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《155万pv突破!》侯爵令嬢レベッカの追想  殺人事件の被害者になりたくないので記憶を頼りに死亡フラグを折ってまわります  作者: 北村 清
第三章 港街ブルーダーシュタット

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突入

実は、この世界にはまだ火薬が無い。だから、鉄砲も大砲も花火も無い。騎士達は剣や弓で狩りを行い敵と戦う。アレとコレとソレを混ぜたら火薬ができるという知識を私は持っているけれど、それを世に広めるつもりは無い。火薬があったら、トンネル工事とかするのに便利になると思うけれど、戦争やらテロが今までと比べものにならないほど悲惨なものになるはずだ。そんな事になるくらいなら、トンネルはツルハシでコツコツ掘っておけば良いと思う。


だから、アレは爆弾が爆発したってわけじゃないはずだ。粉塵爆発?それともボイラーに何かあった?

とゆーか、エーレンフロイト騎士団がなんかしたの?


私達4人は館に向かって走り出した。もし応接室で何かの爆発が起きたのだったら、ちょっとの衝撃ですぐ割れる真珠はもちろん、靭性じんせいの低いエメラルドも粉々になっちゃってるんじゃないのか!そして、もちろん人間も。


館の方から複数の人間達が庭に飛び出して来ているのが見えた。先頭を走っていたのはアーレンス氏だ。ライオンのたてがみのような髪型だったのに、その髪の右半分が焼けこげてアフロヘアになっていた。聖人でも君子でもない私は、心の中のいいね!ボタンを連打した。


「何があったんですか⁉︎」

とカレナが聞いた。

「あわわわわ・・。」

と叫んでいるだけで、アーレンス氏とは会話が噛み合わない。

「エーレンフロイト騎士団が乱入して来たのです。」

とセルナール氏が言った。

こちらは、アーレンスと違って髪一筋たりとも乱れていない。この状況の中でもテレビのCMに出てくる俳優のように爽やかだ。

セルナール氏が私の方に一歩寄って来たので私は一歩後ずさった。彼は、シュヴァイツァーがレオデキアにいた頃からの知り合いだという話だった。となると、この男信頼できるか?


「何が爆発したのですか?」

とアーベラが聞いた。

「し・・執事が、小瓶を投げて、そしたら。」

アーレンスの部下が震えながら言った。海賊共はニトログリセリンみたいな物でも発明していたのだろうか?


「お嬢様ー!」

ヨアヒムの声がした。良かった。爆殺されてはいなかったらしい。10人くらいの騎士達と一緒にこちらに走って来る。私がそちらに行こうとした瞬間、ガシッと体をセルナールに掴まれた。アーベラが剣を抜いたが、セルナールの部下がアーベラとセルナールの間に割って入った。アーベラの剣とセルナールの部下のナイフがガキンっとぶつかった。セルナールが、大きなナイフを私の頬に押し当てる。

「ベッキー様!」

とユリアが叫んだ。


「動くな!動いたら、お嬢様の顔が二目と見れない顔になるぞ。」

やっぱり、こいつも海賊だったのか!そして私は人質にされてしまった。

こんな状況だが私は「うわー、私まるで『英雄の島』の男主人公になったみたい。」と思っていた。

このまま攫われてしまったら『傷モノ』扱いされて、王子との婚約が無しになんないかなあ。とも考えた。

しかし、のんきな事を考えている場合ではない、とセルナールのセリフを聞いて我に返った。


「おまえら!ここにいる連中を皆殺しにしろ。」

「了解、ボス!」

カールおじさんではなく、コイツがボスだったのか。

セルナールが連れて来ていた3人の部下と、マッチョ侍女のジビラが武器をかまえる。部下達が持っているのは大きなナイフで、ジビラが持っているのは童話『桃太郎』で鬼が持っていそうな棍棒だった。騎士達は私が人質になっているせいで動けない。

ユリアを抱きしめるような形でへたり込んでいるカレナが

「・・どうして、ジビラさん?」

と震えながらつぶやいた。


セルナールは私の腹にガッチリと腕を回している。だが、子供だからと油断しているのか、ナイフを頚動脈とかに密着させるのではなく、少し体から離していた。私は両手でセルナールのナイフを持った腕を掴んだ。


