「ずるいずるい」と言う妹に何がずるいのかヒアリングをしてみたら、婚約者と婚約破棄して妹の婚約者と婚約することになりました
--attention!--
この作品はスリラーな要素が含まれています。
(今回は人の怖さ的な意味でスリラーを使わせていただいてます。)
そのため、R-15をつけさせていただいております。
苦手な方は、ご注意ください。
「お姉さま、ずるいわ!」
この言葉を何回聞いたことだろう。何千、何万で事足りるだろうかと、アデライドは辟易した。
妹であるルルリアの「ずるいずるい」と言う攻撃は数年前から始まり、アデライドもルルリアも成人し、アデライドが婚約者のミネルヴァとの結婚を数か月後に控えた今日日まで続いている。
この癇癪が始まった始めの方は、両親も笑って見ていたが、徐々にこれは冗談では済まされないぞと顔色を変えていき、最近では頭を抱えている。
「お姉さまの宝石の方が大きし色も綺麗だわ!お姉さま、この髪留めちょうだい!」
今回は、この前オーダーメイドで作った髪留めが、ずるいらしい。ルルリアも自分でデザインして作ったものが目の前にあるのに、だ。
「ルルリア、貴女には貴女の髪留めがあるじゃない」
「嫌よ!お姉さまの髪留めが欲しいの!」
「ルルリア…」
「嫌よ!嫌よ嫌よ嫌!!!私は、お姉さまの髪留めが欲しいの!!!」
髪留めを持ってきた商人が驚きと困惑が混じった表情でこちらを見る。これはまずいと、アデライドは慌てて自分の髪留めをルルリアに握らせる。
「わかった。わかったわ、ルルリア。この髪留めをあげる」
「本当!?お姉さま大好き!!」
ルルリアは髪留めを握りしめ、天使のような笑みを向ける。そう、この妹、顔はとびきりに可愛いのだ。
商人はほっと安心した顔をして、ぺこりぺこりとお辞儀をしながら屋敷を去っていった。
このように、だいたいアデライドの物はルルリアに奪われていく。おかげさまで、アデライドの部屋はガランとしており、殺風景だ。
この癇癪があるため、ルルリアの婚約者はいない。両親がとてもじゃないがこの癇癪持ちに婚約者などつけられないと考えているからだ。それでも、ルルリアも成人した貴族の女性。婚約者を決めなくてはいけない。
「ルルリア。ロイド・ジゼル伯爵とお前の婚約を結んだ」
ある日、父がアデライドとルルリアを呼び出しこう告げた。
ジゼル伯爵は、アデライドとルルリアの幼馴染でもある。年齢はアデライドの一つ上で、ルルリアの癇癪も知っているため、父が頼み込んで婚約を取り付けたらしい。
「嫌よ!!私ロイドと結婚なんかしない!お姉さま、ずるいわ!!!私もミネルヴァ様と婚約したい!!お姉さま、ずるいわ!!ずるいずるい!!」
「ルルリア。無理に決まっているだろう。ミネルヴァ殿は、アデライドの婚約者なのだから」
始まったルルリアの癇癪に父が当たり前のことを指摘をする。そんな、父に構うことなく、ルルリアの癇癪は続く。
しかし、今回はルルリアの婚約者が決まったといういつもと違うトリガーでの癇癪だった。いつもはアデライドが何かを手に入れたときがトリガーだったのに。アデライドは少し不思議に思いつつも、口を噤み成り行きを見守る。
「嫌よ嫌よ嫌よ!!!私、ミネルヴァ様と婚約したいの!!お姉さまばっかりずるいわ!!ずるい!ずるい!ずるい!ずるいわあああああああああ!!!」
「とりあえず、これは決定だ。はぁ…ルルリアもアデライドを見習って少しは淑女の嗜みを身につけるんだ」
父は疲れた表情で部屋から出て行った。部屋に癇癪を起しているルルリアと残されてしまったアデライド。いつもならルルリアを刺激しないようにそうっと出ていくところだが、どうもさっきのトリガーの件が気になったアデライドはルルリアに声をかける。
