28(タリッサ)
最終日を迎えた虹祭りは、晴天のもと、一段とにぎわいを見せていた。
広場には、帆布の屋根を張った露店が立ち並び、たくさんの人々がその間を楽しげに行きかっている。
広場を絶えず流れているのは、楽師たちが奏でる弦や笛の軽やかな音色。
役者たちが寸劇を見せる天幕や、催し物がおこなわれる舞台も、人々の気を大いに引いていた。
町全体が祭りの会場のようなものなので、にぎわっているのは広場だけにとどまらない。
民家のある通り道も、彩り豊かな旗や幕で飾られていたし、様々な屋台も出ている。
町角では吟遊詩人が、フィドルの調べを伴奏にして朗々と歌っていた。
「いい声ねえ……。すごく鍛練してるんでしょうね」
と、人垣の後ろで歌を聴いていた巻き毛の娘が、感心したように呟いた。
それから声を落として、別の感想を続けた。
「でも、この歌、ずいぶん長そうね」
隣にいた赤毛の若者がうなずく。
「たしかに。まだ大決壊に入ったとこだもんな。虹が出るのはかなり先だ」
こそこそとささやきあっているのは、クリセダで黒魔術師をつかまえるのに一役買った、アレイとグリンナだった。
王城まで老婆を連行した二人は、その後、一緒だったレマと離れて別行動をとっていた。
二人とも実家にしばらく戻っていなかったので──二人の出身はカザルスだった──いったん帰郷しておこうという話になったのだ。
途中でギルドの支部に寄ったところ、ごく簡単な仕事を依頼された。
それを短期でこなしたあと、カザルスに近いタリッサでの行事を思い出し、足を伸ばすことにしたのだった。
要するに、仕事のあとの気分転換である。
だが、虹祭りは本来、大洪水から人間たちを救済した神の御業に感謝するための祝祭だ。花祭りや夏至祭りの底抜けな陽気さとは、いくらか雰囲気がちがっている。
楽しいことに変わりはないが、歌や寸劇などにはけっこう真面目なものが多いのだ。
いま吟遊詩人が歌っているのも、人の世でこれまでに起きた幾多の危機を最初からさらっていく、壮大な叙事詩だった。
大洪水のさらに前、深淵が亀裂からあふれて起きたと言われる大決壊。さらにそれより以前、人と人が争い合ったと言われる国取りの戦──。
そんなところから歌いはじめているのだから、祝福の虹までたどりつくには当分かかりそうだった。
「そろそろ行こうか」
「そうね。ディーたちに早く会いたいし」
「ほんとにディーたちかどうか、わかんないけどな」
「あら。エセル姫の護衛で、長髪の男と断髪の女の組み合わせ。そんなのディーとレマしか考えられないわ」
すぐ前にいた年配の女が、若者たちにじろりと視線をよこしてきた。二人は肩を縮めると、銅貨を投げるのもそこそこにその場をあとにした。
歌に聞きほれている女は忘れているようだったが、実はタリッサでゆうべから人々の話題の的になっているのは、エセルシータ姫だった。
なんと、お姫様が飛び入りで祭りに参加し、しかも聖劇に出演するというのだ。
当日混乱しないようにと前売りされた切符は、またたくまに売り切れてしまい、アレイたちは残念ながら入手できていない。
まあそれは仕方ないが、二人がさらに注目したのは護衛についての話題だった。
姫様一行がタリッサに入ったのは昨日の午後で、姫を伴ってきたアルヴァン卿やそのほか何人かは、隠密のうちに宿に入った。
だから誰も姿を見ていないのだが、最後に入っていった護衛とおぼしき男女だけは人の目に触れていた。
それが、彼らも聖劇に出るのかと思うような容貌だったので、ちょっとした話題になったのだ。
それを聞いたグリンナが、すばやく護衛が誰であるかを特定した。そして、会いに行こうと言い出したため、二人でそちらに向かっていたのだが、途中で歌につられて立ち止まったわけなのだった。
お久しぶりです。
タリッサ編、ようやくようやく開始できました(涙)