22(アルヴァン)
炎の使い手たちが言ったとおり、翌日の午前中には支援部隊が到着した。
率いているのはアルヴァン・コールディング。アルヴァンの住むカザルス領が、王都とルーシャの間に位置していたため、彼はまずカザルスで部隊をととのえてから、急ぎこちらに駆けつけたのだ。
多数の兵士たちと支援物資を積み込んだ荷馬車の登場に、村人たちは沸き返った。ひょっとしたら誰も来てくれないのではないかと案じていたところだったので、みな大歓迎で彼らを迎える。
兵たちのほうは当然ながら、ペルーダの群れを討伐するために集められた面々だった。
だが、どうやら村に必要なのは剣士ではなく、焼け落ちた家を再建する大工や、壁を塗る左官だったようだ。討伐する気満々だったのだが、これは思っていたのとちがう──。
拍子抜けした兵士たちを巧みに鼓舞して、アルヴァンは彼らを剣士集団から大工集団へと早変わりさせた。
魔物の被害が出ていないのはむしろ喜ぶべきことだったし、たくさんの人手が必要なのは明らかだ。仕事内容が変わっても、村人たちを助けることには変わりない。
おだやかながら熱く語る次期王配の言葉に、カザルス兵たちも共鳴し、一同はさっそく復旧作業に取りかかった。停滞しきっていた村に、たちまち活気が流れ込んでくる。
それを確認したアルヴァンは、現場作業にくわしい者に指揮を譲り、ひとまず安堵の息をついた。
そして次の仕事にとりかかるべく、今度は施療院のほうに足を向けた。
なぜ施療院かといえば、エセルシータ姫が朝からそこに詰めていると聞いていたからだ。次の仕事とは無論、姫君を都に連れて帰ることだった。
そもそも、魔物来襲という危険な村に次期王配みずからが乗り込んだのは、エセル姫を連れ戻すという目的があったからだ。
アデライーダ女王との会話のあと、アルヴァンは部屋から飛び出した姫君を追って庭園に走り出た。そして天馬の出現を目撃し、ルーシャに行ってほしいと叫ぶ声を聞き取った。
いくら天馬が一緒とはいえ、魔物がうようよしている村に行くだなんてとんでもないことだ。
焦ったアルヴァンは、兵舎に泊まっていた炎の使い手たちを雇用し、一足先にルーシャに行って姫を守るよう命じた。
その使い手たちからすでに報告を受けたため、いまのアルヴァンは姫の無事を確認し、置かれた状況を把握している。
そのうえで、都に戻ることを進言すべく姫と再会したわけなのだが──。
「嫌よ。パステナーシュには戻りません」
お姫様は、曇りなき瞳でアルヴァンをみつめると大変きっぱり言い切った。
アルヴァン・コールディングはひるんだ。いや、これは予想通りの反応だ。兵士相手のようにすんなりいくはずがないのはわかっていた。
わかっていたが、目にも眩しいエデ様の翼をつけたお姿で、そのようにはっきり言われると……!
「で、ですが姫様、ずっとここにいらっしゃるわけにはいきません。村人たちだって、いつまでも客人扱いはできないでしょう。かえって村の負担になりますよ」
「それはそうかもしれないけれど。でも都に戻るのは……お城に戻るのは嫌。ここで普通の村娘みたいに働くわ」
おととい王城で会ったときは翼をつけない姿だったため、アルヴァンが本物を目にするのははじめてだった。
施療院の患者用に出しっぱなしにしていたらしいが、「普通の村娘みたいに働く」という言葉がこれほど似合わない姿もないだろう。
しかし、ここでひるんではいけない。何しろ自分は、リデルライナ姫とセレスティーナ姫から、妹姫を保護して王城まで連れ戻すようにと頼みこまれているのだ。
おふたりの期待に沿えるよう、しっかりしなければ。がんばれアルヴァン。
兵たちではなく自分を鼓舞しつつ、アルヴァンは新たな質問を投げかけることでペースを取り戻そうとした。
「では、それとは別のことを伺います。エセル様がここにいたいと仰るのは、ラキス・フォルトがいるからですか?」
今度はエセル姫が明らかにひるんだ。視線をさまよわせながら、あわてて答える。
「いいえ、彼は全然関係ないわ。わたしはルーシャのために役立ちたいの。それだけよ」
「彼とは会っていらっしゃらない?」
「一度は会ったけど、でも会わなくたって別にいいの。わたしもう、恋はいいのよ。聖魔法院の本山に入ろうと思ってるくらいだわ」
落ち着きをなくした姫君を、アルヴァンは眉を寄せながらみつめていた。
それから、少し改まった口調で言いはじめた。
「わかりました。王城に帰る話は保留にしましょう。ですが、それとは別に姫様に行っていただきたい場所があるのです」
「わたしに?」
「はい。タリッサの町です」
「タリッサ……」
きょとんとしたエセルに、アルヴァンがうなずいてみせる。彼の顔には、次期王配にふさわしい思慮の表情が戻っていた。
「これはわたしの独断ですが、実はタリッサで姫様にやっていただきたいことがあります。姫様と……それからラキス・フォルトにね」