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エーレンフロイト家の使者(3)(ルートヴィッヒ視点)

ただ、それでも自分はまだまだ甘い。と未だに感じる事がある。

世の中には自分の想像をはるかに超える、ろくでもない奴がいる。しみじみそう思ったのは、今年の初夏の事だ。

アカデミーの女子寄宿舎に、男子寄宿舎から届く他人の手紙を盗んでいた奴がいる、と発表があったのだ。ある女生徒に、複数の男子から手紙が送られて来ていたが、全部盗まれていて一通も届いておらず、奇妙に思った男子生徒の一人がその女生徒の母親に確認して、事件が発覚したらしい。

副校長が激オコなので、二度と手紙のやり取りをしないように。不正を行った者は退学処分にすると、全男子生徒に通達があった。


「◯◯嬢に手紙を送っているのに一度も返事がなかったんだ。それは僕の手紙じゃないか?」

「いいや、きっと私の事だ!」

と言っている奴も何人かいたが、生徒の9割が

「エーレンフロイト姫君宛だろ。」

と噂していた。僕もそう思う。僕は月イチで手紙を送っていたのに、一度も返事が来なかったのだ。


「っていうか、すげえな。複数の男から手紙が届いていたのか?」

「もっとすげえのは、それを母親である侯爵夫人に確認した奴だよ。いったい誰だ?」

「エーレンフロイト姫君で間違いないのだったら、コンラートじゃね。侯爵夫人って、シュテルンベルク家の出身だろ。」

「にしても、盗んだ奴が一番すげえよ。とんでもない女だな。」

と、皆ひそひそと噂していた。


副校長が激オコとの事だったが、もちろん僕もカンカンだった。

一番許せないのは窃盗犯だが、人の婚約者に手紙を送っていた他の男も許せない!そして、それを恥ずかしげもなく、母親である侯爵夫人に報告できる奴の神経が信じられない。手紙の返事が来ない事でレベッカ姫の事を少し恨めしく思っていた自分にも腹が立つ。何で、盗まれている可能性を一番最初に気がついてあげられたのが、自分ではなかったのかが悔しくてたまらない!


しかも、後日誰が犯人なのかを知って、その犯人と仲間達がレベッカ姫に「婚約者から手紙が届かなくて寂しいですね。」と嫌味を言っていたと聞いて怒りで倒れそうになった。人を不幸にするのが楽しいのか⁉︎と、人の邪悪さ醜悪さに呆然としてしまう。そして、そんな連中に簡単にささやかな幸福は壊されるという事実が悲しかった。


兎にも角にも、レベッカ姫への誤解だけは解かないとと思った僕は、食堂でコンラートやジークレヒト、それにファールバッハ家のエリアスと食事をとっていたヨーゼフに頼み事をした。ヨーゼフはレベッカ姫の弟だ。


「手紙をレベッカ姫に送りたいんだ。兄弟の手紙なら開封されずに届くだろう。おまえの名前で送ってくれないか。」

「・・・え?でも。」

「殿下ーっ!」

テーブルを叩く大きな音が食堂中に響いた。


「不正を行う事は自由ですが、それを自分より立場の低い者に強制するのはやめなさい!身分をかさにきて、立場の弱い者に罪を犯させるのは、恥ずべき行いです。」

大きな声に正直怯んだ。

嫌味や当てこすりを言われるのはよくある事だが、王子という立場上人に頭から怒鳴りつけられる事はそうそう無い。


「この程度の事でと思っていますか⁉︎大きな不正は、いつだってまず、小さな事から始まるのです。狡猾になる事も時には必要でしょう。でも、それは自分で選ぶ事であって人に強制される事ではありません。」


ジークレヒトの大声に、食堂中の人間が振り向く。

反論できなかった。自分自身も邪悪に狡猾にならなくては大事な物が守れないと思った。少なくともジークくらいでないと、レベッカ姫に釣り合わない。と思ったが、思えばジークはいつだって自分が泥を被った。人を操って人に悪事をさせるのではなく、自分が悪者になる事を恐れなかった。


