ぬいぐるみのお店にて
その後、マクシーネに『黒珊瑚通り』に他にどんなお店があるのかを教えてもらった。革細工のアクセサリー店、帽子屋さんに絵の具やさんに質屋さんなどがあるという。ちょっと興味を持ったのは、珍しい海外のコインを展示し販売もしているという店だ。お金は国ごとに発行する物だから、国の数だけコインの種類はある。貝殻やガラスで作られたコインというのもあるそうだ。今はもう滅んでしまった亡国のコインなんてのもあるらしい。お金としての価値なんかないのではないの?と思うけどコレクターが高値で買っていくそうだ。
ほんと、何が商売になるかわかんないよね。これらの職種も図鑑に入れてくれるよう、クラリッサに報告しておこうと思う。
マクシーネの店を出た後、ぬいぐるみ屋さんと、ビーチコーミング屋さんとコイン屋さんに行ってみた。
正直私は、それほどぬいぐるみに興味は無い。だけど、ハンドベル仲間の女の子達へのお土産にいいかな、と思ったのだ、
アグネスはウサギのぬいぐるみ、ユスティーナはラッコのぬいぐるみを大事にしているのを私は知っている。彼女達ならぬいぐるみを喜ぶだろう。
実は、エリーゼと一緒にユリアの実家へ遊びに行くとバレた時、一部の女の子達に「いいなー、いいなー、私も行きたいです。」と言われたのだ。それをお断りしたのは、ジークがいたからである。彼女の正体を知らない子達を連れて行くわけにはいかなかったからだ。なので、せめてものお詫びに、お土産くらい買って帰ろうと思う。
あの子にはこのぬいぐるみ。と、考えている間もずっと、『漆黒のサソリ団』の事が気にかかった。ユリアのお父さんはとても優しい人だった。あのお父さんが殺されるなんて、そんな事考えたくもない。ユリアだって、ただ一人の親を殺されたらどんなに悲しむ事だろう。
「そういえばさあ、ユリア。」
ビーバーのぬいぐるみを手にした私は、アザラシのぬいぐるみの触り心地を確認しているユリアに話しかけた。
「ユリアのお父さんって、ユリアのお母さんが亡くなってからずっと再婚しないで独身なの?」
「いえ、8年前に再婚しました。」
「えっ!そうなの。」
後妻の姿なんて、昨日から影も形も見ていないが、もしかして私避けられている?
「どういう方なの?」
「ファンラン様という方で、東大陸の『先』という国の生まれで、今も先で暮らしておられます。女性ながら商会の商会長を務めておられて、特にお茶の販売を専門にしておられます。『先』はお茶の大生産地ですから。」
国際結婚をしていたのか!それは、すごいな。
「ご挨拶が間に合わなくて申し訳ありません。今、大量のほうじ茶を船に積んで西大陸へ向かっている最中だと思います。風にもよりますが、来週ごろにはヒンガリーラントに着くはずです。」
「あ、そうなんだ。ユリアは会った事あるの?」
「はい、結婚した時に役所で手続きされる為に、一度ヒンガリーラントに来られました。ヒンガリーラントに来られるのは今回が2度目です。」
普段は、それぞれの国でというか大陸で別居婚をしているのね。夫婦の形もいろいろだなあ。
「じゃあ、東大陸にユリアの兄弟っているの?」
「いいえ。ファンラン様には子供はおられません。ただ、病気で亡くなった従姉妹の子供を引き取って育てていらっしゃるそうなので、その子達が兄弟といえるかもしれません。」
「ふうん。従姉妹かあ。そういえばユリアには従姉妹っているの?」
「いえ、母と伯母様は二人姉妹で、伯母様に子供はいませんし。父の方は・・よくわからないんです。私もあまり詳しく聞いた事がなくて。・・その、父は本妻の子供ではなかったのだそうです。父が生まれたのは、アズールブラウラントのヴァールブルクで、生家も商売をしていたらしいのですけれど、もう没落して家は無いのだそうです。私の母がヒンガリーラント人だったので、結婚してこの街に来たと聞いています。」
なるほど。継母はいるけど疎遠なようだし、母親側の親族に頼れる男性がいなかったので、父親の死後能無しの叔父が我が物顔でレーリヒ商会を食い潰したわけか。やはり、ユリアの父親には絶対生き延びてもらわなくては!ユリアがいつかルートヴィッヒ王子と結ばれるまでしっかり長生きしてもらわないといけないな。
しかし?
