王子が家へやって来る
ルートヴィッヒ王子が我が家へやって来る。
それを聞いて私は、ふらりと倒れそうになった。
王子こそ私の最大の死亡フラグ。13日の金曜日にチェーンソーを持ってテレビ画面から這い出して来るピエロよりもホラーな存在なのだ。
どうして、そういう存在なのか、もしかしたら第四章から読み始めました。という人もいるかもなので、説明させて頂こうと思う。
私の名前は、レベッカ・フォン・エーレンフロイト。地球とは違う世界にあるヒンガリーラントという国の侯爵家の令嬢だ。
そして先程名前をあげたルートヴィッヒ王子は、ヒンガリーラントの第二王子殿下。そして、なんと、よりにもよって、この私の婚約者なのである。
と言っても、私達の間には恋愛感情のレの字も無い。そもそも交流が無い。尊敬する気持ちも存在を意識する感覚も無い。
そんな私達が婚約しているのは、ルートヴィッヒ王子が腹違いの第一王子と、有刺鉄線電流爆破デスマッチ並みの激しい王位継承争いをしているからである。
最終的にこの醜い争いは、ルートヴィッヒ王子の勝利で終わるが、勝利してしまえば一番の勝利の功労者が、一番の邪魔者になるのが政治という物だ。
しかもルートヴィッヒ王子は複数の愛人を囲っていた。その為、尚のこと邪魔者だった私は、18歳でルートヴィッヒ王子かルートヴィッヒ王子に命令された何者かによって殺されてしまう。
完。
ではなく、話はまだ続く。レベッカだった頃人並みに徳を積んでいた私は、地球の日本にて再びの生を受け、文子という女の子になった。
生まれてすぐに親に捨てられてしまった為、児童養護施設で育ったが、良い大人や良い友人に恵まれグレもせずに健やかに成長。将来は薬学系の大学に行きたいと夢を持ち、高校時代はひたすら勉強したり、アルバイトに励んだり、罠猟免許を持っていた友人が捕まえたイノシシの解体を手伝ったり、友人と一緒にアニメキャラのコスプレをして本を売ったり、とごくごく普通の学生生活をおくっていた。
趣味は料理と、バッティングセンターでバットを振る事。勉強やバイトでストレスが溜まるたびにホームランをかっ飛ばしていたら、そのうちヘッドスピードが100キロ以上出るようになって、野球部に入らないかと真剣に誘われたものだ。バイトが忙しかったから断ったけど。
そんな文子の人生も18歳で幕を閉じる。
ちまたで社会問題になっていた自動車の逆走事故に巻き込まれのだ。
そしたら、なんと再びレベッカの人生に戻って来てしまったのだ。
その時の年齢は11歳。まだ、ルートヴィッヒ王子と婚約する前だった。
私は、なんとか婚約を回避しようと頑張った。しかし、第一王子と第二王子の間の問題は、日本海溝より根が深く、私の努力程度ではどうにもならなかった。結果、今現在、13歳の私はルートヴィッヒ王子の婚約者になっているのである。
それならば、私を今後殺す事になるかもしれない人とできるだけ出会わないようにしようと考えた。ところが国王陛下にアカデミーに入学するようにと命じられ、犯人候補の人達と次々にエンカウントしてしまったのである。
ならば、その犯人候補の人達と良好な関係を築こうと努力してみたのだが、どうもあまり上手くいっていない。
ちなみに。犯人候補の人達、及び関係はこんな感じである。
その① フィリックス・王子の従兄弟 子供チェス大会でボロ勝ちし、とても恨まれている。
その②コンラート・王子の友人 婚約者であるジークルーネの問題に首を突っ込み激怒される。
その③エリザベート・王子の従姉妹 何を考えているか読めない。海賊の襲撃情報を内緒にしていた事は怒っているもよう。
その④ジークルーネ・王子の友人 お兄さん命。お兄さんとの関係が良好なら良いが、もし悪化したらどういう目に遭わされるかわからない。怪しげな薬品の取り扱いに長けている。
その⑤ユリアーナ・王子の将来の恋人(?) 今現在は関係が良好。ただ、感情の起伏が激しいところがあり、何がスイッチになるか不明。
その⑥コルネリア・???
