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海の向こうへ その五

CM明けました


「まったく、パワフルなご老体達だった……」


 ぐったり、といった様子に相応しいだれかたでコハクは薬屋の奥まった場所にある、店主専用の席で、珍しくココアを飲んでいた。

 コハクは頭をしゃっきりとさせたい時はコーヒーを、疲労回復にはココアを飲むと決めている。

 元テッサリンド国民で、今現在はソケイ国民となったアリシアを誘拐した犯人を捕えるためにコハクがしたことといえば、コクヨウに指示を出したくらいのものだったのだが、エンヨウに古くから仕えているテンとガイが誰よりも怒り心頭で、宥めるのに大変難儀したのだ。

 コクヨウに連れ戻された二人が、同じくコクヨウに捕えられた誘拐の指示役を見るや殴りかからんとし、その剣幕に指示訳が失神したほどだ。

 主人であるエンヨウの言うことにも耳を貸さぬ憤慨っぷり。もちろんニッカの懇願もタラヨウの諭す言葉も耳を右から左へ素通りしているかのごとく生返事。

 当然、他人のコハクの説得など耳に届くはずもない。

 コクヨウがアリシアを連れ戻すのがあと一刻でも遅ければ、指示役はテンとガイに袋叩きにされていたに違いない。

 アリシアが無事に帰って来たおかげで、指示役は命拾いをしたわけだ。

 そのうえ、強者との実力差を理解できて、性根も悪くなく、家事もできるという土産(ヴェッセル)もついてきたものだから、テンとガイの機嫌はすぐによくなった。傷害事件が起こらなくてなによりである。

 物心ついた頃から人相の悪さで周囲から爪弾きにされてきたというヴェッセルの強面(こわもて)もなんら気にする人達ではなく、ヴェッセルには縁に恵まれたと思って諦め、もとい、心機一転、新しい生活をソケイで送っていただくことにした。

 本人の了承は得たし、自分の意思で移住届もしっかりと書いてもらったので、これは決して人身売買だとか、人身御供ではない。

 ヴェッセルは終始、狐に頬を摘まれたような顔をしていたが、今頃は船の上で人生の妙を噛み締めているだろう。

 新天地の彼に幸多からんことを。


「いやはや、本当に」


 くたびれた様子のホレスが相槌を打つ。

 こちらも珍しくメモを取らず、静かに紅茶を飲んでいる。


「テンもガイもあれで『自分達はもう隠居した身だから』ってよく言うのよ」


 いつもより倍は多い甘味を頬張りながら、ニッカがぼやく。ホレスは苦笑いを返すしかない。


「ずいぶん、元気溌剌としたご隠居さん達で……」

「元気なのは良いことじゃないか」

「それはそうなんだけどお」


 ココアをちびちびとすするコハクに、ニッカは唇をとがらせる。

 美少女がそんなことをしてもかわいらしいだけだぞ、とコハクは内心で思って、それからあたたかいココアに息をつく。


「まあ、少々元気が良すぎる気もするが……」

「そうなの! あの二人はぜったい、お父様より長生きすると思うわ!」


 言って、ホットケーキにシロップとクリームを追加するニッカに、ホレスはいったいその細身のどこに入るんだろう、と見ているだけでもたれそうになる自分の腹をさすった。


「それにしても、タラヨウさんはお美しい方でしたねぇ。傾国の美人て、ああいう人を言うんでしょうねぇ」


 両手で紅茶のカップを包みながら、ホレスがうっとりと夢見るようにこぼした。

 そんなホレスにニッカはホットケーキを頬張りながら肯く。


「昔はよく敵対した国を内側から攻略するためにもぐりこんで傾けてもらった、ってお父様が言ってたわ」

「うわ、なんですかその面白そうな話。今度また、ぜひ根掘り葉掘りさせてください」

「いいわよ。そのかわり、またオススメの本を貸してね」

「お安いご用です」


 和気藹々と話し合う二人を見て、コハクは過日を思い出した。

 少女向けの恋愛小説を読んだニッカが狂言誘拐を企てたこともあったっけ、と。

 ちょうどその実行日にエンヨウがこちらに到着して、現場についてきたものだから騒ぎが大きくなったのだ。

 下手に少女向けの、夢見がちな小説など貸し出して、この間の狂言誘拐の再演にならないといいのだが。

 店の隅で、気配を完全に消しつつ、食器磨きに精を出すコクヨウを見れば、コクヨウもその時のことを思い出しているのか、それとも他の騒ぎを思い出しているのか、はたまたこれから起きるかもしれない騒動に思いを馳せているのか、わずかな皺が眉間に寄っている。

 普段から感情表現の乏しい従者の違った表情を見るのが楽しいコハクである。

 思わず笑えば、それに気付いたコクヨウは拗ねる幼児のよろしく、視線をそらした。

 それがまたおもしろく、また楽しいのでコハクはさらに笑みを深くする。

 ニッカがひとりで笑っているコハクに小首を傾げた。


「ねぇ、ひとりで笑って……どうしたの?」

「いや、コクヨウの気に入られ様がすごかったのを思い出してな」

「そうよね! コクヨウってば、ものすごく気に入られてたわよね!」


 まるで冬明けの春をすっ飛ばして、いきなり夏を連れてきた太陽のごとく、ニッカが笑顔満面で両手を合わせた。

 ぱちん、と鳴ったこ気味良い音に怯えたようにコクヨウの肩が跳ねたのを、コハクは見逃さなかった。


「お父様にも、タラヨウおじ様にも、テンにもガイにも、あんなに気に入られたんだもの、一度くらいソケイに来てみない? もちろん、コハクも一緒で――」

「あー……そうできたら、楽しそうですね?」


 コクヨウを振り返った喜色満面のニッカがそう提案したが、振り向いた先にいたのは気まずそうに半笑いするエナスだった。


「コクヨウ?! どこに行ったの?!」


 慌ててニッカが店内を見回しても、コクヨウの姿は影も形もない。

 ニッカに言質を取られたら、ソケイ国に行かねばならないとよくよく理解しているが故の戦略的撤退であsる。

 行先は屋根裏か、それとも床下か。護衛の役割をエナスと交代しているのだから、買い出しもあることだし、外へ出たのかもしれない。

 いつものことだが、その買い出しにはニッカも同行を申し出ていたのだが、はてさて、どうなることやら。

 なんにせよ、荒ぶるニッカの気が鎮まるまで退屈とは無縁であろうことは想像に難くない。

 賑やかな日々は約束されているのだから、せめて面倒ごとは起きてくれるなよ、とぐうたらしたいコハクは静かにココアを味わうのだった。

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