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プロローグ  作者: ありさと
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プロローグ

 「ああ、つまらないわ」

神と呼ばれる種族の一人、しかし感情を持ち過ぎたそれは"変わり者"の烙印を押され周囲に溶け込めずに独りで遊んでいた。


 神が住まう地"祝福の庭"とは名ばかりで、辺りは宇宙の様に暗く優しい闇がただただ際限なく続いている。

創造主が宇宙を管理するために"神"を生み出し、それらを住まわせるために創った概念的空間では創造主と神が望めば文字通り全てが存在し、全てが存在しない。

 宇宙の管理と言っても神は起こる事象をただ只管観測するだけで、言ってしまえばただ存在しているだけの存在に過ぎない。ある時、暇を持て余した一人の神が創造主の真似事をし始める。惑星を創り、それを愛で始めたのだ。それが楽しいのだと噂は広がり、今では殆どの神が自分の惑星を持っていた。


 「つまらない」と独り言を呟くセラルウという名の神もまた祝福の庭に惑星を創り、それにヴァサと名前を与えた。

神のみが扱える"奇跡"を自分の創造物に与えるということは創造主への冒涜として禁忌とされていたが、セラルウは惑星ヴァサに生きるヒトと呼ばれる種族に簡単な奇跡を使えるように組み込み、自分好みの"面白そうな生き物"を作ってそれを繁栄させた。

仮に見つかったとしても言い訳でも何でもすれば良いと思っていたし、何より悠久の時を生きるには刺激が足りなさ過ぎている。セラルウは自分が罰せられることよりも、刺激を求めたのだ。

 そうして創った箱庭の世界に災いの種を撒いては力を持つ者達を争わせ、血が流れる様を一つの刹那的なショーとして楽しむ。戦う者達が居なくなる時が来れば、早々にヴァサを壊して作り直す。

それはヴァサに流星群を降らせ、全ての命を潰してまた再創造するという事を意味するが、退屈を嫌うセラルウは何度もそれを繰り返した。

その行動もまた、他の神々は理解が出来ないものであり、セラルウが他の神々と距離を置かれている原因の一つだったのだが。


 セラルウは自身の長い銀の髪を細く美しい指でくるくると絡めては、退屈で死にそうだと言わんばかりの目で傍らのモノを眺める。

「ねえ、ヴァサ。貴方も飽き飽きしているでしょう?」

 黒の生地に赤のフリルが贅沢に施されたドレスを纏ったセラルウはふわりとスカートを靡かせながら、「ヴァサ」と呼ばれた少女と目線を合わせる為に少女の髪の毛を乱暴につかんで顔を上げさせた。

 顔をセラルウに上げさせられた少女―――ヴァサは惑星ヴァサの意志の可視化したものであり、姿形はセラルウと瓜二つ。纏うドレスもセラルウのものとデザインは同じであったが、赤の代わりに青の美しいフリルが少女の傷だらけの体をよりみすぼらしく飾る。

