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怪しい薬師

 木造の集合住宅が込み合う貧民街で老婆は井戸端で、曲がった腰を更に折り曲げて、採ってきたばかりの芋を洗っていた。聞こえてきた砂利を踏みしめる音に顔を上げる。

 顔馴染みの薬師が薬箱を持って、少し頭を下げた。


「こんにちは、体調はどうだい」

「あらこんにちは、ありがとうねぇ、あんたのくれた薬のお陰でずい分楽になったよ。礼にもならないけど芋でも持って行っておくれ」

「ありがたい、大事に食べるよ」


 昼行灯のような雰囲気を漂わせた薬師は芋を懐にしまう。代わりにいつもの薬を老婆に渡して、腰を屈めた。


「今日は何か困りごとはないかい」

「ああ、もちろんあるとも。貧乏暇なし、みんな仕事に忙しくてねぇ。溝が詰まっても浚う時間もないときた。どっかのお人好しが浚ってくれると助かるんだがねぇ」

「わかった、わかった。困った時はお互い様、力仕事の得意なやつに話をしておくよ」


 よいしょ、と薬師は立ち上がり、ひらひらと老婆に手を振ると、風に吹かれる木の葉の様に軽い足取りで集合住宅街を去って行った。


「まったく奇特な御仁だよ、芋ひとつで薬はくれる、無償で面倒事を片付けてくれるんだから。今度来たらとっときの煮物でもご馳走してやろうかね」


 皺だらけの顔を笑みで綻ばせ、老婆は芋洗いに戻った。


***


 晴天麗らかな昼下がり、コハクは街をぶらついていた。後方にはもちろんコクヨウが付き従っている。

 テッサリンドの王都(オル=ピスマ)には様々な店が軒を連ねており、店構えの規模は違ってもそのどれもが人で賑わっていた。

 その中から嫌な騒がしさを見つけてしまったコハクはため息ひとつを落としてその中心に近付いていった。


「どこを見てやがる、このガキ! 俺の服が汚れただろうが! どう落とし前つける気だ、アァ!?」


 地面にへたり込んだ子どもを、大のおとながみっともなく怒鳴っている。

 絵に描いたような難癖付けで、見ていて気持ちの良いものではない。大方子どもにぶつかられたのだろうが、安心しろお前の服は少しの土汚れが付いたくらい関係なく薄汚れて見えるぞ、と言ってやりたい。

 難癖付けの教科書でも出回っているのかとコハクはうんざりしながらコクヨウに指示を出そうとした。

 しかしそうする前に子どもと男の間に進み出た青年が男に声をかける。好き勝手に伸びた蓬色をした髪が風に揺れている。色味も相まって、文字通りの蓬髪の持ち主は赤味がかった眼を鋭く男に向けた。


「おいおい、そこまでにしておいてやんな。その子だって悪気があったわけじゃなし。なあ、坊主?」

「あァン? なんだテメェは」


 青年は子どもにやさしく笑いかけ立たせてやり、服のほこりを払ってやる。


「大丈夫かい? 怪我はないかい?」

「うん、だいじょうぶ。ありがとう、おにいちゃん」

「なに、気にすンな。ほれ、ここは俺に任せて行った行った」


 青年に背中を叩かれ促された子どもは戸惑いがちに頷いてすぐさま走り去った。賢い子どもだ。

 それを満足そうに見送った青年は立ち上がり、怒りで顔を染める男に向き直った。


「テメェ……なに勝手なことをしてやがる」

「イヤイヤ、子ども相手に本気(マジ)になるなんてカッコ悪ィことせずに済んで良かったじゃねェか。礼はいらねェぜ、じゃあな」

「誰が礼なんぞ言うか!」


 背を向けてひらりと手を降る青年に歓声が上がる。それに油を注がれたらしい男は怒りのまま振りかぶった拳を青年目掛けてを振り下ろす。

 観衆(やじうま)の誰もが無防備な背中を晒していた青年が哀れにも吹き飛ばされる姿を幻視したが、青年は男の拳を軽くかわし危ねェなぁ、と独り言をこぼした。

 随分余裕があるな、とコハクは顎に手を当てる。


「こんのッ! よけてンじゃねえ!」

「普通は避けるだろ、っと」


 男の拳を避け続ける青年に周りから再び歓声が飛ぶ。

 青年の格好から小金を持った破落戸(ごろつき)かと思っていたが、街の破落戸にしては洗練された身のこなしにコハクは内心で首を傾げる。しかし王都の貴族かと言われればそれも違うように思えた。ただ正規の訓練を受けた人間であることは確かだった。