「ねぇ、ルルリア。何がそんなにずるいの?」
「私もミネルヴァ様と婚約したいのおおおおお!」
「…とりあえず、落ち着きなさいな」
アデライドは涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになり天使の見る影もなくなっているルルリア顔をハンカチで拭ってやる。そして、背中をさすってやるとルルリアは徐々に落ち着きを取り戻した。
「ルルリア、落ち着いたみたいね。もう一度聞くけど、ルルリア。何がそんなにずるいのかしら?」
「私もミネルヴァ様と婚約したいの!私はお姉さまになりたいの!」
ミネルヴァと婚約したい、アデライドになりたい。こんなことをルルリアから聞くのは初めてだった。
「ルルリア、どうして私になりたいのかしら?」
「私、ミネルヴァ様が好きなの!初恋なの!お姉さまはミネルヴァ様のこと好きじゃないんでしょう!?だったら、私にちょうだいよ!!」
たしかに、アデライドはミネルヴァに恋愛感情を抱いてはいなかった。所謂、政略結婚のための婚約だ。家のつながりを強くするための結婚であるのだから婚約者は、アデライドでもルルリアでもいい。しかし、だからと言って、はいそうですかと婚約者を挿げ替えるなど信用問題に関わることをはできない。そもそも、ミネルヴァはものではない。ちょうだいなどとは失礼だ。
「ルルリア、それはできないわ。そもそも、ちょうだいだなんてミネルヴァ様に失礼よ」
「嫌よ!!私、ミネルヴァ様のことこんなに好きなのに!!ミネルヴァ様は私の身体は受け入れてくれたのに!なんで婚約はダメなの!?」
「え…」
青天の霹靂である。アデライドが石化したように動けないでいると、なおもルルリアが叫び続ける。
「お姉さまが婚約する前から私はミネルヴァ様が好きなのに!お姉さまより私の方がかわいいのに!なんでミネルヴァ様の婚約者がお姉さまなの!?どうして!?お姉さまずるい!ずるいわ!」
「ルルリア…」
「ミネルヴァ様、『ルルリアがアデライドになれたら婚約してあげる』って言ったのに!『アデライドの持っているものを奪えばルルリアもアデライドになれるよ』って言ったのに!!私は、私の方が可愛いけどお姉さまになりたかった!!お姉さまずるいわ!ミネルヴァ様の婚約者になれて、ずるいわあああああ!!!」
ルルリアは感情が高ぶったのか、再び癇癪が始まってしまった。アデライドは、衝撃の事実の連続に心音が速くなりつつも、きゅっと手を握りしめ己を奮い立たせルルリアに質問を続ける。
「ルルリア…、『アデライドの持っているものを奪えばルルリアもアデライドになれるよ』ってミネルヴァ様に言われたのはいつのことかしら…?」
「3年前のガーデンパーティーよおお!!初めてミネルヴァ様に会った!一目惚れだったわ!なのに、なのになのになのに!!お姉さまが婚約するだなんてずるいわああ!!」
3年前のガーデンパーティー、これはエーガー伯爵家とアデライドの家であるセルレット子爵家との結び付きを強めるために設けられた席だった。つまり、エーガー伯爵家によるセルレット子爵家の令嬢の品定め会と言っても過言ではなかった。その時から、ルルリアはミネルヴァのことが好きだったのだ。そのパーティー…基、品定め会の後、直ぐにエーガー伯爵家からアデライドを嫡男のミネルヴァの婚約者にとセルレット子爵家へ打診があった。ルルリアの癇癪が始まったのもその時期だった。
パズルのピースが一つ一つ綺麗にハマっていくような感覚をアデライドは感じた。それに伴い、心音はスピードを増し体中から嫌な汗が噴き出した。
「ミ、ミネルヴァ様との肉体関係があったのは…?」
