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7月9日の王都の朝(1)(リヒャルト視点)

レベッカの従兄で、コンラートの父親のシュテルンベルク伯爵視点のお話になります。

7月9日、朝。朝食の席

シーンとした食堂に、カトラリーの音だけが響く。


私の名前は、リヒャルト・フォン・シュテルンベルク。シュテルンベルク伯爵家の当主だ。

両親はすでに亡く、妻も6年前に亡くなった。それ以来、一人息子のコンラートと2人家族である。コンラートは16歳で、普段はアカデミーの寄宿舎に住んでいる。だが、アカデミーの一部を改装する事になって、急に1ヶ月アカデミーが休みになった。なので、息子は今、家に戻って来ている。


息子であるコンラートは、親の欲目を差し引いても立派な息子である。文武に秀で、問題行動を起こした事もないし、顔立ちも整っている。そんな、息子にも2つほど欠点・・というか瑕疵がある。まず一つはおそろしく愛想が無い事だ。

この年頃の子供が親に塩対応なのは、仕方のない事なのかもしれないが、他人に対してもそうなのである。

息子の友人というのを見た事が無いし、社交的な集まりにも一切行く事が無い。いつも邸内で、剣や馬の訓練をしているか、勉強や読書をしているかだ。


私が、今のコンラートくらいの年齢の頃は、休みの度に友人を家に呼んだり、友人の家を訪ねたりしていた。その友人達の存在は、今でも私にとって財産だ。コンラートにももう少し、自分を広く持って欲しい、と親としては思わずにいられない。今も、食堂で一緒に食事をしていても、私達の間に会話は無い。私が、質問をすれば短く返答はするが、それだけだ。そして、夏休みも9日目ともなると、質問する事ももはや無い。


もう一つについては、考えるだけではらわたが煮え繰り返るのだが、コンラートは婚約者だった女に裏切られているのだ。その小娘は、平民の使用人と駆け落ちをしたのである。相手の家からは、婚約破棄の書類と莫大な慰謝料を渡されたが、コンラートは婚約は破棄しないと言って、それを突き返した。そんな女に執着してどうする⁉︎と思ったが、コンラート曰く、婚約を破棄すると、新しい婚約話が持ち込まれてくるかもしれないので、それが鬱陶しい。本当に、結婚したいと思える女性に巡り会えるまで、余計な事に煩わされたく無い、との事だった。


正直言って気持ちはわかる。私もそうだからだ。妻を亡くして6年。『伯爵夫人』という地位に目の眩んだ女達が、パーティーの度に群がってくる。私には再婚をするつもりが無いので、それが本当に面倒くさい。私が再婚をするつもりが無いのは、後継者問題で揉めたくないからだ。私が再婚し、新しい妻に男児が生まれれば、妻と妻の実家の人間は、その子を次期伯爵にしたいと考えコンラートを排除しようとするだろう。

すでにコンラートという、立派な後継者がいるのに、家中に騒ぎを起こしたくないのだ。


コンラートの婚約者を決めたのは、死んだ妻だ。親友だった女性と、性別の違う子供が生まれたら結婚させようと約束をしていたのだ。親友の女性が生んだ第一子は男の子だったが、次に生んだのが女の子だった。なので、その女の子が生まれて1週間でコンラートは婚約をした。私も別にその時は、その婚約に不満は無かった。私の妻は私の祖父が決めた婚約者だったのだが、その妻と私の母はとても仲が悪かった。間に挟まれた私としては、大変な心痛だったし、妻が泣いている姿を見るのは辛かった。

だから、息子の嫁は妻が気に入った女性が一番!と、その時は考えてしまったのだ。私は、祖父に決められた婚約者とも上手くいき、それなりに幸せな結婚生活を送ったので、息子だって、親の決めた婚約でもそれなりに上手くやるだろうと楽観視していた。


だが、妻の親友と妻が相次いで亡くなると、子供達同士の接点が無くなった。お互い顔を合わす事も無くなったし、手紙のやり取りなどをしていた気配も無い。その挙げ句に他の男と深い仲になって駆け落ちをされたのである。確かに愛想の無いコンラートに向こうだって不満があったのかもしれないが、そうだとしても、許す事はできない。親としては、もっと素晴らしい女性と出会って婚約をして欲しい、と強く願うが、コンラート自身が社交の場に全く出て行こうとしない。息子の容姿なら、十分女性が寄って来ると思うのだが、新しい相手を探す気配が本人に無いのだ。