「いいぞ兄ちゃん!」

「キャー、すてき!」

「そんままやっちまえー!」

「そいつに殴られた恨みを晴らしてくれー!」


 どうやら男のほうは暴力を振るう常習らしい。男の味方をする者はいなかった。

 かすりもしない拳を振るい続けて肩で息をし始めた男が血走った目で今度は懐をまさぐり刃物を取り出した。

 昼間の陽光を鈍く反射するそれに歓声を上げていた観衆は一斉に男達から距離を取る。その場に残ったのは鼻息荒く刃物を見せびらかす男と、表情を引き締めた青年とコハクとコクヨウだけになった。


「へへ……今なら許してやらんでもねえぜ? 地面に頭ァ擦り付けて謝んな!」

「素手相手にそれはないだろう」

「アァ?」


 コハクのぼやきを拾った男が声のした方に視線を動かす前に膝から崩れ落ちた。コクヨウが背後から一瞬で男の意識を刈り取ったのだ。地面に伸びる男を無表情に見下ろしたコクヨウは男の持っていた短刀を器用に捻り曲げ、刃物としての存在価値をなくし男の傍らにそれを戻す。


「ご苦労さん。行くか」

「はい」


 突然現れたコクヨウを連れ立って歩いて行くコハクに、目を見開いていた青年は小走りで二人に続く。


「私達に用か?」

「用ってほどのもんじゃねぇけどな、助かった。礼を言うぜ」

「あんたなら一人で対処できただろうがな。余計な世話を焼いたなら謝るが」

「いやいや、助かったって言ったよな、俺」


 困った様に青年がコクヨウを見た。コクヨウはしばし視線を合わせていたが首を傾げたあと視線を前方に戻す。


「あの強さに浅黒い肌、黒髪、お前さんがコクヨウか。皆、誉めてたぜ。無口で無表情だがよくしてくれるってな。そんでコクヨウと一緒にいるお前さんがコハクさんだろ。病人怪我人なら貧乏人だろうと格安で看てくれるって評判だぜ」

「それはどうも」


 どこの誰に聞いたのだか、面倒である、と表情を隠さないコハクにめげることなく青年は二人のあとをついて歩く。コクヨウが警戒した様子を微塵も見せないため敵ではないだろうが、素性の知れない人間と歩く趣味などコハクにはない。


「そういうあんたはどこの誰さんだ?」

「俺は、いやあ、名乗るほどのもんでも……」


 頭をかく青年にコハクは片眉を上げるだけに留めた。


「まあ別にどなた様でも構わんが。わたし達は散歩中だ。邪魔をするなら他所へ行ってくれ」

「邪魔をするなんてとんでもねぇ! 噂のお二人さんに会ってみたかったってだけだよ。こんなすぐに会えると思わなくて驚いてンだ」

「そうか。それなら目的達成だな。オメデトウサヨウナラ」

「はは、つれないねぇ。お近付きの印にどうだい、茶でも飲まねぇかい? 奢るぜ」

「…………」


 ジト目で青年を見たコハクは次いでコクヨウを見る。やはり警戒した様子がなくすました顔のままでいるコクヨウに内心で首を傾げながらおごりなら、とコハクは頷いた。



「お二人さんは珍しい名前の響きだが、()つ国の出身かい?」

「いや。名付け親がソケイ国の出身でな。黒髪が綺麗だからコクヨウ、目の色が似ているからコハク、だそうだ」

「なるほど?」


 普段なら頼まないスーパーウルトラデラックスフルーツパフェEX(店内最高額)をつつきながらコハクが答える。パフェの層をひと口食べてはコクヨウに回し、コクヨウが残りの層を胃に収めていく。


