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お料理勝負

そうして、急に料理作りをする事になった私は、台所と食糧貯蔵庫を確認させてもらった。


マルテは、ろくな材料は無いよ、と言っていたけれど。そんな事はない。イモに野菜、干し肉や干し魚などそれなりの物は揃っている。

嬉しかったのは、『米』があった事だ。しかも短粒米だ。小麦粉や蕎麦粉しかなかったら、何を作ろうか悩んでしまうところだったので、米の存在はめちゃくちゃ嬉しい。米がある。って事は、ここの下宿人さんは米を食べなれているって事だしね。


さてさて、何を作るかだけど。

恋人でもない男に「おいしい物を作って。」と言われて、シュクメルリとか、ビーフストロガノフとか、そういうオシャレな料理作るだけ無駄だ。

そもそも、人間の味覚は、性別、年齢、育ってきた環境で全然変わるのだ。全世界中の人間全てがおいしいと思う料理など、この世には無い。

ならば、どうするか?答えは一つだ。


全世界の人間がそれなりにはおいしく感じるが、全世界の人間がそれなりにおいしくないと思う物を作る。


マルテの家の台所の、調理用ストーブは鍋が2つのる。なので、並行して2つの料理を作る事にする。

まずは米を研ぐ。米は玄米ではなく白米だ。栄養的には玄米の方が優れているが、時短になるから白米はとてもありがたい。

米は水に漬けて給水させておく。その間に野菜スープを作る。

調味料は塩しか無かった。スパイスの類いは無い。こうなると、旨み成分、つまり出汁が重要だ。いい出汁が出そうな食材は3種類。干し魚、天井から吊るしてあったドライトマト、そしてタマネギの茶色い皮だ。


干し魚は、日本人にもお馴染みのトビウオだった。私は、頭と内臓を取り空炒りした。こうすれば、干し魚は臭みが取れる。続いて、よく洗って土を落としたタマネギの皮とトビウオを茹でる。私の料理を側で見守っていたデリクが

「えー!」

と叫んだ。

「何でゴミ入れてんだ⁉︎」

「ゴミじゃない!野菜の皮はおいしさの宝庫なの。特にその中でもタマネギはトップクラス!」


よく煮込んだら、ザルを使って汁を濾す。この時点でタマネギの皮はゴミになる。出汁をしっかりとった干し魚はあんまりおいしくないので、私が食べた。

出汁が取れたら後は野菜が柔らかくなるまで煮るだけだ。ドライトマトとタマネギとイモ。あと萎びたパセリも発見したのでそれも入れた。塩を入れてくつくつと煮込む。


その横でお粥も作り出した。白米をわずかな塩と共に煮るだけだ。


そうして、しばらく経って。料理は完成した。私はその2品を味見してみた。

うん。まずくはない。だけど楽しい気持ちにもならない料理だ。


「さあ、どうぞ。召し上がれ。」

私はマルテに皿とスプーンを出してもらって料理をついだ。

男2人は、なんとも言えない表情で料理を見ている。


男達はスープから食べ始めた。

「・・まずくはない。」

「そんな事ねーぞ。レント。想像より遥かに旨い。とゆーか、この材料ならこれが旨さの上限値だろ。肉とか入ってないんだから。」

とデリクが言ってくれた。


「おいしいよ。あたしだったらこんなおいしくは作れないよ!とっても優しい味がするよ。」

とマルテも言ってくれる。優しいのはマルテさんだよ。

「米を水だけで煮るなんて料理も初めて見たけど、なんだか、ほのかに甘みがあるしね。」

「病気の時とかは嬉しいかもなあ。」

とデリクは言った。

つまり。おいしいけれど、嬉しくはない。という事だ。


「じゃあ、この料理がおいしかったと思う人。はーい。」

と言ってデリクが手を上げる。マルテも包帯を巻いた手を上げ

「料理が得意ってのは間違いないよ。野菜の切り方や煮込み方を見ればわかる。あたしは、手が今こんなふうになっちゃったから、フミコが料理や皿洗いを手伝ってくれたら本当に助かるよ。」

と言ってくれた。


レントはため息をついて

「わかりました。」

と言った。


「じゃあ、お鍋やお皿洗っとくね。」

と言って、私は完食された3人分の皿を台所に下げた。

「手伝おう。」

と言って、レントが台所に着いて来る。


「デリク。あんた今から市場へ行って買い物して来ておくれ。あたしゃ、足首も捻っちまってね。」

「えー!俺今から寝るところだったんだけど。レントに行かせろよ。レントが買い物したらサービスしてもらえるぜ。」

「何言ってんだい!レントさんは仕事があるだろうが。つべこべ言わずに元気な奴が行きな!」


「あの、レントさんって名前なんですよね。今更ですが私は文子です。で、レントさんは、何の仕事してるの?」

「画家をしている。」

うわ!めっちゃ似合う。ものすごく優美な美人画とか描いてそう。


「マルテさんは善い人だ。」

とレントは言った。

「趣味に没頭している甲斐性無しの旦那と息子を、真面目に誠実に働いて支えている。」

「へえ、息子さんいるのね。」

と言ってキョロキョロしていたら、

「今はいない。ご主人は、植物採集旅行に出て行って、息子はバイオリニストになるのだと言って、シュテファリーアラントに行った。」

「あ、シュテファリーアラントって知ってる。『音楽の国』って言われてる国でしょ。すごいね。才能あるんだ。」

「そう思うかどうかは、人による。」


無いと思っている人の方が多いのかもしれない・・・。


「貴族と平民が、問題に巻き込まれれば責任をとらされるのは必ず平民の側だ。その事を決して忘れないで行動しなさい。」


それが言いたくて台所までついて来たらしい。


わかってるよ。

心の中でつぶやいた。

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