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 姫君たちを残して集会所を出たディーとレマは、しばらくの間、無言で通りを歩いていた。

 やがて固い声でレマが言った。

「離して」

 すでに赤みが消えた顔には、どことなくつらそうな表情が浮かんでいる。

「ラキスたちを煽るためにやったんでしょう。もう離して」


 ディーが足を止めて、彼女を見下ろした。そして、言われたとおり組んでいた腕をほどくと、呟いた。

「悪いな、煮え切らない男で」

「わかってるならちゃんと向き合ってよ……ローデルクと」

「そうだよな……」

 ローデルク家の庶子は、軽くため息をついた。

「でも、さっき言ったことは本当だよ。一緒に歩けば、嫌な思い出もいい思い出に変わるっていうのは」

 わずかにためらってから続ける。

「……おれとふたりで祭りを見るのは嫌か?」


 レマは、自分から腕を絡ませたくなる衝動を、どうにかこらえた。

「そんなわけないでしょ」

 できるだけそっけなく言い返すと、彼女は先に立って中央広場のほうに歩きはじめた。


 その後ふたりは、気分を新たにして、祭りの中心となっている広場をぶらぶらと見てまわった。

 買い物をしたり何かを食べたりする余裕はなかったが、にぎやかな人並みの中、ずらりと並んだ露店をのぞいているだけでも、雰囲気を楽しむことはできる。

 めずらしい異国の細工物を売る店から、職人がその場で品物を手作りしている店まで、店頭は多彩だった。


 他方に目を転じれば、悠然とバグパイプを鳴らす楽師たち。派手な衣装を身に着け、相方の肩に乗ったり逆立ちしたりしている軽業師たち。

 祝祭ならではの光景は、若い使い手ふたりの心を十分に和ませた。

 

 広場を出て少しまわりを歩いてから、そろそろ戻らなければという話になった。

 肝心のお姫様と半魔は、ちゃんと話ができただろうか。

 あまり早く帰ったらお邪魔かもとレマが言い、いや、喧嘩して仲裁を待っているかもとディーが言う。

 思わず笑い合ったあと、ディーはふと、前方から近づいてくるきらきらした小さな光に気がついた。


 意外なことに、それはエルフだった。せわしなくはばたく薄羽とたなびく金髪が、日差しを浴びてきらめいている。

 エルフはディーの前まで来ると、彼の顔をしげしげとみつめた。

 それからあわててさらに近寄り、小鳥のように肩にとまって、大きく口をひらいた。

 ディーもレマも仰天した。妖精の口から、甲高い叫び声が飛び出したからだ。


【ディー! あたしよ、グリンナよ】

「グ……グリンナ?」

 訊き返すディーには答えず、甲高い声は続けた。

【やったわ、アレイ。つながった!】


 これはディーに向けられたものではなく、グリンナの心の声がそのまま伝わっただけらしい。エルフの交信を体験するのは久しぶりだったが、まさかこんなところでやることになるとは思わなかった。