私は不思議に思った。ユリアとルートヴィッヒ王子の接点が、まるで思いつかないのだ。
もちろん、二人がすでに恋愛関係にあるのだとしたら、私には隠すに決まってはいるけれど。
私はちょっと探りを入れてみる事にした。
「ねえ、ユリアはルートヴィッヒ殿下の事どう思う?」
「・・・。」
横目でユリアの表情を見ると、なんか眉がつり上がっているような。そして手元を見ると、ユリアったら罪の無いタテゴトアザラシをぞうきんのように絞り上げている。やめてえええ!というアザラシの悲鳴が聞こえてきそうだ。
「なぜ、今その話題を?」
「え、なぜって・・。」
「まさか、まさか!王子殿下にまでお土産を買って帰られると⁉︎」
「いや、別に。」
「男の方はぬいぐるみなんか欲しがらないと思いますわ。」
「あー、そうねー。」
「もしも、もしも、可愛らしいサメのぬいぐるみにレベッカという名前をつけて、ベッドの中で添い寝とかしてたら、私・・私っ!許せませんわ。絶対許せませんわ。」
なんでサメなんだよ?と思うが、もうこれ以上話を広げるのはまずい感じがした。
うーむ。私が知らない間にユリアがそんなにも王子への思いを深めていたとは。人間とは、どんなに側にいてもわからないものだな。もちろん、私に二人の邪魔をする気はない。心の底から二人の愛を祝福する。
「なんかユリア姫、殺気立ってるけどなんかあったの?」
食パンの上にハムとレタスと目玉焼きがのっているぬいぐるみを持ったジークが私に聞いてきた。
「あ・・いや、ルートヴィッヒ殿下・・にお土産いるかなって話を・・。」
「殿下にお土産?出涸らしのお茶とカビのはえたクッキーでいいんじゃないか。確か殿下はお好きだったはずだ。」
私の事を不敬罪で殺す気かよ!
「そんな事よりさあ。」
「何ですか、ジーク様。」
「ベッキーは気に入ったぬいぐるみはないのかい。プレゼントしてあげるよ。外国の記念硬貨でも、コンラートがあげたものよりも高価な宝石でもいいよ。旅の記念にさ。」
「いきなりどうしたんですか?」
「僕が、君に高価なプレゼントをしてさ。それがルートヴィッヒ殿下の耳に入ったら、君と殿下の間に亀裂が入るだろう。そしたら、君とコンラートがうまくいきやすくなるかもしれない。」
「・・・。」
んなわけあるか!
私が幼馴染に物をもらったくらいで、私に関心の無い殿下がどうかなるわけないし、それにジークには内緒にしているけれど、私、コンラートと大喧嘩したんだよ。たとえルートヴィッヒ殿下に婚約を解消されたとしても、コンラートとどうかなる確率など200%無いわ。
「けっこうですから!」
「まあ、まあ。僕はベッキーには感謝しているんだから。」
「感謝?私に?」
「絵本を作るのに、お兄様に絵を描かせてくれたでしょう。」
「ああ、うん。でも、それは候補の絵の中で一番可愛かったからで。」
「お父様や叔母様がお金を援助をすれば、生きていく事はできるけど、それではただ生きているだけだからね。でも、自分の才能がお金に変わって、認められて褒められれば生きていく自信や意味を得る事ができる。それは家族には与える事ができないものだから。だからベッキーには本当に感謝しているんだ。ありがとう。」
ああ、この人の世界は相変わらず。お兄さんを中心に回っているのだな。と思った。
でも、そんなにも愛する人がいるジークの事を、ほんの少しうらやましいと。そう思った。




