死なれたら文句を言う事もできない。兄ともっと話がしたかった。」


そうだよね。

情報の共有がもっとなされていたら、こんな悲しい事件は起こらなかったのかもしれない。

黙り込んでしまう事は簡単だ。けれど、知識がある事、話し合う事で避けられる不幸もある。解決できないとしても、ただ聞いてあげるだけで救えるものがこの世には確かにある。

知らない方が良いのだ。とか、そんな事は勝手に決めてはならない。誰もが知る権利を持っている。


「で、おまえはどうなんだ、家出娘?おまえには『この秘密をしゃべられたくなかったら金を出せ』と言われるような秘密とかないのか?」

「・・・え?」

「ちゃんと家族とか、もしもいるなら婚約者とかと話し合えよ。せっかく口があるのに物を食う為にしか使わなかったら、きっといつか後悔するぞ。」


余計なお世話!

と言いたいけれど、カバ10頭より重いレントの身の上話を聞いた後では、生意気な口を聞きにくい。

私が黙っていると。

「おまえは聞き上手な人間だ。」

とレントは言った。

「そう?」

「おまえの年頃で、倍以上年が違う俺やデリクとちゃんと会話できる奴は珍しい。おまえに後必要なのは、相手を諦めない事だけだろう。話してもムダとか、最初から決めつけるなよ。」

口は悪いし言い方は冷たいけれど、レントは良い人だと思う。


フィリッパが彼に夢中なのも、少しだけ気持ちがわかるような気がした。

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