「量が多いだけなら普通サイズを頼めばよかったな」

「人の金で頼んどいて言うなぁ」

「すまん」


 最後の層をコクヨウに回し、コハクは頬杖をついた。


「コクヨウはソケイ国の言葉で黒曜石を指す。コハクは琥珀だ」

「なるほど。コハクさんは物知りだねェ」

「知的好奇心だけはあるんでね」


 普通サイズのカップに淹れられた茶を飲んでコハクはコクヨウを見る。コクヨウはやはりすました顔をしていた。知り合いなのだろうか。


「コハクさんは薬師なんだって?」

「まあ、そうだな。薬屋をやっている」


 言って、コハクはまだ持っている者の少ない名刺を青年に差し出す。名刺には薬屋カラリ店主コハクと書かれている。珍しいそれを矯めつ眇めつして、青年は懐にしまい込んだ。


「薬屋の店主がぶらぶらしてていいのかい?」

「今日は定休日だ」

「へえ」


 探る様な青年の視線にコハクの眉根が寄る。そんなコハクに愛想笑いを返した青年はすう、と眼を細める。


「最近貧民街で子どもが行き方知れずになってるそうだが、知ってるかい?」

「ああ。気付くと姿を消しているそうだな。騎士団に届出は出したそうだが未だ見つかっていないそうだ」

「そこまで知ってるのか」


 わずかに驚いた様子で青年は目を見開いた。


「年がら年中ネタを探し回ってる作家先生が薬屋(うち)を喫茶店と勘違いしていてな。茶を飲むついでに頼んでもいないのに自分の集めた情報を垂れ流していくんだ。作家先生の予想では人攫いじゃないかと言っていたが。

 あんたの予想とそう違わないみたいだな」

「…………ああ」


 人の好さそうな愛想笑いを引っこめた青年はいっそ殺気を感じさせる視線を無遠慮にコハクへ刺してきた。こっちが本性か? とコハクは背もたれに体重を預けて青年と物理的に距離を取った。


「言っておくが、私たちは誘拐犯じゃないぞ」

「へえ? どうだか」


 獰猛な笑いを向けられてコハクは圧迫感に胸元を押さえる。これはチンピラ風情じゃないぞ、とコクヨウに視線を向ける。コクヨウはわずかに目を見開いて驚いているようだった。何事か、言葉にしようとして口を開閉させている。しかし口下手なコクヨウの考えは音にならない。結局、身を乗り出してコハクを背に庇った。

 圧迫感が和らぎ、コハクは大きく呼吸した。


「わかった、私達が誘拐犯じゃないと証明しよう。だからその殺気を引っ込めてくれ。死にそうだ」

「ふうん?」


 納得はしていないようだったが、引っ込んだ殺気にコハクは安堵の息を吐く。


「場所を変えよう。奢ってもらった礼だ、私の薬屋(みせ)に招待しよう。茶くらいなら出せる。軽食もまあ、あんたが食べたいなら出そう」


 不承不承、という風に頷いた青年にコハクは伝票を差し出した。


「決まりだな。ほい、お勘定頼んだぞ」


 渡された伝票を見て軽く目をむいた青年がおかしくてコハクは吹き出した。


***


 閉店の札を下げたまま薬屋(カラリ)のカウンター席を勧め、コクヨウは茶を淹れ、コハクは軽食を青年に出す。青年はそれに手を付けようとはしなかったが、コハクは気にせず定位置に座る。


「ここは私が一から造り上げた薬屋(こうぼう)だから外には一切音が伝わらない。内緒話にはぴったり、というわけだな」


 それを聞いた青年の空気がガラリと変わった。殺気に近くなったそれに腕をさすりながらコハクはコクヨウの後ろに身を隠した。この期に及んですました顔をしているコクヨウがいっそ憎らしい。


