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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第四章 王都の職人街

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エーレンフロイト家の使者(1)(ルートヴィッヒ視点)

とてもお久しぶりな、ルートヴィッヒ王子目線の話です。

現在16歳になっています。

その日の朝は普段より30分も早く目が覚めた。

寝癖で髪が飛び跳ねているけれど、そんな事はかまわない。なぜなら、これからお風呂に入るから。


入浴してから朝食をとり、着替えをしようと思ったが、昨日決めた服で良いだろうか?やっぱり、あっちの方が。と気になり出し、決められなくなってきた。

僕の名前はルートヴィッヒ。ヒンガリーラントという国の第二王子だ。一応王子なので、外出着は何着も持っている。だから悩んでいる。

貧しい庶民がセンスの無い服を着ていても「古着屋で買ったのかな」とか「兄弟のお下がりを大事に着ているんだね」と、優しい目で見てもらえるだろう。しかし王子である僕がセンスの無い服を着ていたら待っているのは

「ああ、こいつ本当にセンスが無いんだな。」

という冷たい目だ。

これから会いに行く相手は、僕の婚約者だ。彼女に『趣味の悪い男』とだけは思われたくない。


散々悩んで、結局昨日決めた服を選び、着替えて僕は居間へ向かった。居間では従兄弟のフィリックスが僕を待っていた。

「本当に一緒に来るんだ。てっきり冗談かと思っていたよ。」

と僕は言った。


「おまえが、コンラートやジークレヒトと諍いを起こさないかが、心配だからだよ。」

そう言われて僕はむむっときた。

「そもそも、僕という婚約者がいるのに、幼馴染だという理由で奴らが彼女の家に居座っているのはおかしくないか?」

「見も知らぬ男が居座っていたらおかしいけれど、幼馴染ならば別におかしくはないと思う。」

「そうか?当主であるエーレンフロイト侯爵が不在なのに、非常識だと思うが。」

「自分にとっての常識が、他人にとっては非常識、というのはよくある事さ。」

「僕が非常識だと言っている事は、おまえにとっては違うって言いたいのか?」

「おまえが非常識だと思っている事を、エーレンフロイト姫君は思っていないって言ってんだよ。」


少し、むかついたが、でも気にしない。今の僕はとても機嫌がいいから。

「ご機嫌だな。」

「だって、この数ヶ月ずっと悩んでいた事が、一気に解決したんだ。踊り出したいくらいさ。」

「2週間前は、あんなに機嫌が悪かったのに。」

「当たり前だろうが!」


アカデミーが1ヶ月の夏休みに入ってすぐ、僕は婚約者であるレベッカ姫の実家、エーレンフロイト家に訪問の打診をした。その返事というのが

「娘は、ブルーダーシュタットに住んでいる友人を訪問しておりますので不在です。」

とのものだった。


ブルーダーシュタットに泊まりがけで遊びに行くほど仲の良い友人がいるのか。できれば、紹介して欲しい!

と、思い情報を求めてブランケンシュタイン家のエリーゼを訪ねた。エリーゼは僕の従姉妹である。


そしたら、エリーゼまで留守だった。しかも、レベッカ姫と一緒にブルーダーシュタットへ行ったって。エリーゼとは6月の終わりに、直接会ってるのに、そんな話聞いてねえ!

更に、そんな僕を打ちのめす噂をフィリックスが運んで来た。

「ヒルデブラント家のジークレヒトも今ブルーダーシュタットにいるんだってさ。」


なんで、あいつがいるタイミングで2人共ブルーダーシュタットへ行くんだ⁉︎

悔しいぃっ!

と、枕に八つ当たりをして悶々とする日々を送った。

本当は僕もブルーダーシュタットへ2人を追いかけたいくらいだったが、公務があるのでそうもいかない。別名『音楽の王国』とも呼ばれる、シュテファリーアラントから、王太子が我が国にやって来て、その接待を命じられていたのだ。


シュテファリーアラントは国民総音楽好きの国民性で、楽器の演奏が上手い人は尊敬され、下手な人は大貴族だろうと王族だろうとバカにされる。なので、兄弟一ピアノの演奏が上手い僕が接待役に選ばれた。他国の王族と縁を結び、支持を得る大きなチャンスなので拒否するわけにはいかない。

もしも、ハンドベル愛好家で有名なレベッカ姫が王都にいてくれたら、姫が贈ったハンドベルの演奏を、祭りの度に広場でして小金を稼いでいる孤児院を一緒に慰問とかできたのになあ。

