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翡翠と真珠と薄幸の少女

7月7日。ついにやって来てしまったXデーである。そしてユリアの13歳の誕生日でもある。


晴れた空の下、レーリヒ商会の船は西へと進んでいた。シュヴァイツァー邸までは、船で行くのである。

船は海岸沿いを進んでいる。海賊対策の為だ。海岸の近くは、海軍の船が巡回している為、海賊が出る確率は著しく低い。


「シュヴァイツァー邸に来る他の2つの商会って、どういう商会なの?」

と私はユリアに聞いてみた。

「1つはアーレンス商会です。王都の貴族と繋がりの深い、とても大きな商会です。」

朝市で貝を焼いていたおじさんが、今イケイケの商会だと言っていた商会だな。手強そうなライバルだ。

「もう1つはクレーベルという国にあるセルナール商会です。クレーベルは、西大陸と北大陸の間の海上にある島国です。シュヴァイツァー家が北大陸に住んでいた頃から繋がりのある商会と聞いています。」

「ふうん。その2つの商会がどんな宝石を用意しているかとかわかるの?」

「いえ、全然わかりません。でも、私達はこの日の為に最高級の宝石を用意しました。だから、きっと、きっと選んでもらえるはずです。」

そう言いつつもユリアは不安そうに手を胸の前で組んでいる。


「どういう宝石なのか、聞いてもいいかな?」

「はい。緑色の宝石は翡翠です。」


・・・ん?

翡翠ってそんな高価な宝石だっけ?

なんとなく、緑色の宝石で高いっていったら、エメラルドとかグリーンダイヤモンドとかを連想していたんだけど、翡翠なの?

いや、まあ、もしかしたらこの世界では翡翠が超高級品なのかもしれないし、ものすごく大きな翡翠なのかもしれないし、地球のホープダイヤのようになんか歴史とかいわくとかある石なのかもしれないし。余計な事は言わんでおこう。


「そして真珠は、ティアドロップパールのイヤリングなんです。同じくらいの大きさの物が2つ手に入ったのでイヤリングにできたんですよ。」


ティアドロップパールとは、涙の雫の形をした真珠の事だ。

養殖真珠は、綺麗な真球型に簡単にできるが、天然パールはそうはいかない。真球型のパールが見つかる確率なんてそれこそ、ウン千分の1ウン万分の1で、ほとんどのパールは楕円形だったり饅頭型だったり、ホラー映画に出て来る不定形生物のような形をしたりしている。

そんな中で、ティアドロップパールと呼ばれる形のものはかなりの高級品だ。しかも、それが2つなんて、はっきり言ってかなりすごい事だと思う。だけど私はなんだか不気味な予感がした。

地球の歴史にティアドロップパールを巡る、ある恐ろしい話があるのだ、


中世ヨーロッパ、スコットランドという国にメアリー・スチュアートという名の女王がいた。絶世の美女だったが人格者ではなくどちらかというと愚かな人だった。ウィリアム・シェークスピアは、彼女と彼女の息子をモデルに4大悲劇の一つ『ハムレット』を書いたと言われている。

愚かな女王であったメアリーは、貴族からも民衆からも嫌われ見放されイングランドに亡命した。当時のイングランドの王はエリザベス1世だった。だけど、エリザベス1世は、メアリー・スチュアートを処刑してしまう。

処刑した理由として、イングランドの王位継承権を持っていたメアリーをエリザベスが警戒したからとか、エリザベスが不美人だったので美しいメアリーに嫉妬したからとか、まあいろいろな俗説があるのだが、その俗説の1つに、メアリーがとても美しいティアドロップパールのイヤリングを持っていて、エリザベスがそれを欲しがったがメアリーが決して渡さなかった為殺して奪ったという説があるのだ。


ホープダイヤモンドもそうだが、美しい宝石には人を惑わす魔力があり、それが時として不幸を呼ぶ。

ティアドロップパールの話が、本当か嘘かはわからないし、そもそもメアリー・スチュアートの処刑は権力と宗教の問題が複雑に絡み合っていたのだと思うけど、それでも私はなんだか今ユリアが持っている真珠が不吉に思えた。


「この翡翠と真珠を手に入れる為に、お父様は銀行に大金を融資してもらったんです。もし、この宝石が気に入ってもらえなかったら、誰にも買ってもらえなかったら、うちは破産してしまいます。何としても頑張らないと、私・・。」