今のところ、なんとかマシな関係なのは、ジークとユリアだけであろうか。
この関係を良好なものとし続ける為、私もいろいろと努力はしている。
まずジークだが、私は地球時代の知識を使って、この世界に多色刷り版画技術を持ち込んだ。その技術を基に絵本を作り、小金を稼いでいるのだが、その絵本の挿絵を描くのを、ジークのお兄さんに依頼しているのだ。ジークのお兄さんの描く絵は可愛らしく、評判は上々だ。今のところ、私とジーク兄妹とはウインウインの関係を築けていると思う。
次にユリアだが、平民の彼女が殺人の犯行現場となった王宮内にいたのは、彼女が私の侍女だったからだ。彼女は13歳の誕生日、父親を海賊に殺されてしまいそれが原因で実家が没落する。その為、我が家に奉公に来ていたのだが、もし父親が殺されるのを回避すれば、実家が没落する事もなく、私の侍女になる事はない。なので私は今年の夏突然できた夏休みを利用し、ユリアの実家へ向かった。ユリアのお父さんを救う為ユリアのお父さんに超強力下剤を飲ませたのだが、そしたらユリアが海賊とエンカウントしかけるという危機に陥り、結局私は海賊討伐に関わる事に。
結果私は『海賊団のボスを潰した女』と王都中で噂される事になった。
え?ボスのナニを潰したかって?それは、慎み深い旧日本人にはとても言えない。
というふうに、名誉を犠牲にしてまでユリア達を守ったのに、なぜかわからないうちにユリアは私の侍女に決まってしまった。
私は『運命の修正力』というものに、恐怖を感じて仕方がない。形状記憶シャツだってもう少しシワが残るよ!
そんな、貴族の令嬢どころか、女としてどんななんだよ、という噂がたってしまっている私に、婚約してから一度も私に会いに来た事の無いルートヴィッヒ王子が会いに来るのだという。
やばい、やばすぎる!
王族の婚約者でありながら王室の品位を貶めた、という罪で、殺されるかもしれない!
「お・・おお王子殿下は、ブルーダーシュタットでの事知っているのかな?」
「それは当然ご存知でしょうね。」
とお母様が言う。
「お・・怒ってるかな?
「お怒りかもしれないわねえ。」
たぶん、今私はムンクの『叫び』みたいな顔になっていると自分で思う。
だって、今エーレンフロイト邸内には、夏休み中だから、侍女のユリアだけじゃなく、コンラートもジークもエリーゼもいるんだよ!
死亡フラグが乱立している‼︎
「明日は朝からきちんと身支度をして、王子殿下とフィリックス公子殿下をお迎えするのよ。」
「フィリックスも来んの⁉︎」
「呼び捨てにするのではありません!国王陛下の甥なのですよ。間違っても不躾な態度を取らないように。」
お母様の、『ご注意』は延々と続いたが、正直あんまり頭の中に入って来なかった。
「・・来る、きっと来る、ソレを見たら終わり、13日が金曜日だと七五三は日曜日・・・。」
文子時代に見たありとあらゆるホラー映画の音楽やらフレーズやらが、脳内を爆走しもう自分が何を口走っているのか自分でもわからない。
「大丈夫でしょうか?お嬢様は?」
とゾフィーに真顔で心配された。
その日の夜。私はいつまでも眠りにつく事ができなかった。
怖い。怖すぎる。気分はまるで明日処刑される死刑囚だ。というか、本当に処されてしまうかもしれないのだ!
ダメだ。私には耐えられない。
私は、童話作家のアンデルセンくらい、危機管理能力があるので、室内にロープを用意している。
少しずつ窓から差し込んでくる朝日の中で、私はプルプルと震えながらロープに輪っかを作った。
ごめんなさい。ごめんなさい。でも、こうするしか私にはないのです。
ただひたすら、心の中で私は謝り続けた。