接待の計画をいろいろ考えていた僕はため息をついた。


それでなくても、ここのところ、ずっと悩んでいる事があるのに。


僕は進路を悩んでいた。

僕は今、王太子である兄からその座を奪う為の計画を着々と進行中である。兄を最も支援しているのは、兄の母である王妃の実家ディッセンドルフ家だ。王妃の兄は現職の財政大臣であり、一族は大陸中にそれぞれに名家として根を下ろして大銀行を経営している。西大陸の経済に大きな影響を与えている一族だ。


その兄と対抗するには、同じくらい経済に影響を与える存在を味方にしなくてはならない。ヒンガリーラントに、それがあるとすれば港町ブルーダーシュタットが所属、加盟している『アルト同盟』だけだ。『アルト同盟』は貿易を通じて複数の海港都市が結び付き、他の大陸にも影響力を持っている。その影響力の象徴とも言えるのが『アルト同盟』が発行している『琥珀貨』だ。


『琥珀貨』は金と銀の合金である『琥珀金』で作られた貨幣で、アルト同盟の所属している都市、所属している組合の組合員の間で使用されていた。

アルト同盟は、複数の国を跨いだ組織だが、金貨を大量に持って国境を越えると関税を取られる。更に、持っているお金を他の国の通貨に両替すると高い手数料を取られてしまう。なので、国境を跨いでも税金を取られない両替も必要無い、共通の通貨を必要としていた。

それが『琥珀貨』だ。

国が発行しているわけではないので、正式なお金ではない。でも偽金な訳ではない。アルト同盟という枠内でのみ使える合金の塊だ。だが、国の通貨が国が価値を保証する事によって価値を持つように、アルト貨にはアルト同盟という存在によって保証される大きな価値があった。


この『琥珀貨』があるからこそ、四半世紀前『偽金事件』で西大陸の経済が大打撃を受けた時も、アルト同盟は、ほとんど影響を受けなかった。『琥珀貨』には通貨としても、貯蓄財産としても、小国が発行している本物の貨幣より遥かに価値がある。それがそのまま、アルト同盟自体の価値なのだ。


この『アルト同盟』という存在を自分の味方につけたい。と僕は常々思っていた。否、味方につけなければ王太子の地位には手が届かない。ヒンガリーラント内でアルト同盟に参加している街はブルーダーシュタットだけだ。ならば、ブルーダーシュタットの有力者達と、何が何でも親しくならなければ!


ブルーダーシュタットの市民と仲良くする最大の方法は、ブルーダーシュタットに住む事である。

王子である自分がブルーダーシュタットに住む方法は一つしかない。ブルーダーシュタットにある、海軍士官学校に入学する事だ。

時間は有限だ。

王太子の地位を望むなら、1日でも早くブルーダーシュタットへ行くべきだ。そうわかっているのに、僕はアカデミーを退学する決心がつかなかった。

だって、来年レベッカ姫が14歳になるのだ。やっと、同じ『高等部』に通えるようになるのだ。

学年は違うが、同じ選択授業をとったり、一緒に図書室を利用する事もできる。一緒に庭園を歩いたり、食堂で昼食をとったりできるようになるのだ。

なのに、それを目前にして退学とか辛すぎる!

だいたい、そんな事をしたらレベッカ姫に「もしかして自分は避けられているのかも」と誤解を与えてしまうかもしれない。それに、僕がいなくなったアカデミーで、ジークレヒトやコンラートが彼女と僕が過ごしたかったような楽しい時間を過ごすのか、と考えるだけで、嫉妬で頭がきいぃっ!となる。


つまり、説明が長くなってしまったが、僕はアカデミーを辞めようか、それとも残ろうかを延々と悩んでいたのである。


シュテファリーアラントの王太子と会食している時も、接待でピアノを弾いている時も、頭の中はその悩みでいっぱいだった。

いっぱいだというのに、王太子が連れて来た妹が僕に色目を使ったり、わざとよろけて抱きついてきたりするので、内心ではキレそうになった。シュテファリーアラント人の同行者達が「お似合いですなあ」とか「お二人が並ぶとまるで絵のようです」とか言ってくるのにも腹が立つ。もしも、それがエーレンフロイト家の耳に入ったらどうしてくれるんだよ!


