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 余計な気持ちが湧き上がらないよう、すすんで仕事に励んでいるのは、エセル姫だけではなかった。

 川べりに近い木立の端で、ラキスは柳の木から樹皮を取る作業を黙々と続けていた。

 施療院の薬が底をつきそうで、材料調達が必要だったのだ。


 柳の樹皮は、リンドウやローズマリーなどと合わせて調合すると、熱さましの薬になる。植物採取が剣士の仕事だとは言い難かったが、とにかく動いていたかったため、彼は自分から役目を買って出ていた。


 いっぱいになった籠を持ち上げ、さらに次の木に移動しようとしたとき、背後で若い男の声がした。

「まだ続けるのか。精が出るな」

 口調からして、ほめているわけではないようだ。

 振り向いてみると、少し離れた場所に長髪の昔馴染みがたたずみ、冷めた眼差しをこちらに向けていた。


「ディー……」

「こういう仕事を、そこまで全力でやることないんじゃないか? 力は魔物が出たときのためにとっとけよ」

 ぞんざいな調子でそう言ったあと、ディークリートは軽く目をみはった。

 ラキスが、急に脱力したように、持っていた籠を落としたからだ。入っていた樹皮やら薬草やらが、はずみで地面に飛び出す。


「そんなに驚くことないだろ」

 ディーの言葉にラキスは答えず、落とした籠を無言で見下ろしていた。そして何やら呟いたが、それは昔馴染みに対してというよりは、独り言に近いものだった。

「来てくれればいいと……思っていた」


 ディーは思わず緊張した。普段のラキスからは絶対に出てきそうもない台詞だったからだ。

 何かあったかと身構えたとき、相手がいきなり顔をあげた。そして大股でディーに歩み寄ると、真剣な表情で依頼してきた。

「ディー、頼みがある。エセルの護衛をしてくれ」

「護衛?」

「エセルがこの村に来ている。リドの馬鹿が連れてきて、勝手に落としていったんだ。魔物の群れが出たばかりの物騒な村なのに、護衛の一人もつけないで……。だがディーがいるなら安心だ」

「自分でやればいいだろ」

「できない。おれは彼女に近づかないほうがいいと思う」


「あのなあ……」

 ディーは心底あきれた声を出した。頼みがあるなどと言われて何かと思ったら、こんなことか。

 以前ラキスと二人で話をしたのは、ドーミエの村、ジンクの家の庭先だった。あのときの彼は、姫から完全に身を引くつもりだったようだが、当時とは状況が大きく変わっている。


「もっと自分の権利を主張しろよ。お尋ね者ならともかく、いまのおまえは大討伐の功労者だし、姫を殺人鬼から救い出した功績だってある。大手を振って姫を求めてもいいはずだ」

「できないって言ってるだろ」


 そのとき、ふいに横から別の声が割り込んだ。

「なぜ? 振られるのがこわいの?」

 足早に近づいてきたのは、ディーと同じ第五座の使い手であるレマだった。


 ラキスがレマと面と向かって話すのは、かなり久しぶりのことになる。二、三年前に偶然顔を合わせた花祭りのとき以来だろうか。

 マリスタークの庭園で一応かち合ってはいるのだが、あのときはもちろん話すどころではなかった。

 だが、旧交をあたためている場合ではないらしい。 


「あなた、どうして姫様のそばにいてあげないの? 大事な姫様を放り出してこんな離れたところにいるなんて、情けないったら」

 明らかに怒りの色をにじませながら、レマがラキスをねめつけた。

「まだ身を引くつもりでいるなら、問題だと思うわ。身分? 半魔だから? そんなこと、姫様は全然気にしていないでしょ。大体、結婚式から彼女をさらって逃げたのはあなたじゃないの。責任があるはずだわ」

「……」

「エセル様、さっき会ったときなんだか様子が変だった。昨日シンセリに行ったときとは少し雰囲気がちがっていたわ。そういうときこそ寄り添ってあげないと──」


 遠慮ない言葉を投げていたレマは、ふいにそれを自粛した。黙って聞いていたラキスが、眉根を寄せて脇腹あたりを押さえたからだ。

 一瞬、自分が言い過ぎたせいかと思ったレマだが、直後には彼女も右手を動かしていた。

 かたわらのディーも同様で、腰に帯びた魔法剣の柄をすばやく握る。二人とも、剣の中の炎が揺らいだことを感じ取ったのだ。


 揺らぎは、瞬きするかしないかのうちに消えた。ただひとり、剣の柄ではなく脇腹を押さえていたラキスが、ゆっくりと手をおろす。

 生粋の人間である二人の使い手と、黒翼をつけたはぐれ剣士の半魔とは、無言のまま視線を合わせた。


 翠緑の瞳を軽く細めて、はぐれ剣士がほほえんだ。

「反応したんだ。さすがに感度がいいな」

「あなた、まさか……」

 レマがのどにつかえたような声をもらすと、ラキスは急に軽やかな口調になった。

「ちょうどいい。もし会えたら、あんたたちにも言おうと思ってたんだ」

「何を……」

「おれの身体のことをさ」


 それから彼は、ごく普通の平静な声で、自分の身体がゆっくりと反転しつつあることを告げた。




2000字弱でした。いつも読了ありがとうございます。

第三部になってから、長文あとがきばかり書いていて恐縮です。一気読みのかた(いないか)うっとうしくてすみません。


レマとラキスがどうして知り合いなのかについて。

剣を召喚したあとの使い手たちが学ぶ養成所みたいなものがありまして、ディーとレマはそこを出ています。あと、なつかしのアレイとグリンナも(笑)。

そこにラキスも飛び入りで短期間だけいまして、レマと知り合い、ディーと再会しました。

その後ラキスはひとりで放浪。レマたちは普通に卒業して登録されて使い手に、という流れです。


本当は第三部の前に、これを前日譚で書くべきなのですが……書けるほど煮詰めてない……(正直)

そしていまは、とにかく主役カップルが落ち着くまで書いてしまったほうがいいと思うため、前日譚には手が出せません。

いつ書けるやら……いつか書きます、としか言えないところが心苦しいです。


こんな事情のお話ですが、今後もおつきあいいただけると大変大変うれしいです。

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。エセルはアデライーダ女王のこともあるのだと思いますが、ラキスに対する自信喪失と申し訳なさを抱え、ラキスもまた、自身の体を考えると、エセルには会わない方がいいと…互いに傍…
ラキスにはここは引かないで、エセルの傍にいて欲しいですね。 ここはディーとラマに賛成です。
反転……!!! もう、そういう自覚症状があるんですね。ディーが来てくれた時のラキスの安堵を思うと胸が痛いです。せつない……!! レマとの関係はすんなり入りました。こまのさんが「とにかくこの流れを」と、…
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