「私がお姉さまの物を奪えば、『ご褒美』としてくれたわ!初めはキスだけだったけど…今では…うふふ…!昨日も、昨日も、たくさん愛してくれたわ…!これだけ愛し合っているのに!なんで婚約者がお姉さまなの!そんなのおかしい!ずるいじゃない!!」
「昨日…そんな…」
眩暈を感じ、立ち眩みがしてきたアデライドはソファーに体を預ける。
「なんでお姉さまなのよ!大して可愛くもない地味な見た目のくせに!いつもお姉さまはいつもそう!勉強が少しできるからって私のことを見下して!私の欲しいものを奪っていく!なんでお姉さまはいつも私より上にいるの!?そんなのおかしいわ!!お姉さまは、ずるい!ずるい!ずるい!ずるいわああああああああ!!!!!」
ルルリアは発狂したように叫び続ける。いや、もうすでに発狂しているという表現の方が正しいだろう。
アデライドがルルリアからの言葉の暴力を受けつつも動けずにそうしていると、いつもはルルリアの癇癪に付き合わずに部屋から出てきていたアデライドが部屋から出てこないのを不思議に思った父が様子を見に来た。
「アデライド!どうしたんだ!?」
顔から血の気が引いて唇が真紫になり、ソファーでぐったりとしているアデライドを見た父が驚きアデライドに駆け寄る。アデライドは震える身体に鞭を打ち、今しがたルルリアから聞いた話を父に伝えた。
父は驚きつつも、アデライドを使用人に部屋へ運ぶように指示し、ルルリアに事実確認をするため部屋に籠った。
それから、どれくらいの時間が経っただろう。がらんとした自室のベッドに横たわっていると、父がやってきた。父はだいぶ疲れている様子だった。
「ルルリアから話は聞いた。アデライドが言っていたことと同じことをルルリアも言っていたよ…」
「そう、ですか…聞き間違いであることを祈っていたのですが…」
「その、肉体関係があったということも事実らしい…。憔悴しきったお前に酷なことを聞くが、今回の件どうしたい?アデライド、私はお前の希望をできる限り叶えてやりたい」
父は、アデライドの手をそっと握りしめ、ゆっくりと語りかける。
「お父様…、私は…ミネルヴァ様と一度話をしたいですわ」
アデライドはミネルヴァに恋愛感情を抱いてはいない。しかし、親愛というべきか、情にも近い感情はあった。
ミネルヴァは、本当にとてもアデライドを大切にしてくれていた。ルルリアの癇癪のことも知っていて、いつもアデライドに大変だね、アデライドは頑張ってるよと優しく声をかけてくれていたのだ。その姿がすべて嘘だったとは思いたくなかったのだ。
「お父様、私は明日、ミネルヴァ様と二人でお会いして、ルルリアの言っていることが本当なのか聞きます」
「そうか、わかったよ。だが、二人っきりというのはいささか心配だ。いつもはアデライドの部屋で会っているが、明日は続きの部屋がある客間にしなさい。私は続きの部屋の方にいるから、会話は筒抜けになってしまうが…いいね?」
父が心配するのも尤もだ。それに、どのような会話になったとしても、家長である父に報告しなくてはいけない。もしも、気の重くなる報告をしなくてはいけないとなった時のことを考えると、その手間が省けるのはありがたい。
「承知いたしました。お父様」
それから、アデライドはミネルヴァに手紙をしたため、翌日の昼過ぎにミネルヴァと会う約束を取り付けた。
「こんにちは、アデライド」
「いらっしゃいませ、ミネルヴァ様」
「今日は、アデライドの部屋じゃないんだね」
「ええ、私の部屋では、殺風景ですから…」
「僕はアデライドの部屋好きだけどね」
ミネルヴァは人好きそうな顔でにこりと笑った。
今までは素直にうれしいと思っていた言葉が今日は素直に喜ぶことができない。そんなアデライドの心情とは裏腹に、春の暖かい陽気が窓から差し込み、客間を明るく照らす。自分のあまりもな気持ちの変化に戸惑いながらもアデライドは、ミネルヴァにソファーに着くように促す。
