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プロローグ

その本の題名を見た時、私は過去世を思い出した。


『ヒンガリーラント王宮犯罪録』


中央ヨーロッパに実在する国ハ◯ガリーと、『動く城』で有名なアニメ内に出てくる国イ◯ガリーをたしっぱなしにしたような国家名。

その名前を確かに、私、文子は覚えていた。

その国は、私が生まれ、18歳まで生き、そして死んだ国だった。



その国で、私はレベッカという名の貴族の令嬢だった。

侯爵の父と母と弟の四人家族。家族仲はそれなりに良かったと思う。

容姿もまあまあ良い方だったし、体も健康だった。お金の苦労も無かったし、良い王様が治める国はとても平和で、とても幸せに暮らしていた。


私は子供の頃に、王国の第二王子と婚約をした。


幸せだった。

だけど、何もかもが変わってしまったのは、14歳の時だった。ヒンガリーラント国内で、恐ろしい伝染病が大流行したのだ。天然痘である。

ヒンガリーラントで天然痘が発生するのは、実に150年ぶりの事だった。当然、国民の誰も天然痘に免疫を持っていない。

病は信じられないようなスピードで、国中を席巻した。

我が家でも、一番最初に私が感染し、弟や使用人達に感染が広がった。

私は何日も高熱と痛みとに苦しんだ。けれど、一命はとりとめた。しかし、弟と五人の使用人が病で命を落とした。


弟を溺愛していた母は、悲しみのあまり精神に変調を起こしてしまった。

父は母を気遣って、領地で静養させたが、私が16歳の時庭の池に落ちて溺死してしまった。発見された時にはもう死んでいたので、事故だったのか自殺だったのかはわからない。

私は命だけは助かったものの、後遺症で肌がボロボロになってしまった。まるで車に轢かれたゴーヤのようで、自分でも直視する事ができなかった。家族にさえ会う事が恐ろしくて辛くてできなくなり、私は部屋に引きこもった。


私のせいで弟が死んだ。母が死んだのも私のせいだ。父は私を恨んでいるだろう。私が死ねば良かったのだ。父もそう思っているはずだ。

毎日そう考えていた。生きていたけど。死んだような毎日だった。

そうやって、閉じこもっていたある日。私は婚約者の王子に王宮に呼び出された。




呼び出されたのはいいが、当の王子は執務が忙しいとかで2時間以上約束の時間から待たされた。


私は家から付いてきてくれていた侍女に、王子に呼ばれたら呼びにきてほしいと頼んで、ひとけのない庭を一人で歩いてみた。


王子に会う事は苦痛だった。幼い時に婚約し、数えるほどしか会った事もない。当然、情もわいてこない。国王が愛人に生ませた第二王子は、美貌と野心の持ち主で、信奉者も多いが、アンチも同じくらい多かった。当時の彼は、すでに競争相手である正妃が生んだ第一王子を卑劣な手段で追い落とし、王太子になっていた。つまり私は、そう遠くない将来王妃になる事が決まっていた。


なるわけないけどね。


元々第二王子が私を婚約者に選んだのは、王妃派ではない貴族家の中で私の家が最も家格が高かったからだ。

王妃派を追い落とし、王太子となった今となっては私との婚約なんて何の意味もない。

社交界には美しい娘が星の数ほどいる。こんな化物のような顔の女との婚約を継続するわけがなかった。

あんな顔で、王子殿下の婚約者の座に居座り続けるなんて、図々しいにもほどがある!

という声は私の耳にも届いている。自分でもそう思う。

だけど私の家の方から、婚約の解消を言い出す事はできなかった。


なぜなら。

その頃の我が家にはもうお金が無かったから。


天然痘の流行は、ヒンガリーラントの経済を打ち砕いた。

疫病が発生した都市が封鎖され、経済は停滞した。流通が止まると、血液が止まった肉体の様に街は壊死していった。都市部には食べ物が無く、農村部では現金収入が無くなって、税金が払えない農民が、土地を捨てて流民になった。職を失う人が増えると犯罪も増加した。治安は悪化し道徳は衰退した。


天然痘で死んだ人よりも、その後の経済の混乱の中で餓死した人の方がはるかに人数が多かったと聞いている。


私の家が所有する領地でも、天然痘は大流行した。結果、商人の行き来がなくなり、商会も撤退。物価が際限無く上昇する中、税収を失い、銀行も破産した。父は、領民を救う為に苦闘していたが、状況は悪化する一方だった。