うちの娘はどうでしょう、と私に言ってくる貴族も多いし、その中にはなかなかに魅力的な少女もいるのだが、また親が勝手に決めて悲惨な結果になったらと思うと口を出しにくい。

一人息子である以上、いつか絶対結婚してもらわなければ困るのだが、話題にしにくく、正直時々亡き妻の事が恨めしくなる。


「旦那様、お食事中に申し訳ありません。」

急に執事のオイゲンが声をかけてきた。

「どうした?」

「エーレンフロイト御夫婦より、旦那様に相談したい事があるとの連絡がございました。」


エーレンフロイト侯爵夫人アルベルティーナは私の叔母に当たる。しかし、祖父が年をとって迎えた後妻の娘なので、私よりも年下なのだ。私にとっては実の妹と同然の存在である。夫のフランツは私の友人で、私の家に何度も遊びに来ているうちにアルベルと親しくなり2人は結婚した。子供は2人だが、姉であるレベッカは極めて聡明な娘であり、その賢さゆえに第二王子の婚約者に選ばれたほどだ。性格も優しく、孤児院の子供達や、救貧院の女性達を積極的に支援している。正直、第二王子の婚約者でさえなければ、コンラートの妻になって欲しいくらいだ。弟のヨーゼフは、とても愛嬌のある話し好きな子で、コンラートがこんなだったらなあ。と、つい思ってしまう。


家族仲もいいし、悩みとかなさそうでいいよなあ。と、つい友人夫婦を羨ましく思いつつ私は

「相談とは珍しいな。何かあったのだろうか?そうだ。急ではあるが、今日の夕食に招待しようか。」

と言った。夕食は賑やかになるな。と、内心食事中の沈黙にげんなりしていた私は、ほっとしていた。しかし、オイゲンは首を振った。


「旦那様。できるなら面会は1秒でも早く。とのご連絡でございます。」


・・だったら、最初からそう言えよ。と内心思う。

「珍しいな。何かあったのだろうか?」

「おそらく、新聞に掲載されたご息女の件ではないかと思います。」

「レベッカが?どうしたんだ⁉︎いや、それより新聞を持って来てくれ。」

私はカトラリーを置いた。

正直新聞に、あまり良いイメージはない。真実かどうかよりも、面白さに重きを置いている代物も多いからだ。だいたい、事実だからと言って何を書いても良いという物ではないだろう。そっとしておいてほしい事というものもあるのだ。コンラートの婚約者が駆け落ちした時つくづくそう思った。


オイゲンが新聞を複数持って来た。おかしい。定期購読している新聞は一紙のはずだ。それを指摘すると、新聞を読んで内容に仰天し、もっと詳しい情報を得る為、下働きの者に他の新聞を買いに行かせたとの事だった。

私は、オイゲンがエーレンフロイト家に連絡を送っている間に新聞を読んでみた。コンラートも新聞を手に取って読み始める。


記事の内容はようするに、エーレンフロイト領に『漆黒のサソリ団』と呼ばれる海賊が出没し、侯爵令嬢レベッカ姫が騎士団を率いて海賊を捕縛した。というものだった。


ウソだろ。と内心で思う。シュテルンベルク領は海が無いのであまり詳しくは知らないが、『漆黒のサソリ団』は相当凶悪な海賊団のはずだ。それを討伐するのに、13歳の令嬢が先頭に立つ訳がない。娘を溺愛しているフランツが、そんな真似をさせる訳など絶対にない!

私は乱暴に新聞を置いた。コンラートは無表情で別の新聞を読んでいる。息子に話しかけるチャンスと思い

「そちらの新聞にはどういう風に書いてある?」

と聞いてみた。


「『漆黒のサソリ団』の根城をエーレンフロイト騎士団が襲撃したそうです。」

「そうか。」

「その際、同行したベッキーが海賊の首領の人質にされたらしく・・。」

「何いっ!」

「ベッキーが海賊の首領の急所を攻撃して、秒殺したそうです。ベッキーは無傷だそうですが、海賊の首領は重傷だそうです。」


こっちの新聞以上に胡散臭いなっ!そんな事が13歳の少女にできるのか⁉︎

「『急所』ってどこなんだ?眉間か?それとも喉笛か?」

「・・人間全般よりも、男にとっての急所です。」


・・・キュッとなった。心臓が。


「エーレンフロイト様がお着きになりました。」

とオイゲンが言いに来たので私は応接室に向かった。コンラートもついて来た。


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