しばらく、アデライドとミネルヴァは客間でいつもと変わらぬ他愛ない会話を続けた。しかし、アデライドの心音は大きな音を立て身体中に響き渡るし、指先は氷の様に冷たくなっていた。
「ミネルヴァ様、私、今日はお伺いしたいことがあってお呼びいたしましたの」
「どうしたんだい?改まって」
冷え切った手をきゅっと握りしめ、ミネルヴァを見据えてアデライドは本日の本題を切り出した。
「『アデライドの持っているものを奪えばルルリアもアデライドになれるよ』『ルルリアがアデライドになれたら婚約してあげる』」
ミネルヴァがヒュッと息を呑んだ。
「このお言葉に記憶はございますか?」
「…なんのことかな?」
質問に質問で返す。いつものミネルヴァとは様子がちがう。直感でアデライドはそう感じた。
「…質問を変えますわ。ミネルヴァ様、ルルリアのことをどう思っていらっしゃいますの?」
「…可愛い妹分、かな…?時々癇癪を起してアデライドが手を焼いているのには、困ったなと思うけどね。僕もルルリアの癇癪を時々見かけるからね。アデライドは大変だなと思うよ。いつも頑張っているね。そんな君をいつも労わりたいと思っているよ。そうだ。こんど城下町にできたカフェに行こうよ。いつも頑張っているアデライドに僕もなにかしたいんだ。こんなのじゃ君の苦労には見合わないかもしれないけど、少しでも慰めになればって…」
堰を切ったかのように、ミネルヴァは話し出した。ルルリアの話からどんどんと話が逸れていく。
このままではうやむやにされてしまう、と感じたアデライドは、賭けに出ることにした。
「私、知っていますのよ?ミネルヴァ様とルルリアが睦まじい仲だということは。一昨日も逢瀬を重ねていらっしゃったでしょう?」
ミネルヴァの声をかき消すように、アデライドは少し声を張る。少ししか声を張っていないのに、緊張でカラカラに渇いた喉がひりつくのをアデライドは感じた。
次の瞬間、ミネルヴァの顔からすこんと表情が抜け落ちた。いつも微笑みを絶やさなかったミネルヴァからは想像もできない表情だ。
「なんだ。バレていたのか」
ミネルヴァは吐き捨てるようにつぶやく。アデライドは、春の麗らかな陽が差し込んでいた部屋の温度が氷室の様に冷たく下がったように感じた。
「なぜ、ですの…?ルルリアと愛し合っているのなら、ルルリアを婚約者にすればよかったではありませんか…!!」
アデライドは、ミネルヴァの雰囲気の変化に恐怖を感じ、カタカタと震えながら、痛む喉に構うことなく叫ぶ。
「ふふふふふふふ!その表情だ!!その表情が見たかったんだよアデライド!!!可哀そうに!こんなに震えてしまって…!」
ミネルヴァは、ソファーから立ち上がりアデライドの頬に手を添える。
「こんな真っ青になって…唇まで真っ青じゃないかぁ…ああ!ああ!アデライド!可哀そうに…!」
ミネルヴァは、アデライドの頬に添えた手の親指でアデライドの唇をなぞった。アデライドは恐怖のあまり震えることもできず、凍り付いたように動けなくなった。
「手もこんなにも冷え切っているじゃないか…!なんて、なんて可哀そうなんだ!最高だ、アデライドぉ…!!」
ミネルヴァは頬に添えていない方の手でアデライドの手を握り指を絡める。
「ル…ル、リア、ではなく…な…なぜ…」
アデライドは、はくはくとほとんど声にならない声で、ミネルヴァに先程の質問をもう一度問いかける。
「ルルリア?そんなことをまだ気にしていたのか。本当に可哀そうで可愛いな僕のアデライドは…!」
ミネルヴァはうっそりとした表情で、アデライドの頬を撫でる。