ヒンガリーラントでは、婚約は破棄を申し出た方が、もう一方に慰謝料を払うべし。と定まっていた。だけど、我が家には慰謝料を払う余力がなかった。だから、王室の方から婚約破棄を言い出してくれるのを待っていた。王室から慰謝料が払われれば、苦しんでいる領地を救う足しになるとも思っていた。


天然痘が流行らなければ・・・。


そう思ったら涙が溢れてきた。そんな事を考えてもどうにもならない。

それでも思わずにはいられなかった。

涙で空が滲んだ。その時。


私は何者かに思いっきり突き飛ばされた。


その時立っていたのは石段の上。

「えっ?」とか思うひまもなく、私は20段以上あった階段を、横回転で転げ落ちた。



・・・そこで、レベッカとしての記憶は終了である。





私、文子は震える手で『ヒンガリーラント王宮犯罪録』のページをめくった。

その中には、ヒンガリーラントの歴史の中で、不幸な死に方をした王子様やら王妃様やらの物語が幾つも書き記されている。


そして私、レベッカの物語も書かれていたのだ!


私を突き落とした犯人はご丁寧にもトドメをさすため、ナイフを背中に突き刺したらしい。

そして父は、嘆き悲しみ、怒り狂って犯人を探してくれたらしい。


お父様、悲しんでくれたんだ。

嬉しかった。

お父様は私を恨んでいると思っていた。憎んでいると思っていた。でも、引きこもっていた私に会いに来ようともしなかったのは、天然痘が発生した後、経済的に混乱していた領地の問題に対処するのに忙しかっただけで、私を嫌っていたからではなかったんだ。

それを知って泣き崩れたいくらい嬉しかった。


お父様は、いろいろと調査して私を殺した犯人を見つけようとしてくれたらしい。

元々、そんなに容疑者は多くない。

王宮の最深部。王族のプライベートスペースで起きた事件だ。誰でも出入りできる場所ではない。そして出入りする人間は、警備をしている近衛騎士が記憶している。

容疑者は、私の侍女。王宮の使用人数人。第二王子の友人達。宮廷画家。そして第二王子。それだけだった。


本を読み進めながら、私はドキドキしていた。本を読む手がガタガタと震えている。このまま読んでいけば、私を殺した犯人がわかる。

犯人を知るのが怖かった。だけど、本を読むのをやめられなかった。知りたくない!という気持ちと、知りたい!という気持ちで、心が振り子のように揺れていた。


そして、最後のページ。最後の行にこう書かれていた。


〈下巻に続く〉


・・・・・。


思わず、引き抜かれたマンドラゴラのような叫びをあげるところだった。

よくよく見れば、今手にしている本は『ヒンガリーラント王宮犯罪録・上巻』と書いてあった。

下巻はどこだ⁉︎

と思って探してみるが下巻がどこにも無い!

どゆことっ‼︎


・・・ここで、今がいったいどういう状況なのか、説明させて頂こうと思う。


私の名は、文子。中学三年生。日本の地方都市出身で、今現在修学旅行の真っ最中。隣の隣の県の政令指定都市に来ていて、昨日は、有名な水族館と、有名な神社と、全然知らない偉人の資料館を見学。そして今日は、終日班ごとに自由行動。

生まれた街とは全然違うキラキラした大都会。私と友人達は、故郷の街にはないデパートというおしゃれスポットにやって来ていた。

そこで見るもの見るもの、おしゃれすぎて落ち着かず、なんとか辿り着いた本屋でようやくほっとしていたところ、心拍数と血圧が過去最高値を叩き出すような本を発見してしまったのである。


そんな事を言っていると、「おまえ、貴族だったんだろう⁉︎」とツッコミが入るかもしれない。

でも、ヒンガリーラントという国は、21世紀の日本よりはるかに文化も科学も未発達な、文明後進国だったのだ。

ガラスのコップを持っていたら家宝にできる程度の世界だ。

デパートで売っている形と大きさの揃ったガラスコップ。ポリエステルのワンピース。プラスチックでできた、なんちゃって真珠のネックレス。そんな物をヒンガリーラントに持ち込めたら、城が買えるくらいの値段で売れるだろう。養殖真珠のネックレスなど持ち込んだ日には、きっと国が買えてしまう。


いや、そんな事より、今大事なのは本の下巻だ。

まだ、発売されていないのだろうか?それとも、誰かが下巻だけ買ったのか?