 ディーは思わずあたりを見まわし、声の主である炎の使い手の姿をさがした。だが見当たらず、切迫した声だけが聞こえてくる。 


【ディー、いまどこにいるの。建物の中?】

「いや、外だ。オリーブ通り」

【そっちに魔物は行ってない?】

 ついでグリンナが放った台詞は、創星の神を寿ぐ祝祭にはあまりにも似合わないものだった。

【ケルベロスが出たわ。もう分裂してる!】



 教えられた通りめざして走ったディーとレマは、やはり走ってきたグリンナたちと、息をはずませながら合流した。

 彼らの説明によると、分裂した三体のうち一体は、その場で討伐したという。だが呪力が強くて、ふたりがかりで炎を放たなければ浄化できなかったそうだ。

 その間に一体は逃げ出し、もう一体は──おそらくこれが一番肝心な本体なのだが──曲芸師を追いかけて走り出した。


 酔っ払いにもかかわらず、あれだけすばやく逃げられた曲芸師は、たいした運動能力の持ち主だといえるだろう。それに人格が伴っていれば、もっとよかったのだが。

 この曲芸師が、障害物の多い小道に入り込んでいってしまったため、魔物もあとを追い、両者ともに姿が見えなくなってしまった。


 二手に分かれて魔犬をさがそうというアレイの言葉に、ディーは躊躇した。エセル姫の護衛という、優先させるべき任務があったからだ。

 だが、アレイもグリンナもディーの返事を一蹴した。

「町はどうなる。早くしないとどんどん分裂して、手遅れになるぞ」

「姫様は室内で、しかもラキスが一緒でしょ。なら平気よ。やつら扉は破れないわ」

「幸いエルフがいるから、おたがい連絡を取り合って本体を……あれっ?」


 赤毛の使い手が、急に間の抜けた声をあげて周囲を見まわした。グリンナも同じくきょろきょろしてから、憤慨して叫ぶ。

「まあ、あの子たち逃げたわ。なんてすばやい」

「しかたない、連絡はなしだ。ディーたちはあっちの通りを当たってくれ。ぼくたちはこっちに行く。頼んだぞ」


 あっちとこっちを手で指し示したあと、使い手たちはディーの返事も待たずにバタバタと駆け出した。駆けながら言い合う声が聞こえていたのが、こんなときでも彼ららしかった。

「ちゃんとつかまえといてよ」

「それはこっちの台詞だ。握りしめてればよかったのに」

「うるさいわね」


 もちろん言い合いを聞いている場合ではないし、躊躇している場合でもない。ディーとレマは、アレイの指した「あっち」が集会所方面であることに感謝しながら、ともに走り出した。

 たしかに一刻を争う。ケルベロスというのは、分裂を繰り返して何体にも増えるのだ。こんなことになってしまった以上、アレイたちの言葉を呑むしかない。


 ケルベロスは犬の形態をした魔物だった。

 普段は魔性をかくしているため、単なるおとなしそうな野犬にしか見えない。そして実際、行動もおとなしいので、町をうろついていても案外気づかれないことが多い。


 ところが、このおとなしい犬が、ひとたび命に関わる攻撃を受けるや否や、魔物の本性を取り戻す。三つ首の姿に戻り、しかもその後、胴が分かれて三体の魔犬に変化へんげする。

 厄介なのは分裂が一度にとどまらないことだ。三体それぞれが、攻撃されるたびに増殖していく──これがケルベロスのおそるべき特徴だった。


 とはいえ、はてしなく増え続けるのかと言えばそんなことはなく、止める手立てはちゃんとあった。本体を討つことだ。

 三つ首の中央にあった首を持つのが本体であり、これを討つと分身たちも消滅するのである。

 文字通り一瞬で霧散する、あっけなさ。そのため、分身は本体が見ている夢ではないかとさえ言われていた。


 そういう事情なので、討伐で一番大事なのは本体をみつけることだった。おそらく本体はもう、普通の犬の形状を保っていない。見ればひと目でわかるはずだし、そうであってほしい。

 そう願いながら角を曲がったディーとレマは、次の大通りに入ったとたん息を呑んだ。

 


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― 新着の感想 ―
ディーとレマ の恋人同士の会話がいいですね。 レマのやってしまいそうになった衝動にほっこりです。 賑やかな祝祭、二人が楽しめたのはよかったです。 グリンナたちと合流できて、ほっとしましたが、とにかくケ…
今度はディーとレマのターンですね。 こちらもジレジレしている模様ですが、読んでいる私はニヤニヤしてしまいました。 そしてあの終わり方……気になります。
ディーとレマの方が少し大人な恋のお話ですね。恋愛だけ見ていたら、ラキスとエセルがとってもかわいく思えます。 そして、ケルベロス。 一体どうなるのでしょう。また気になるところで。柚里さんお上手〜。 こ…
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