「ルルリアは、アデライドのこの表情を見るための駒に過ぎないに決まっているじゃないか!ああ、アデライド…僕が愛しているのは君だけだよ…!!あれだけ気高くて気品溢れる君が恐怖でこんなにも怯えてしまうだなんて!なんて可哀そう!!最高だ!最高にそそるよ!!!3年前のガーデンパーティーで初めて会った君の淑女としての完璧な姿…僕は君のことを神が地上にもたらした天使かと思ったよ!!一目惚れだった!…そんな君の淑女としての矜持からなにからを全部、踏みにじって!汚して!!壊して!!!絶望に染まる君の可哀そうな姿、そんな愛しい君の姿、それだけが見たかったんだ!!!…まぁ、その点、ルルリアは役に立ったかな?適当にけしかけたにしては、いい働きをしてくれた。君の殺風景な部屋を見るたびに、ああ!ああっ!なんて、なんて可哀そうなんだ!!ってゾクゾクしたよぉ…!!!僕とアデライドが結婚して、この家を出て一緒に暮らすようになったとしてもアデライドのあの部屋だけは残しておこうねぇ…可哀そうなアデライドがいた証だよぉ…!!」
「そこまでだ!!!!」
アデライドが動くことができずにいると、バンッと大きな音を立て、続きの部屋に続く扉が開いた。アデライドが目だけを動かし扉の方を見やると、意外な人物が立っていた。
「ロイド・ジゼル伯爵…?おやおや、どうされたんですか?婚約者同士の逢瀬に割って入るだなんて、実に、無粋だ…。…婚約といえばジゼル伯爵、ルルリア嬢と婚約されたと伺いました。この度はおめでとうございます」
「その婚約は破棄した」
ロイドはそっけなく端的に答え、アデライドの頬に添えられているミネルヴァの手を叩き落とし、反対側のアデライドの手に絡めていた手も振りほどき、アデライドを自分の後ろに隠した。
「それはそれは…ルルリア嬢の癇癪も強烈ですからねぇ…無理もありません」
「元凶が何を言う」
「またまたぁ。僕は何も知りませんよ?」
ミネルヴァはひょうひょうと答える。そんなミネルヴァをロイドは一瞥し、ハンカチをアデライドに手渡す。
「ミネルヴァ殿、貴方とアデライドの婚約も破棄された」
「は?はぁ!!!?」
「そうでしょう?エーガー伯爵、セルレット子爵」
ロイドが扉の方へと振り返るとそこにはエーガー伯爵と父がいた。
「セルレット子爵!父上!」
「ミネルヴァよ…ずっと隣で話を聞いていたぞ…!全くお前の中の狂気に気づけていなかっただなんて、儂は自分が情けない…!」
「そんな、父上…!」
「アデライド嬢との婚約はもちろんこちらの有責で破棄だ!!」
「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!」
ミネルヴァは膝から崩れ落ちる。そんな、ミネルヴァを無視してエーガー伯爵がアデライドと父に頭を下げる。
「アデライド嬢、セルレット子爵!本当に申し訳ない!謝っても許されることではないのはわかっている!ミネルヴァは我が家が責任をもって処分する。廃嫡はもちろんだし、アデライド嬢にも今後一切関わらないように監視を付ける!」
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!!!!アデライド!僕はアデライドを愛している!!!!!!こんなにも愛しているのに!一生!?一生アデライドに会えないだなんて、嘘だ嘘だ嘘だ!!!嘘だああああああああ!!!!アデライド?アデライドは僕と一生一緒にいたいよね!!ねぇ!?」
ミネルヴァは床に這いつくばり、アデライドの方に手を伸ばす。
「ひぃ…!」
「大丈夫だよ、アデライド」
小さく悲鳴を挙げたアデライドの肩をそっとロイドが触れる。アデライドはロイドの手のぬくもりを感じ、冷え切っていた身体に体温が戻る感覚を感じた。
