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救護院 その一

「じゃあ留守は頼んだぞ」

「いってきます!」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 丁寧に頭を下げたコクヨウに軽く手を振り、コハクは薬籠(くすりかご)を背負って歩き出す。それについて歩くニッカはコクヨウの姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 二人の行き先は郊外にある国立の救護院だ。

 コハクは薬屋を始めた当初から、煎じた薬を定期的に救護院に卸している。

 ほぼタダ同然の値段で、儲けはないに等しい。慈善事業のようなものだ。

 救護院の後援者には王妹のエレクトラ──コハクも名を連ねているので、利益が出ずとも問題ない。

 コハクと同じように薬籠を背負いながら、一歩あとを歩くニッカが納得のいっていない表情(かお)でコハクに問いかけた。


「なんだか、やっぱりそんなにわたくしと出かけたくないのかと思ってしまうのだけど」

「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは。コクヨウはそんなこと思ってないぞ」

「だってぇ」


 頬を膨らませてぶすくれていても、美少女であることになんら遜色のないニッカに感心しながらコハクはため息で返す。


「説明しただろう。救護所は病人も多くいるから、コクヨウは立ち入りを禁止しているだけだって」

「それは聞いたけどぉ~」

「おーおー、それで美少女ぷりが台無しにならないのがすごいな。救護院では愛想よくしてるように」

「はぁい」


 弱弱しい返事がニッカから上がったところで、面白がって笑うような鳥の鳴き声が響いた。

 おそらくは護衛のエナスだろう。コクヨウに何を伝えているのだか。

 コハクの護衛を普段から担っているコクヨウが留守番なのは、彼の体に毒耐性がありすぎるせいだ。

 過去、肉体を改造されたついでに、毒への耐性もしこたまつけられたようで、ちょっとやそっとの毒でコクヨウは死なないようになっている。

 翻って、薬もたいそう効きづらく、病にかかっても安静にするしか手がない。

 大方の人間が薬を飲めばすぐに治るような些細な病が、コクヨウにとっては命取りにつながるかもしれず、だから感染症の蔓延する場所や人には近づかないよう強く言い含めているし、薬屋にきた感染症疑いの客への応対はもっぱらコハクやニッカがしているし、今まで救護院の中にも入れたことはない。どうしても人手が欲しいときはザクロの若衆に頼んでいる。

 今日はニッカがいるからと若衆を連れてこなかったのだが、滝のように流れる汗を補うために水筒を傾けたコハクは頼んでおけばよかった、と後悔していた。


「もー、コハクってば体力なさすぎ。やっぱり二日にいっぺんくらいは散歩したほうがいいわよ。小食だし、すぐにご飯を抜こうとするし。ちゃんと夜にしっかり寝て、食べて、動かなきゃ。薬師が貧弱でどうするのよ、患者が不安になるじゃない。

 大丈夫? 籠持とうか? 背負おうか?」

「ありがとう……でも院までもう少しだから、なんとか持つと思う……。はあ、次は杖でも持ってくるか……」

「もう、そんな体たらくで救護院の患者たちを診察できるの?」


 手ぬぐいを絞ればぽたぽたと雫が落ちた。帰ったら即風呂だな、とコハクは心配そうに振り返り振り返り先を行くニッカになんとかついていく。


「診察は院にいる医者の仕事で、私は薬と薬草を届けるだけだから問題ない。この国では診察と薬の処方箋を出すのが医者の役目で、薬師は処方箋をもとに薬を調合して患者に渡すのが主な役割だからな」

「そうなの? そういえばコハクが診察してるのは見たことなかったかも。でも、薬屋には患者がたくさん来てるじゃない」

「ほとんどが茶を飲みに来てるだけだがな」


 疲労による力ない笑みを浮かべて、コハクは足を動かすことに注力する。救護院に行くのはひと月ぶりだが、こんなに道中が辛かっただろうか。

 先ほど飲んだ水がすべて出ているのではないかと感じるほどに汗が滴っている。


「ねえコハク、調子がよくないわよね。顔色が悪いし、汗もすごいし……」

「かもしれん……」


 かも、ではなく、悪いだろう、これは。

 とうとうコハクは観念し、ニッカに促されるまま籠を下せば、遠巻きに護衛に当たっていたエナスが素早くそれを受け取り、ニッカからも籠を受け取る。


「お願いします、エナスさん。ほらコハク、塩と水を飲んで」

「うう、面目ない……」


 うめいたコハクは水で濡らした手ぬぐいを首にまかれ、おとなしくニッカに背負われる。


「院はこちらです」

「コハク、ちょっと我慢してね!」

「ああ……」


 ニッカの背に揺られながら、これはお説教になるなあ、と己の未来を憂うコハクであった。


***


「医者の不養生といいますが、貴方の場合は職種に関係なしに不摂生が原因です。

 また徹夜しましたね? 朝食は食べましたか? 水分はとっていたようですが、きちんと塩分もとらなくてはだめですよ。今日は暑いんですから。日除けの防止や日傘を使用してください。貴方も知っているでしょうに、なぜ自分のことになると途端に疎かにするのです」

「ハイ……ハイ……ハイ……」


 救護院の一角に寝かされたコハクは院長のカリーナ・ロロディフォスにこんこんと注意を受けていた。

 神妙に(いら)えを返しているが、額にのせられた濡れ布巾の気持ち良さのほうに気を取られている。なんならカリーナの小言は心地よい子守歌のようだった。

 このまま眠ってしまえたらどんなにいいだろう。夜更かしで削ってしまった睡眠時間を昼寝で賄ってしまいたかったが、そうもいかない。

 納品のやり取りをニッカに教えるために来たのだ、まずは大まかにでも教えて、寝るのはそれからだ。

 体調の悪いときに限って義務感が出がちなのはなでだろうなー、とコハクは起き上がろうとした。が、


「寝ていなさい」

「ハイ」


 額を布巾ごと抑えられ、身を起こすことはかなわなかった。



「使いを出してコクヨウ君に迎えを頼んでおきます。起こしに来るまでは寝ていること。いいですね」

「人手が足りないのに申し訳ない……」

「病人は余計なことを考えず治すことだけを考えていないさい」

「ハイ……」


 力なく返事をして、閉まるドアの音を聞く。

 コハクは申し訳ないな、と目を閉じて、それからしっかり昼寝するか、と切り替えた。

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