「部屋へ戻ろう。」

とコンラートがヨーゼフに寄り添って立たせ、食堂を出て行った。おどおどとした表情で、ヨーゼフは一回振り返ったが、そのままコンラートについて行った。自己嫌悪で胸がいっぱいになって情けなくなった。

今日の事はすぐに噂になって、レベッカ姫にも伝わるだろう。一部始終を聞いた彼女はどう思うだろうか?そう思うと、彼女に手紙を送る勇気が無くなって、結局今日まで一度も彼女には手紙を出していない。彼女からも来なかった。



そんなこんな、いろんな事があったから、僕はどうにもジークレヒトが苦手だ。

それでも一応確認できる事はしておかなくては。

「もしかして、レベッカ姫は急な病気にでもなられたのか?」

「さあ。」

「何で『さあ』なんだよ!口止めでもされてるのか?」

「僕も、彼女にはずっと会ってないんです。王都に帰って来てからずっと、彼女は自室に軟禁されていましたので。」

「彼女に会う事もできないのなら、何の為におまえはずっとエーレンフロイト邸にいたんだ?」

「コンラートを見守る為です。」


・・奴の何を守る必要があるのか疑問でならない。


「おまえの話を聞いていても、全く理解できない。」

「僕のコンラートへの思いに他人の理解は必要ありません。」

「おまえとコンラートの関係はどうでもいいんだよ!レベッカ姫に会えない理由の方だ。だから、今からエーレンフロイト邸へ行く!」

「侯爵夫人の口調から察するに、ベッキーは今エーレンフロイト邸内には居ませんよ。」

「どこにいるんだ?」

「さあ。」


「もういい、おまえとの会話は時間の無駄だ。エーレンフロイト邸へ行ってくる。」

「そうですか。」

「止めないのか?」

「命をかけて止めて来い、とは言われてませんので。」

「何で、侯爵夫人がおまえを使者にしたのか理解できないよ。」

「そうですか?僕、超わかりますよ。どうせ誰が来たって、殿下怒るでしょう。たとえ激昂した殿下に斬り殺されても、惜しくない人材をチョイスしたんですよ。」

「・・・。」


斬り殺せるか!


こんな奴でも一応名門侯爵家の跡取りだし、しかもこいつ、意外に強かった。少し前の事だが、武官課でも有名な乱暴者のグレゴール・フォン・フリートヘルムとこいつは素手で勝負し、簡単に押さえ込んだのである。(詳しい話は第三章のジークルーネとの再会・2にのってます)てっきり、文弱の貴公子、能はあっても爪のない鷹、だと思っていたのに騙されていた!

正直、こいつ胡椒なんか撒かなくても剣の勝負僕に勝てたんじゃないかと思う。だが、あの時剣の勝負で勝っていたらグレゴールはこいつを甘く見なかっただろう。弱く見せかける事がこいつの武器だったのだ。本当の顔を見せない、この狡猾さに僕はまだまだなのだと悔しく思う。


だからこそ負けたくない。こいつがエーレンフロイト邸に戻るというのなら僕も行く。

すでに、幼馴染というだけで、こいつにはレベッカ姫との関係においてアドバンテージがあるのに、これ以上差をつけられたくない。


「少し落ち着けよ。」

とフィリックスに言われた。

「落ち着いている。フィル、おまえは別に来なくていいぞ。」

「おまえが心配だから一緒に行く。エリーゼの顔も見たいし。」

あ、そうか。そう言えば、来るなと言われたのに訪問した良い理由になる。


エリーゼがエーレンフロイト邸に居てくれて良かった、と僕は少し従姉妹に感謝した。

次話からまた、レベッカ目線の話に戻ります。よろしくお願いします。

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