「私、ミネルヴァ様のことは政略結婚のお相手として情を感じてはおりましたが、恋愛的な意味でお慕いはしておりませんでした」
凛と背筋を伸ばし、貴族の淑女としての矜持を奮い立たせ、アデライドはミネルヴァにぴしゃりと言い切る。
「嘘だ、嘘だ嘘だ…」
「ミネルヴァ様ぁ!!!!」
ミネルヴァがぶつぶつとうわごとのように呟き始め、大人しくなったと思ったら、突然、バンッと大きな音を立て、続きの部屋への扉と反対側の扉が開いた。扉からはルルリアが駆け込んできて、ミネルヴァに抱き着いた。
「ルルリア、お前は部屋で謹慎しておくように伝えたはずだが?」
「お父様!だって、ミネルヴァ様がいらっしゃってるって聞いたから!」
父はため息をついて、床に崩れ落ちぶつぶつと喋っているミネルヴァに抱き着くルルリアに目線を合わせるためにしゃがむ。
「ルルリア、お前とジゼル伯爵の婚約は破棄だ。アデライドとエーガー伯爵ご子息との婚約も破棄した」
「え!じゃあ、私、ミネルヴァ様と婚約できるのね!!」
今まで、なんだかんだ自分の癇癪によるわがままが通ってきたルルリアは今回もわがままが通ったと思い、目を輝かせにんまりと笑う。
「そんなわけないだろう!!!お前は北の修道院で一生監視が付いた上で奉仕活動をするんだ!!!」
滅多に娘たちに怒鳴らない父がルルリアに対して、声を荒げる。北の修道院とは、わが国で最も戒律の厳しい修道院だと聞く。
後でアデライドが父に聞いた話だが、ルルリアはミネルヴァに騙されていただけという考え方もできたが、3年前のガーデンパーティーの前から姉であるアデライドを侮ったりする姿が見られたし、完璧にミネルヴァによって狂ってしまっていると父は判断し修道院行きを決定したそうだ。
「ミネルヴァ様は!?」
「一生会えるわけなかろう!!今日この場で永遠の別れだ!!!!」
「嘘よ!嫌よ!嫌ああああああ!!!!お姉さまは?お姉さまも修道院に行くんでしょ?お姉さまもミネルヴァ様と婚約破棄するんだものね!?」
「行くわけがなかろう!!!!」
「どうして!?どうして!!?お姉さまも婚約破棄したじゃない!!!どうして、お姉さまばかり幸せになるの!?ずるい!!ずるいずるいずるいずるいずるい!!!!ずるいわあああああああ!!!!!」
「ええい!ルルリアを部屋に閉じ込めろ!修道院に行く馬車が出るまで一歩も部屋から出すな!」
父に命じられた使用人が、ルルリアを拘束し部屋から引きずるように連れて行った。
これがアデライドが見たルルリアの最後の姿だった。
「皆さま、この度は大変申し訳ございません。今日はこの愚息を連れて一度帰らせていただきます。廃嫡の手続き等がございますので」
エーガー伯爵が指示し、ぶつぶつとつぶやくミネルヴァを、エーガー伯爵家の使用人が連れて行く。
ミネルヴァの姿もアデライドが見たのはこれが最後だった。
父はエーガー伯爵を見送ると言い部屋を出て行った。アデライドとロイドもエーガー伯爵を見送りに行くと言ったが、エーガー伯爵にミネルヴァと対峙して疲れているだろうと丁重にお断りされた。
アデライドは、ルルリアとミネルヴァが居なくなり糸が切れたように力が抜けその場に崩れ落ちそうになる。そんなアデライドをロイドがすっと支え、ソファーまで誘導する。
「ロイド、ありがとう…あの、今更かもしれないけど、どうしてここにいるの?」
「昨日、セルレット子爵から『ルルリアとの婚約のことで話がある』と連絡が来てね。事のあらましを聞きに、子爵邸に来ていたんだ。それで今日アデライドがミネルヴァから事情を聞くっていう話も聞いていて、子爵に無理を言って同席させてもらったんだ」
「そうだったの…いてくれてありがとう。とても心強かったわ」