その傷はセラルウに壊された回数分の痛みと恐怖を可視化した"印"であり、それはヴァサに自我があることを示している。


 だからこそ、セラルウはヴァサに話しかけている。

「ねえ、なんとか言ったらどうなの?」

そう問いかけられてもヴァサは怯えているような表情をするだけで、何も答えない。

そんなヴァサを眺めている事にも飽きてしまったセラルウはヴァサを突き飛ばしてふう、と小さく息を吐いた。

「じゃあ、今回はここでお終いね」

 にっこりと笑うような顔を作り、セラルウはヴァサに死の宣告を言い渡す。

「ばいばい」


 惑星ヴァサは水資源を有する豊かな惑星であったが、度重なるセラルウの介入により生き物―――特に人類の争いが絶えなかった。

しかし長く続いた戦争は終わりを迎え、緩やかにではあるが平和の時代に移り変わりつつある。セラルウはそれが気に食わなかったのだ。


 「集え、星よ」

セラルウの言葉を合図に小さな光達がヴァサに集まっていく。それは流星群であり、確実に惑星ヴァサと惑星の意志であるヴァサを壊していく。

 「…痛い、痛い…!」

恐怖で黙っていた惑星の意志であるヴァサも堪らず声を上げてしまう程の痛みを伴うらしく、その場で崩れ落ちてのたうち回った。

痛みと恐怖は少女ヴァサの体に傷として現れ、それを見ているセラルウは楽しそうに手を叩いた。


 そんな神を睨みつけつつヴァサはのたうち回り、絶叫しながら自分の腕を引き千切る。転がった腕はやがてヴァサそっくりの体を創り上げていった。

ヴァサはセラルウの創造物であり神ではなかったが、簡易的なものなら奇跡を使えるようにセラルウに組み込まれていた。そして、今まで使ったことは無かったものの、感情を持ち過ぎたセラルウに創られたヴァサもまた、感情を持ち過ぎていた為に壊される恐怖から奇跡を使ったのだ。

 無から何かを成す程の奇跡は使えない為に、腕を奇跡の媒体に使用するアイデアをセラルウは考えたこともなかったので、降り注ぐ流星群を止めた。


 「意外だわ。案外、面白いことが出来るのね」

セラルウの口が妖しく弧を描く。その目線の先には、片腕の無いヴァサと腕から形成されたもう一人のヴァサが居た。腕から成った方のヴァサは眠っているかのように目を開けなかったが、しっかりと二本の足で立っている。

 流星群の衝撃が未だ残るヴァサは痛みに顔を顰めつつ、よろめきながらも焦るように慌てて言葉を紡ぐ。

「…私の中にある数多の命と私の一部をエネルギーとして、もう一人の私を創りました。お気に召しましたか…?」

「それだけじゃ面白くないわ。まだ何かあるんでしょう?」

セラルウの言葉を受け、ヴァサは体を恐怖で強張らせたが自らを奮い立たせる為に足を一歩、踏み出す。

「…はい。もう一つの私を使って、永遠に続く争いを始めます」

 セラルウは何もない空間に腰かけ、満足気な顔でヴァサを見下ろして「続けて」と話をする様に促した。





 ああ、我らが創造主よ。どうか、どうか憐れな私を導いて下さい。

刺激的な殺戮ショーを求めて何度もセラルウに壊され続けた心優しき惑星の意志ヴァサは、自身を守る為とはいえ罪悪感に苛まれていた。

セラルウが飽きる度に壊され、セラルウに作り直され続ける運命から逃げたいが為に、命ある者達を犠牲にしてしまった。それがどうしても辛く、腕を少しずつ再生させながらも己の浅はかさと愚かさに肩を震わせて泣いていた。


 流星群で自身が壊されていく中で、ヴァサはふと「壊されたくない」と願ってしまった。

今回は特別上手く生物が栄えていたし、何より痛くて怖くて逃げ出してしまいたかったのだ。

その痛みから逃げる為に必要な行動。それはセラルウを満足させる事象を引き起こす事―――つまり、"永遠に続く争い"を始める事。

 災いの種を撒くのは簡単で、ヴァサがしたことと言えばコピーされたヴァサに一つの歴史を上書きする事だけだった。

『別の世界にはもう一人の自分が存在する。それは絶対悪であり、世界を平和に導く為に殺さねばならぬ』―――と。


 元より惑星ヴァサに住まう人と呼ばれる種族は、セラルウに簡単な奇跡なら使えるように作られている。

セラルウが創った惑星ヴァサと、ヴァサが用意した模造品―――"アナザー"と名付けられた惑星ヴァサに生きる者は魂も容姿も育ちも、全てが同じだ。

しかし、その片方に偽りの歴史が刷り込まれたとしたら。

そう、舞台に必要な物は揃ってしまったのだ。同じ魂と器を持って生まれた模造品がオリジナルを殺しに来る舞台の。


 「…ごめんなさい」

セラルウは散歩の時間だと言って気まぐれに消えたきりで、残された二人のヴァサはぽつんと立っているだけだった。

隣に立っているアナザーは完全に意志を持たない器だったが、惑星ヴァサが撫でてやると微笑んだような気がした。


 そして、間もなく舞台の幕が上がる。

神を楽しませる為に、ショーは始まるのだ。

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