だけど少しほっとしていた。私は私を殺した犯人が知りたかったのだろうか?知らずにすんで良かったのかもしれない。

だって、きっと。犯人は婚約者の王子なのだ。彼が自らの手で殺したのか、他の誰かにやらせたのか。それはわからないけれど、彼には私が邪魔だったのだ。王子には愛人がいるという噂もあった。何よりあの日。私は王子に呼び出されたからあの場所にいたのだ。


日本は便利な国だ。インターネットでポチっとすれば、簡単に欲しい本が手に入る。

でも、そこまでして真実を知りたいと自分は思っているだろうか?

覆水は盆に返らない。今更真実を知ったって、犯人を裁けるわけでも復讐できるわけでもない。

過去には戻れないのだ。それなら、全てを忘れて、前を向いて生きていくべきではないだろうか。



忘れよう。そう思った。

家族が私を愛してくれていた。それだけを覚えておいて後の事は忘れてしまおう。

『レベッカ』だった頃。あまりにも親不孝をしたからだろうか。『文子』は家族と縁が無かった。

文子の母親は、救急車で運ばれて来た行き倒れの身元不明な妊婦で、生まれたばかりの赤ん坊を病院に置き去りにして逃げた。

一応、子供を捨てるのは犯罪なので警察が母親を探して逮捕したらしい。だが、母親に赤ん坊を育てる意思は無かった。

なので私は施設に預けられた。『文子』という名前をつけられたのは、私が生まれたのが旧暦の文月だったからだ。

バブー状態だった頃、里親になろうとしてくれた人もいたようだが、里親の方の事情で実現せず、結局中学三年生になった今でも施設で暮らしている。


別に今の状況を不幸だと思った事はない。

でも、レベッカだった頃を思い出した今となっては、レベッカだった頃どれほど恵まれていたのか骨身に沁みた。

テレビもスマホも無い世界だったけど、優しい家族がいた。そんな家族を自分が壊してしまった事だけが後悔だった。

失ったものは、なんと大きかった事だろう。




その後。

私は普通の生活に戻った。

だけど一つほど変えた事があった。

私は、他の施設の子供達同様、徒歩10分の場所にある農業高校に進学するつもりでいた

その学校なら交通費もかからないし、朝もギリギリまで寝ていられる。何より、育てた野菜を生徒が持ち帰る事ができるのだ。

だけど、私は自転車で30分もかかる理系の学校に志望先を変えた。将来、薬学に関係した仕事に就きたいと思ったからだ。

現在の地球からは天然痘は消え去った。それでも、世界中にはたくさんの恐ろしい伝染病があり、今もたくさんの人達が苦しんでいる。そんな人達を助ける仕事がしたい。


そう思って私は勉強に打ちこんだ。高校に進学してからはバイトにも打ちこんだ。

大学に通うのに奨学金をもらうつもりでいたが、お金は他にもいろいろ入り用だろう。

かじるすねは無いのだから、自分で努力するしかなかった。



そして高校三年生になり、私は東京の大学を受験する事にした。

児童養護施設は、高校を卒業したら出ていかないとならない。どうせ一人暮らしをするのなら、全く新しい土地へ。と思ったのだ。

施設の仲間達に見送られ、私は高速バスに乗って東京へ向かった。

次々と移り変わる、初めて見る景色達。

施設を出る事に不安はある。10年後の自分の姿はまだ想像できない。


それでも前を向いて生きていく。



そう決意し、バスの中で前をずっと向いていた私の目に、とんでもない物が映った。


逆走して来る普通乗用車!!!!!


えっ?と思う暇も無く。

ズシャアァァァッ‼︎

という衝撃。


内臓、全部出るかと思った。

少なくとも、受験の為に必死で覚えた知識の半分以上はどっか行った。

途端に、もう一撃!!!

たぶん後続車が突っ込んで来たのだ。

ガラス窓に頭を強打した。知識どころか、脳みそが飛び出して行きそうだ。


あかん。意識がブラックアウトしていく・・・。

なんでなの。

前回の人生も18年で終わって、また今回も18年で終わり・・・。

幸せになりたかった。なのになんで。


口の中いっぱいに血の味が広がっていく。

目を開けて前を向いていても。

もう何も見えなかった。

北村すがやと申します。よろしくおねがいします(^◇^)


更新頑張って。応援してやるよ!などと思って頂けましたら、ブックマーク、評価、いいねをぽちぽち押して、作者の背中を押して頂けると嬉しいです。押してもらえたらとっても励みになります。

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