そんな笑顔での接待漬けな日々を過ごしていた僕の耳に衝撃のニュースが入って来た。

最初に聞いたのは

『漆黒のサソリ団、エーレンフロイト領にてついに捕縛』

という物で、その次に聞いたのが

『エーレンフロイト家のレベッカ姫が、騎士団を率いて隠れ家を急襲。漆黒のサソリ団の首領は、レベッカ姫を人質にして逃走しようとしたが、レベッカ姫が逆に首領を取り押さえた』という物だった。


ありとあらゆる怪情報や下世話な情報が乱れ飛び、エーレンフロイト家に問い合わせても当主不在という事で連絡がつかない。仕方なく、親戚のシュテルンベルク伯爵を召喚したが、彼もたいした情報は持っていなかった。

5日後に侯爵夫人とレベッカ姫は王都に戻って来たが、そのタイミングでシュテファリーアラントの王族を、楽器作りで有名な地方の街へ案内する予定になっていて、僕はレベッカ姫に会えなかった。まさか、彼女がこんなに早く王都に戻って来ると思っていなかったので、地方視察の予定を長めにとっていたのが悔しすぎる。


だけど、僕は浮かれていた。この数ヶ月の悩みが解消されたのだ。

接待をしながらも、ブルーダーシュタットの情報は報告され続けている。ブルーダーシュタットの人々にとって『漆黒のサソリ団』は最も恐ろしい海賊の一つだった。友人や親戚を殺されたという人も少なからずいる。神出鬼没の海賊団は、恐怖の鎖で経済活動を縛っていた。

その『漆黒のサソリ団』が捕まった。ブルーダーシュタットの人々は飛び上がって歓喜しているという。海軍にも司法省にも捕えられずにいた海賊を捕まえた、エーレンフロイト騎士団とレベッカ姫はブルーダーシュタットでは英雄扱いだという。

特に首領を捕らえたレベッカ姫は『救いの女神』と呼ばれ、全ブルーダーシュタット市民の感謝と崇拝の対象とされているという。


当然、アルト同盟の重鎮たる商業組合の組合員達も同じ状況だ。皆が彼女に感謝している。そして恩を感じている。

レベッカ姫は、アルト同盟に加盟している商人達、国内の商人の心も国外の商人達の心も掴んだのだ。

そしてそのレベッカ姫と結婚すれば、僕は彼らの心を掴む事ができる!

もう行きたくもない海軍士官学校に行く必要もないのだ。僕は報告されてくる情報を聞きながら笑いが止まらなかった。



ただ、そんな僕の心に影を落とす奴らがいる。

レベッカ姫の幼馴染、ジークレヒトとコンラートだ。

コンラートは侯爵夫人と一緒にレベッカ姫を迎えに行き、そのまま、エーレンフロイト邸に護衛という名目で居座っているらしい。ジークレヒトの方は、実家に帰れないからと言ってやはりエーレンフロイト邸に居座っている。


そして、今日。やっと!僕はエーレンフロイト邸を訪ねる事ができるのだ。

昨日やっと、シュテファリーアラントの王族達が帰ってくれたのだ。長かった。

僕は、従僕が用意してくれた真紅のバラの花束を持って微笑んだ。

「なあ、今日の僕の格好どう思う?」

「気色悪い。」

とフィリックスに言われた。


「僕のどこが気色悪いって言うんだ!」

「感想を聞かれたから、正直に答えたんだろうが!」

「・・あの、恐れながら殿下。」

芳花宮の執事が声をかけてくる。


「何だ?」

「エーレンフロイト家から使者の方が来られまして、ご令嬢の方に事情が生じて本日の訪問は辞退させて頂きたいとの事でございます。」

「はあっ⁉︎」

と僕は叫んだ。

「どうして⁉︎事情って何だよ?」

「さあ、それはわたくしには。」

「使者はまだいるのか?」

「はい、応接室にお通ししております。」

「だったら直接聞く!」

僕は、バラの花束を手に持ったまま応接室に向かった。フィリックスもついて来る。


僕は応接室のドアを乱暴に開けた。

「王宮のお茶は香りが良いですね。」

と言って微笑んでいる使者に、デレデレしながら侍女が

「まあ、そんな。」

とか言っている。

使者は僕の顔を見ると優雅に微笑み、立ち上がって一礼をした。


「おまえが、エーレンフロイト家の使者なのか?」

「美しい朝でございます。第二王子殿下にご挨拶を申し上げます。確かに、私ジークレヒト・フォン・ヒルデブラントがエーレンフロイトよりの使いでございます。」

そう言ってジークは、再びの笑みを浮かべた。

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