「エーガー伯爵も子爵に呼ばれてきたみたいだったよ。始めは半信半疑で隣の部屋に居たんだが、ミネルヴァ殿の、えーと、あーと…変わった趣味…?が分かってきてからは顔が真っ青でな。あれは居た堪れなかった。子爵も血が通っていないかと思うくらい白い顔をしていてだな…踏み込むタイミングは子爵の合図という予定だったんだけど、ピクリとも動かなくてな…俺が我慢できずに飛び出したという…もしも、算段が決まっていたんだったら申し訳なくてだな…」
しどろもどろに話すロイドを見ていると、さっきまでの騒動が嘘みたいに感じて、アデライドはなんだか可笑しくなった。
「ふふふ…ロイド、そんなことを気にしていたの?」
「あ!笑い事じゃないぞ!俺は本当にやってしまったかと思って気が気じゃなかったんだぞ!」
そう言いつつもロイドも笑っていた。
「あー…でだ、俺もアデライドも婚約破棄しただろ?こんなタイミングで言うのはずるいかもしれないが、ここで逃したらまたアデライドが別の奴と婚約してしまうかもしれないと思うから、今言わせてくれ!」
ロイドが居住まいをただし、アデライドに向き合う。
「アデライド、俺と結婚してくれ」
「え」
「3年前は、前伯爵である父様が死んで伯爵位を継ぐためにもたもたしていたら、ミネルヴァ殿にかっさらわれてしまった。まあ、俺もアデライドも貴族だし仕方ないと思って、アデライド幸せのためになるならと、ルルリアとも婚約したんだ…もう、あんな思いはしたくないし、アデライドが傷つくのを助けることができないのも慰めることができないのも嫌だと思ったんだ!」
「ロイド…」
3年前、ロイドの父が若くして亡くなり、まだ未成年だったロイドが伯爵位を継ぐため並々ならぬ努力をしたのは聞いていた。しかし、ルルリアとの婚約がアデライドを思ってのことだったとは知らず、初めて聞く話にアデライドは驚く。
「結婚の許可は、アデライドさえ良ければと子爵から昨日いただいた。まぁ、こんな事があったばかりだしすぐに答えを出してほしいとは思わない。ただ、俺がアデライドを思っていると知っていてくれるだけでいい」
ロイドはそう言うと、ふわりと笑った。その笑顔を見てアデライドは体温が上昇するのを感じ、思わずロイドの手を取る。
「あ!いやだわ、はしたない!ごめんなさい!」
慌ててアデライドは、ロイドから手を放そうとする。ロイドは逃げようとするアデライドの手をしかと握る。
「いいよ、アデライド。ここには俺たちしかいないし」
「…ありがとうロイド…あのね、今の結婚してほしいという話なんだけど…」
「うん」
先程ミネルヴァと対峙した時とは違う渇きを喉に感じる。体温が急上昇した気がして身体が熱い。
「まずは、こ…婚約者から、お願いします…!」
ふはっと、ロイドは吹き出し「もちろん」と、にっこりと笑う。その笑顔が自分を暖かな光で包んでくれる太陽の様だと、アデライドは思った。
その後、アデライドとロイドは婚約者として交際を始め、数年後には無事に結婚式を挙げたのであった。
ミネルヴァは伯爵領の端の端にある炭鉱で監視のもと安い賃金で炭鉱夫として働かされ一生を終えたが、可哀そうな女性が好きという癖は一生変わらなかったという。
またルルリアも、北の修道院で監視のもと神に祈りを捧げ奉仕活動を行い一生を終えたが、癇癪は治らなかったらしい。
よろしければ、前作「王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった」も、お目通しいただけると嬉しいです!
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2021/7/2 追記
日間異世界〔恋愛〕ランキング、11位にランクインしました!
本作も多くの方に読んでいただけてとても嬉しいです。
ありがとうございます!