なんてこった。そんな宝石をうっかり無くしたら大問題になるだろう。盗まれたら、もっと大問題になるはずだ。それもあって、レーリヒ商会は破産したのかもしれない。


「ユリアはシュヴァイツァー夫妻に会った事あるの?」

「はい。一度お父様にお屋敷に連れて行ってもらった事があるんです。ご夫妻のどちらも、とてもお優しい方なんですよ。お二人に会えるのは楽しみではあるんです。それに、カレナに会えるし。カレナ元気かなあ。」

「カレナって誰?」

「私にとって姉のような人なんです。」

そう言って、ユリアはカレナさんとやらの事を話し始めた。しかし、彼女の半生は小説のネタになりそうなくらい悲劇的なものだった。


カレナさんは現在19歳。父親は、ユリアの父親がものすごく信頼していたレーリヒ商会所有の船の船長だった。母親はカレナが幼い頃病気で死んでしまった。そして父親もカレナが13歳の時、旅の途中風土病で亡くなってしまう。カレナの父親はユリアの父親に「自分に何かあった時には娘を頼む。」と常々言っていたそうだ。なので、孤児になったカレナをユリアの侍女として館に引き取った。ゆくゆくは父親代わりとしてレーリヒ家からお嫁に出してあげるつもりだったらしい。

そして年頃になったカレナは恋をした。

相手はヘルムス商会の跡取り息子だった。当時、彼は社会勉強の為、レーリヒ商会で研修を受けていた。

カレナはレーリヒ家の侍女とはいえ、娘も同然の立場だ。死んだ父親は侠気のある人物で、ブルーダーシュタットの人達から深く尊敬されていた。

だからヘルムス商会の商会主は、二人の事をとても喜んだ。周囲からも祝福されて二人は結婚秒読み状態だった。


ところが、そこに邪魔者が現れた。ブルーダーシュタットに支店を置く銀行の支店長の娘が、カレナの恋人に横恋慕したのだ。彼と結婚できなかったら死ぬ!とその娘は大騒ぎし、銀行の支店長はヘルムス家の息子に、自分の娘と結婚しないなら融資をみんな引き上げると脅した。支店長は貴族で、王都にある本店の頭取は王妃の兄であるディッセンドルフ公爵だった。逆らえば、ヘルムス商会は分子レベルで消滅してしまう。

カレナとカレナの恋人は泣く泣く別れた。

そして、カレナの恋人は支店長の娘と結婚した。しかし、嫉妬深いその女は、夫の元婚約者であるカレナが、ブルーダーシュタットで息をする事も許さなかった。今度はレーリヒ商会に、融資を打ち切ると圧力をかけ、カレナをブルーダーシュタットから追い出すよう命令したのだ。

カレナはレーリヒ家に迷惑をかけられないと言って、ブルーダーシュタットを出て行った。


「ちょうどその頃、シュヴァイツァー様がエーレンフロイト領に来られて、使用人を募集されたのです。『漆黒のサソリ団』の事があるので、確実に身元を証明できる人に限る、という事で、カレナは使用人として雇ってもらえらのです。シュヴァイツァー様は外国の貴族だから、ヒンガリーラントの貴族とのしがらみもないし、本当に良かったと思いました。シュヴァイツァー様には感謝しかありません。」


良くないよ。

と、心の中で思った。『漆黒のサソリ団』は、女性も子供も皆殺しにする盗賊だ。きっと、過去世では、カレナさんも殺されてしまったのだろう。カレナさんが闇堕ちして、盗賊の仲間になっていたら別だけど。


シュヴァイツァー邸が近づいて来るにつれて、ユリアは緊張してきたようだ。だけど、私も別な意味で緊張している。ティアナ達は頑張ってくれているだろうか。お父様は、どれくらいの数の騎士団を派遣してくれているだろう?わけのわからない怪情報と思って、騎士達が真剣にとりあってくれてなかったらどうしよう?


「あ!あれがシュヴァイツァー様のお屋敷です。」

とユリアが言った。シュヴァイツァー邸は、切り立った崖の上に建っていた。2サスに出てきそうなほど見事な崖だ。

「あそこから落ちたら、命はなさそうですね。」

とアーベラが言った。やめろ。フラグを立てるな!


「船をつける事ができる場所はもう少し先になります。」

と、ユリアは言った。

少なくとも、見える範囲の海上にエーレンフロイト家の騎士団の船は無い。どっかにいてくれるんだろうな?と不安になった。


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