「待て、落ち着け。私は別にあんたに危害を加えようと思ってここに招いた訳じゃないぞ。

 (わたくし)はエレクトラ・テッサリンド。一応この国の王妹で、コクヨウはマティシャニタス。私の従者だ。信じられんだろうが、ほら証拠もあるぞ。好きなだけ調べてくれ」


 言って、無造作にコハクが投げて寄越した紋章印を青年が泡を食って受け取る。かすかに振るえる青年の指先にコハクは少しだけコクヨウの背後から身を乗り出した。

 印を確かめた青年がそれを厳かにコクヨウに返すと躊躇なく膝を付いて頭を下げる。


「知らぬ事とはいえ失礼致しました、エレクトラ殿下。如何様に処分してくださっても構いません」

 殺気が消え失せ、畏まる青年にコハクはひらひら手を振る。コクヨウの背後に隠れるのを止め、元の定位置に戻った。


「気にするな、顔を上げてくれ。こっちはお忍びで最側近にしか知らせてないんだ、あんたがわからないのも無理もない」

「はっ」


 恐縮したままの青年にコハクのほうが困ってしまう。どうしたものかとコクヨウを見た。それを受けてコクヨウは青年に近付き、なんでもないことかのように青年を立たせる。自分より背の低いコクヨウに軽々と扱われ、驚いたらしい青年はようやく顔を上げた。


「レイモンド様は真面目なお人柄だと聞き及んでおります。ですからこうなるのも致し方ない、かと」


 今度は別の意味で驚愕に見開かれた目がコクヨウの言葉が正しいのだと物語っている。ああ、とコハクはコクヨウが警戒心を欠片も抱いていなかった理由にようやく得心がいった。


「レイモンド・グローステストか。若くして師梟騎士団長に抜擢された期待の新人だな。コクヨウが裏表のない人間だと誉めてたからよく覚えてる。

 ま、演技とはいえ砕けた態度もできてたんだ、今度も街ではああいった感じで頼む。

 しかし本当お前は鼻が良いな。二、三回すれ違った程度の人間の体臭なんて普通は分からんぞ」

「レイモンド様の匂いは良いものでしたから覚え易い、かと」


 緊張の抜けたコハクはさっそくだらけて背もたれに体重を預けた。

 コクヨウは手の付けられていない紅茶を見て、好みでなかったかと別の茶葉を淹れましょうか、と青年──レイモンドに問いかけた。呆けた様子の青年にコハクは面白がる様な笑みを向ける。


「今後も街に出るなら偽名くらい考えておいたほうがいいぞ」

「ああ、いや……。単なる息抜きのつもりでしたので……」

「息抜きのついでに噂の不審者が犯罪者じゃないかを確かめようって? 生真面目にも程がある。どっちがついでかわかったもんじゃない」

「…………」


 正鵠を射られたレイモンドはばつが悪そうにぬるくなった茶と軽食のサンドイッチに手を付けた。


「……美味しいです」

「それはどうも。茶の効力はリラックス、サンドイッチに挟んだ香草は疲労軽減の働きがあるぞ」

「重ね重ね申し訳ございません……」

「ここでは薬屋の店主で通してるんだ、畏まるのはやめてくれ。街を歩けなくなってしまうだろう」

「……努力は、いたしましょう」

「頼むぞ」


 からからと笑うコハクにコクヨウは目を細めた。


「ザクロはどうだ?」

「ザクロ?」

「お前の目の色が柘榴石みたいだからな」


 偽名があると便利だぞ、と口の端をつり上げるコハクにレイモンドは観念したように肩を落とした。

 そんなレイモンドをひとしきり笑ってから、コハクは表情を引き締めた。眠たそうな笑顔が、真面目に眠たそうな顔になる。


「それで、お前が調べていた人攫いの件だが、共通点があるようなんだ」

「共通点、ですか」

「口調。

 いなくなった子どもはいずれも貧民街の集合住宅街に住んでいた。子どもがいなくなる前に親切な薬師が頻繁に訪れ住民に薬を配ったり、困りごとを聞いては解消したりしていたらしい。だから住民はたいそうその薬師を頼りにしていて、人相が悪くても薬師に頼まれた者だと言われれば大して気にも留めなかったそうだ。直近では溝浚いに来た人間がいかにも悪そうな人相をしていて、大きな麻袋を持っていたが、溝浚いの道具が入っていると説明されてそのまま信じたらしい」