ガッチリと拘束されている時に唯一攻撃できる急所は、足の甲。と、水曜9時の『あのお方』の相棒が言っていた。

私は思いっきり右の足でセルナールの右足の甲を踏みつけた。

セルナールの履いている靴が厚手の革靴や木靴だったら、たいした攻撃にならなかっただろう。しかし今は夏なので、セルナールが履いている靴は革紐を編んで作ったサンダルだった。

私は足の甲を踏んだ状態のまま、左足で、勇者武蔵坊弁慶も泣いたという足の脛を蹴りつけた。更に首を後ろに動かし、三叉神経のある上唇と鼻の間に頭突きをくらわせた。三叉神経の痛みは『人が感じる痛みの中で最もひどい痛み』というふうに言われている。私の腰に手を回していたセルナールの腕の力が緩んだ。


文章で書くと長いが、私がガンガンガンッ!と踏み蹴り頭突きをくらわすのにかかった時間は0、5秒ほどだ。


セルナールから自由になった私は、前に向かって逃げるなんてマネはしなかった。そんな事をしたら、セルナールに背中を袈裟懸けに斬られただろう。私はくるりとセルナールに向き直り、体をくの字に曲げて、頭頂部でセルナールの男性の急所に体当たりした。

セルナールが後方に吹っ飛んでいく。ここで華麗にバク転でも決められたらカッコいいのだが、さすがにそんなわけにはいかず、私は「よっとっと。」とつんのめって片手をついた。途端に背後からものすごい殺気を感じた。


あ、いかん。詰んだ。オワタ。そう思った。18歳まで生きることも叶わず、ここで命を散らす事になろうとは。

ああ、お願いだから、男のアレに頭突きして殺された女、とだけは墓碑銘に書かないで欲しい。


と天に祈りを捧げていたが。

誤解だった。殺気を放っていたのは、エーレンフロイト騎士団だったのだ。

「てめえ、お嬢様に何してくれとるんじゃー!」

「生きて明日の朝日を見れると思うなー!」

「いてもうたれー!」


もう、完全に気を失っていると思われるセルナールを蹴るわ踏むわ、どちらが悪役なのかもわからない惨劇だった。


「ベッキー様ー!」

そう叫んで、ものすごい勢いでユリアが私に抱きついてきた。そのせいで、思いっきり尻もちをついた。アカデミーの寄宿舎で私がユリアに抱きついた時は、とってもアワアワしていたのにいったいどういう心境の変化なのだろうか?でも、私はユリアの頭をギュッと抱きしめた。

なぜなら、騎士団の1人がマッチョ侍女のジビラの首を切りつけ血が噴水のように噴き出していたから。


私は演技とはいえ、時代劇やら大河ドラマやらで、人が切りつけられたり処刑されたりするのを見た事がある。それに、箱罠にかかったイノシシのナイフを使ったトドメ刺しを、親友のお祖父さんがしたのも見た事がある。そんな私でも震えのくる光景が眼前で繰り広げられている。こんな光景は絶対にユリアに見せちゃあなんねえ。


「お嬢様。」

と言って、アーベラも抱きついてきた。アーベラが戦線を離脱してもかまわないほど、もう海賊との勝負はついてきているのだ。

海賊達は皆地面に倒れ伏している。騎士団員の方はケガをしている人はいるが、皆ちゃんと生きていた。ちなみに、アーレンス氏は泡を吹いて失神していた。


2人に抱きつかれて、じわじわと私は恐怖心が湧き上がってきた。無我夢中で海賊に抵抗してみたが、運が悪ければ、血まみれで倒れているのは海賊達ではなく私であったはずなのだ。


私の視線の先でカレナが呆然として座り込んでいた。彼女にしてみたら何がなんだかわからないだろう。突然、見知らぬ人間達がなだれ込んで来て、2年間一緒に働いてきた女性に殺されかけて、そしてその女性は今、死体となって倒れている。

「ユリア。私は大丈夫だからカレナさんを。」

と言ってもユリアが抱きついたまま離れない。

仕方なく、私はユリアにしがみつかれたままカレナににじり寄った。


「カレナさん。シュヴァイツァーやセルナールは『漆黒のサソリ団』の一味だったの。領主であるお父様の元に告発の手紙が届いて騎士団が調査していたのよ。その捜査の最前線にいた騎士が2人行方不明になっているの。もしかしたらこの館のどこかに監禁されているかもしれない。この館に、使用人達に気づかれずに人を閉じ込めておける場所はない?」


「それは・・いろいろと。私が入ったらいけないところ・・いっぱいあったんです。奥様のクローゼットに旦那様の書斎。庭の観測部屋・・。でも、そんな・・。」


「隊長!当主と執事が見つかりません。庭に逃げた後見失って。門の前には騎士達がいましたから、門からは出ていないはずですが。」

騎士の1人がそう報告に来た。


「庭に、使用人が入ったらダメって言われていたという建物があるよ!そこじゃないの。」

と私は言った。そこでないとしたらトイレだろう。

騎士達は観測部屋へ向かった。私もアーベラもユリアもカレナも一緒に向かった。観測部屋のドアは開きっぱなしになっていた。

観測部屋の中に望遠鏡なんかなかった。あったのは地下へと続く階段だ。その向こうからほのかに海の匂いが漂ってくる。何人かの騎士達が駆け降りて行った。


・・・この部屋、なんかおかしい。と、私は思った。

外から見た大きさに比べて中が狭すぎるのだ。

もしかして、壁の向こうに秘密の空間がある?壁を叩いて反響音を確認してみようかと思った瞬間、壁の向こうから壁を叩く音がした。


「お嬢様下がってください。」

とアーベラが言った。壁と床の境目には何故かレンガが置いてある。アーベラが他の騎士達と一緒にレンガを動かした。そしたら、忍者屋敷の回転扉みたいに壁が回ったのだ。


「ティアナ、イェルク!」

桎梏をつけられたティアナとイェルク、そしてあと2人の男女が床に転がっていた。

「お嬢様・・。」

ティアナが、体を起こしてつぶやいた。位置的に見てイェルクが壁を蹴って音を出し助けを求めたようだ。まるで犬のエサ用のような安っぽい皿に水が入っていて床に置いてある。海賊共は水だけはくれていたようだ。でも、こんな4人でいるには狭い真っ暗な部屋に人間を閉じ込めるなんて!

窓が無いから蒸し暑いし、トイレにも行かせてもらえなかったようだ。それでも、生きていてくれた。私はティアナに駆け寄り抱きついた。涙が目からあふれ出して止まらなかった。


「よいしょ。」

と言って、私はティアナをお姫様抱っこした。

「お嬢様、私が運びます。」

とアーベラが言う。

「大丈夫。アーベラの方が力があるんだから、男の人を抱えて。」

「自分よりも、彼らを。」

とイェルクが言った。安心したのか、女の人が声をあげて泣いていた。


「カレナさん。お水持って来て。」

と私は頼んだ。

「・・はい。」

と、呆然とした顔でカレナは言った。多分カレナは今の今まで、突入して来た人の方が悪者で、この家の人達が被害者、という可能性を捨てきれなかったのだろう。だが、悲惨な状況下で監禁されていた人達を見て、現実を理解したのだ。

更に、私達が監禁されていた4人を太陽の下に運び出した頃、ものすごい罵声と大きな音が聞こえてきた。騎士達が、逃げていた海賊を捕まえて階段を登ってきたのだ。優しげだったカールおじさんも、紳士的だった執事も同一人物とは信じられないくらい猛悪な顔つきになっていた。ゲーリー夫人は、女性が言ったらいかんでしょ、というようなお下劣な言葉を叫び続けている。


「カレナさん。お願い、お水を。あと、傷薬か何かあったら。」

「はい。」

と言って、ふらふらとカレナは歩き出した。

ティアナもイェルクも、なんとか桎梏を外そうとしたのだろう。手首は擦り傷だらけだった。イェルクは髪と額にも血がこびりついている。

でも、桎梏で良かった。血の流れが止まるほど縄で縛りあげられたりしていたら、クラッシュシンドロームが恐ろしいところだ。


私がおいしくバウムクーヘンを食べていた間に、こんな悲惨な目にあっていたなんて。

「ごめんねえ。助けに来るのが遅くなって。」

「そんな事ありません!7日になれば、必ず助けが来るって信じてましたから。だから、大丈夫でした。私達の方こそ、こんな失態を、申し訳ありません!」


私はヨアヒムに見せた後、返してもらっていた銅貨をイェルクに返した。

「気がついてくださったんですね。」

イェルクはそう言って泣きながら笑った。

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