「……怪しいですね」

「口調」

「は、はい、いえ、ああ」

「大層怪しいが、薬師は大分上手くやっているようで集合住宅街の人間は誰も疑っていないようだ。逆に子どもがいなくなったと相談するほどらしい。

人攫いが子どもをどうするのであれ、子どもが無事なうちに探さねばならんが、誘拐かどうかもわからず、被害は貧民街の人間だけだからな。騎士団も腰が重いんだろう?」

「……真に遺憾ながら」

「口調」

「あ、すみません」

「口調」

「わ、……わるい……」


 ぐう、と唸りながらレイモンドは腹を押さえた。王妹殿下にぞんざいな口をきく日が来るなど、夢にも思わなかった。


「仕方がない、私たちで行くか」

「……はい?」

「コクヨウなら鼻が利くから子どもを攫ったやつの臭いを追って行ける。極力違法行為は働かない方向で、さくっと子どもたちを助け出して来よう」

「ま、待ってください、エレクトラ殿下」

「コハクだ。行くぞ、コクヨウ」

「はい」

「殿下!」

「コハクだと言っているだろう。ザクロはどうする、留守番してるか?」


 コハクがいたずらっぽく笑ってレイモンドを見る。レイモンドは蓬髪をかきむしり、大きく息を吐いた。


「わかった。付き合うぜ、コハクさん」

「そうこなくっちゃな」


 ニィ、と犬歯を見せ、腹を決めたレイモンドはコハクとコクヨウの後に続く。この日からレイモンドは風来坊のザクロを名乗り、城下町に広く顔を利かせることとなる。



「ザクロってば、外つ国の名前だからってコハク達を間者か人攫いじゃないかと疑うなんて。たしかに怪しいけど、こんなにやる気のない間者や人攫いなんている訳ないじゃない!」


 腹を抱えんばかりに大笑いするニッカにそこまで笑わなくとも、とコハクはわずかに眉根を寄せた。知り合った経緯を聞かれて素直に答えていたザクロも仰る通りです、と恥じ入っている。


「どっかの誰かさんと違ってザクロは根が大真面目なんだからそういじめてやるな」

「まあ、どこの誰の子とかしら、ねー、コクヨウ?」

「はあ……」


 今日も今日とてしなくていい掃除に精を出していたコクヨウはうろうろと視線をさ迷わせた。ニッカが来てからの薬屋は隅から隅まで見事に磨き上げられている。


「それにしても親交があると存じていましたが、二人の名付け親がヒノハナ殿下であったとは思いもよりませんでした」

「良い名前でしょう?」

「ええ、とても。ですが外歩きのためにもらった名前だと聞いていたので……」

「おしとやかに見えるがコクヨウよりもよほど腕白だぞ、この姫さんは。なにせ私より脱走回数が多い」

「さすがはソケイ国の姫ということですか……」

「もー、そんなに誉められると照れてしまうわ」

「誉めてないぞー」


 子猫のようにじゃれあう二人を眺めながらザクロはコクヨウの淹れてくれた茶で喉を湿らせる。

 初めてコハクとであった時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 遠くから見るだけだった王妹殿下と直に話す機会が巡ってくるなど夢にも思わなかったし、その後も風来坊のザクロとしてコハクに手を貸すようになるなんて思いもよらなかった。

 違う世界に生きていると思っていた人が案外手の届く場所にいるなんて想像の外だったのだ。


「それでも所詮いつかは覚める夢、か」

「……? どうか、されましたか?」

「いや、茶のお代わりを頼む」

「はい」


 最初は分からなかったコクヨウの表情も随分と読めるようになってきた。今はごくわずかに顔を緩めて笑っている。けっこうな期間を付き合ってきたのだな、とザクロは感慨深くなった。


「あー! ザクロってばまたコクヨウといちゃいちゃしてー!」

「い、いちゃいちゃ?!」

「コクヨウとザクロが噂になっているの、わたくし知っているのですからね! 離れて離れて!」

「誤解だ!!!


 実害がないからと放っておいた噂を本腰いれて否定すべきかもしれない、とニッカに胸元を捕まれ揺さぶられたザクロは痛む頭を抱えたくなった。

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